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【オルナイ】われらが友の嘆き(1)

@sin_niya_b
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2019-08-15 21:56:43

0.

「みぁーう」
 子猫のような鳴き声がする。とある森の奥にある木の根本でごそごそと何かが動いている。下生えの間からひょこりと顔を出したのは、メガロレオンの子供だった。猫のような頭部、長い胴に三対の足と一対の翼、太く長い尾。本来樹上で暮らすメガロレオンであるが、なにかの拍子に落下してしまったらしい。
 そこへ何かが近付いてくる気配がする。子メガロレオンは素早く草の間に身を伏せると緑に同化するように姿を消した。……メガロレオン最大の特徴はこの透化能力である。警戒心も強い彼らはこの能力もあって非常に見つけにくく、人に飼い慣らされることはほとんどない。
 そのすぐ近くまでやって来たのは人間の男で、なにかを探しているようだった。遠眼鏡のようなもの──二つの筒が横に連なった形のそれは、妙な魔術の気配をまとっていた──を目に当てたり離したりしながら周囲を見回していたその男は、とある一点を見てにんまりと笑う。子メガロレオンがうずくまっている場所だ。
 男はそっと網を取り出した。そこからも、おかしな魔術の気配がした。



1.

 エレイーネ王国、フィエル騎士団に所属する蒼騎士であるバーニー・リドフォールは、上司からの呼び出しを受け会議室にいた。
「幻獣を違法に取り扱っているらしい組織が発見された。蒼騎士の友である彼らを不当に虐げるものを許しておくわけにはいかない、我々が対応する」
 バーニーは胸を痛めると同時にもやもやとした不快感──それは怒りとも憎悪とも言い切れない、曖昧でどろりとした──を覚え、短く相槌を打つだけにとどめた。
「バーニー・リドフォール、貴君にこの件を任せることとなった。組織の実情を調べ、場合によってはその場で取り押さえるのだ」
「私一人でですか?」
「いや、その道に詳しい者がサポートとしてつく。黒騎士を一名派遣してもらうことになった、君の兄のサイモン・リドフォールだ」
 兄の名を聞いたバーニーはどこか安心したように眉を下げたが、すぐに表情を引き締める。兄がいるなら百人力ではあるが、兄がいるなら無様な姿を見せるわけにはいかない。
「このあと念のため顔合わせをしてくれ。まあ、兄弟だから心配はいらないと思うが」


