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[雨P♀]お盆

全体公開 1415文字
2019-08-16 12:48:54

「お疲れさん。盆はもう過ぎたぜ、ゆっくり休めたかい?」

雨彦さんがPさんをお掃除するお話です。

Posted by @toasdm

 盆は過ぎたぜ、と雨彦は険しい顔で彼女に近づく。すみません、どうしても気力が、とぼんやりした彼女をソファへ座らせると、雨彦はそのまま、力強く彼女を抱きしめた。
「ぁ、は……くず、のはさん」
 もう一度、盆は過ぎたぜ、と雨彦は言う。抱きしめられてさすられた背中は漸く呼吸が楽になったように弛緩して、彼女のぼんやりはさらに加速した。すまない、もう少しだ、と励ますように、雨彦は彼女の手を握った。
「プロデューサー」
 背中をさすり続けながら、雨彦は左手につけていた数珠のようなブレスレットを、繋いだ彼女の手へと移す。冷えた天然石の感触がまた一段階呼吸を楽にして、とうとう彼女は、目を開けていることが難しくなるほどの倦怠感に見舞われて呻く。
「う……
「随分頑張ってたんだな」
 お前さん気が強いな、と今は彼女のその気力に感謝しながら、雨彦はがくんと力の抜けた頭を優しく抱えて胸に抱き寄せた。
「疲れたろう、眠ってもかまわないぜ」
 雨彦のその一言を聞くやいなや、彼女は張り詰めていた糸がぷつりと切れたようにぐったりと、全体重を雨彦に預けて眠ってしまった。仕事がなきゃ取り憑かれたまま眠って戻ってこられないところだったな、と山積みなっているデスクの書類に苦笑して、お前さん頑張り過ぎだな、と雨彦は眠る彼女の背中を力強く、思いっきり叩いた。

「出て行きな、盆はもう過ぎたぜ」

 例えばそれは、空間が膨張するような、ありえない感覚だった。狭い事務所の空気の圧力がぐわん、ぐるんと変化して、彼女の中で濃縮された汚れの尻尾がずるりと、彼女の首の後ろから這い出してくる。あぶりだされたような蠢くそれを慎重に掴むと、雨彦はゆっくりと、加減しながら引きずり出した。
「うちのプロデューサーはいっとう優しいからな……縋りたくなる気持ちもわかるが」
 巻き取るように引っ張った汚れは、雨彦の右手にタールのようにねっとりとまとわりつく。何の感触もないそれを残さず彼女の中から引きずり出すと、雨彦は手の中の空虚をぐっと握りこんだ。
「在るべき場所へ還りな」
 粘着質にもみえたそれは、雨彦の手の中でサラサラと、砂のように乾いて散った。重力に逆らって黒い光の粒が天へと昇ると、彼女の穏やかな呼吸が徐々にしっかり聞き取れるようになってきて、精神的な気圧は元へと戻った。
「ふぅ……全く、お前さんも厄介を背負い込むのが上手だ」
 すっかり熟睡している彼女に羽織っていたトラックジャケットをかけて寝かせてやると、雨彦は立ち上がる。半刻も休めばすっかり元通りだろう、と無防備な寝顔に浮かんだ笑みをなぞるように、そっと頬に手を添えて目を細めてから、雨彦は床に跪く。
……掃除代くらいはいただいてくか」
 にまりと浮かんだ笑みは、彼女の顔に近付くにつれてだんだんと、真剣な態度へとグラデーションで遷移する。
 ちゅ、と一度触れた唇が、彼女の額からゆっくり離れて、俺も随分臆病なもんだと苦笑混じりに雨彦は立ち上がる。
……おつかれさん」
 僅かばかりの欲求を満たして、雨彦はその場から立ち去った。目を覚ました彼女は自分が身につけている雨彦の私物に首を捻りながら連絡をすると、雨彦はからからと笑いながら電話口で言った。

「お疲れさん。盆はもう過ぎたぜ、ゆっくり休めたかい?」

 彼女はその言葉を額面どおりに受け取って、ありがとうございますと礼をするばかりだった。


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