 移動しながらバーニーは渡された資料に目を通していた。
 幻獣を違法に取り扱っていると目されているその組織は表向きは普通の合法的な幻獣関係の物品を扱う商店で、蒼騎士の中にも利用している者が数名いたという。それもまた問題ではあったのだがそれについては別の部署が対処するだろうからここでは触れないことにする。
 ともあれ、これは由々しき問題であり、速やかな解決が求められる。バーニーは一層気を引き締めると資料を抱き足を進めた。
 ……黒騎士の訓練場は敷地内でも端のほうにあり、用のある者以外は近寄りづらい空気がある。バーニーは足早にその訓練場を通りすぎると、指定された場所へと向かった。
 部屋にはまだ相手は来ておらず、バーニーは椅子に座って手持ち無沙汰そうにする。……黒騎士としての兄との任務は初めてかもしれない、などと考えながら部屋を見回した。べつだん蒼騎士管轄の建物と様子は変わらないが、落ち着かないのは緊張のせいだろうか。大きな体を小さな椅子の上でもて余していたバーニーは、不意に聞こえてきた声に顔を上げた。
「……いいですか、相手は蒼騎士です、黒騎士のつもりで無茶させないで下さい」
「わぁかってるよ、大体お前の弟なら俺にとっても弟分みたいなもんなんだから、きっちりサポートするってば」
「図々しいですよ、弟どころか息子ほどの年でしょう」
 なにやら騒がしい。ノックもなしに扉が開き部屋へ入ってきた声の主は二人、片方はバーニーの兄であるサイモン・リドフォールで、もう片方は知人ではあるもののそこまで付き合いがあるわけではない男……ヘルムート・チェルハだった。サイモンはなにやら道具箱のようなものと紙包みを持っている。バーニーの前まで来た二人はやり取りを中断し、ヘルムートが先に口を開く。
「バーニー、連絡が間に合わなくて悪いな。今回の相方は俺になった。お前の兄貴は病欠だ」
「えっ」
 バーニーが不安げに瞳を揺らしたのを見て、ヘルムートはぱちくりと瞬きをしてから隣を見上げた。
「お前言ってないのか。ほら」
「あっ、」
 サイモンの両手が荷物で塞がっているのをいいことに、ヘルムートが無造作にそのシャツを捲り上げる。サイモンの胴にはきつく包帯が巻かれていた。
「兄様、どうされたんですかそれ!」
「ヘルムート卿!」
 非難するようなサイモンの呼び掛けを無視してヘルムートは肩を竦める。
「こいつはまったく悪くないしヘマもしてないんだがな、鋏の使い方も知らない人間に使われるとどんなによく切れる鋏だってこうなる……まったく、ろくに黒騎士の扱い方も知らない癖に将を名乗れるんだから世も末だ」
 刺のある声はヘルムートにしては珍しく、バーニーが困ったように眉を下げているのに気付くとすぐに改められいつもの落ち着いた声になる。
「もう癒術師に塞いでもらってるから心配はいらないぞ、ただ完調じゃない人間を任務に出すわけにはいかないからなぁ。今回はおじさんで我慢してくれ」
「それは構いませんが……兄様、本当に大丈夫ですか?」
 サラダに芋虫でも混ざっていたときのような顔をしていたサイモンは、弟の心配げな顔を見て少し態度を軟化させた。
「……ああ、ヘルムート卿の言った通りだ。もう傷は塞がっているし、仕事も出来る。ただ万一があってはいけないからな、今回はヘルムート卿にお任せした」
 そう言うとサイモンは持っていた荷物を机に置き、捲れたままだったシャツを下ろした。それに視線をやったバーニーに、ああ、と呟く。
「資料は見たか?」
「はい」
「そうか。じゃあ今回の任務については大体わかっているな。俺……じゃない、お前たちは彼らの本拠地に潜入しなければならない。……掃討が目的ではないから過激な手段はとれない」
 ちらりと横目にヘルムートを見たサイモンは、相手がおどけるように眉を上げたのを見て小さく息を吐く。それから改めてバーニーへと視線を戻し、机の上の紙包みを開いた。そこには薄い布とも紙とも付かないものが何枚かあり、その一枚一枚に蜥蜴の意匠が書き込まれていた。その隣に置いてある道具箱のようなものを開けると、刷毛やら薬瓶のようなものが並んでいる。
「これは……?」
「死体から剥がした皮膚に墨をいれたものだ」
 横からそう口を挟んだヘルムートの言葉に、ひゅ、と息を飲んだバーニーを見てサイモンが溜め息を吐く。
「ヘルムート卿、弟が信じてしまうのでやめて下さい」
「はは、豚の皮だよ安心しろ」
 皮を一枚つまみ上げたサイモンは、バーニーにそれを示しながら説明を続ける。
「あいつらは入れ墨で身分を確認する。……とはいえ俺たちはこのためだけに入れ墨をいれるわけにもいかないからな、これを使うんだ」
 サイモンは手招きをして近くに呼び寄せたバーニーに腕捲りをさせると、前腕に刷毛で透明な液体を塗りつけた。その上に皮を乗せ、手のひらでぐっと全体を圧迫する。しばらくしてから手を離すと、皮の上からまた透明な液体を塗り、更に染料のようなもので地肌と皮との境目を滲ませていく。
 ……バーニーの前腕に蜥蜴の入れ墨が浮かび上がるまで、そう時間はかからなかった。
 まじまじとそれを見ているバーニーをよそに、サイモンはヘルムートへ向き直るとその前腕に同じ細工を施していく。自分の腕からヘルムートの腕に視線を移したバーニーは、不思議そうに口を開いた。
「変装魔術の方が楽なのでは?」
「今回はあまり魔術には頼れないんだ、バーニー」
 手を動かしながら答えたサイモンの言葉を、ヘルムートが引き継ぐ。
「相手が対策を取っている可能性が高いからなあ。変装魔術だと幻術計や魔術探知(センス・マジック)で一発だ。そういう時は結局技術がものを言うんだよ」
「なるほど……」
「当日は髪も染めよう、俺もお前も色が入りやすい髪質だ」
 己の腕にも蜥蜴が浮かび上がったのを見て、ヘルムートは頷く。皺もよれもない、自然な仕上がりだ。
「こういうのはお前の方が得意だな。当日もお前がやってくれ」
「わかりました」
 袖を下ろし、偽物の入れ墨を隠す。バーニーにもそうするよう促し、道具を片付けるサイモンの代わりにヘルムートが話を進める。
「このまま普通に生活して、……ああ、悪いが風呂は我慢してくれ……時間による劣化具合を確かめないといけないからまた明日見せてもらう。体質や体調によって多少のぶれが出るんでな、糊の調整なんかをしないといけない」
「わかりました」
 なんとなく違和感を覚えるような感じがして前腕を気にするバーニーに、ヘルムートが小さく笑う。
「俺たちからの用はこれで終わりだ。お前の方から何かあるか?」
「いえ、今のところは」
「そうか。なにか思い付いたことがあったら、ちょっとしたことでもすぐに言いに来るんだぞ」
 軽くバーニーの肩を叩く仕草は気安く、己の子供ほどの年頃をしている後輩を気遣う良い先輩に見える。ヘルムート・チェルハは黒騎士ではあるが他の部署の騎士とも親交があり、友人も多く、面倒見のいい気質である。それをバーニーも知っており、ほっとしたような顔で頷いた。
 それから少し話をした後二人とは別れることになったバーニーが戻ろうとすると、サイモンが少し考え込むような仕草をしたまま近付いてきた。
「……バニー、業務終了後でいいから俺の部屋に来い」
「? はい」
 そして己の兄から告げられた言葉に、バーニーは不思議そうな顔をしながらも頷いた。


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