【オルナイ】われらが友の嘆き(2)

@sin_niya_b
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2019-08-17 23:09:47

 そして夕刻、バーニーは兄サイモンの部屋にいた。……先日掃除をしたばかりだというのに散らかり始めている気がする。バーニーには椅子をすすめ、己はベッドに腰掛けてからサイモンは小さく息を吐いた。
「お前をわざわざ呼びつけたのは他でもない、……ヘルムート卿の扱いについて話しておきたかったからだ」
 サイモンは頭痛でも堪えるように目を閉じ、こめかみを指で揉んだ。
「今回はあくまでお前のサポートだし、相手は市民だから、無茶はしないと思うんだが……一応な」
 バーニーは怪訝そうに眉を寄せ、軽く首を傾げる。
「ヘルムート様は熟練の黒騎士でしょう? 落ち着いた方ですし、私がどうこうするようなことは……」
「いや、まあ……念のためだ。スムーズに任務を遂行するためにも相互理解は必要だろう」
 サイモンが指を一本立てて、バーニーを見る。その表情は真剣だ。思わず姿勢を正したバーニーに、サイモンは静かに説明を始めた。
「まず……」



2.

 サイモンから受けた説明を思い返しながら、バーニーはちらりと隣を見た。鎧でも礼服でもなくごく普通の商売人が着るようなシンプルな服装のヘルムートは、騎士には見えない。
 件の組織が拠点にしている倉庫のひとつへ向かっている二人は、ヘルムートが支部に所属する商人、バーニーがその小間使いという設定で変装していた。また、ヘルムートの髪はくすんだカーマイン、バーニーの髪はダークブラウンに染められていた。
「バーニー」
「はいっ」
 不意に呼ばれて返事をした声が裏返り、バーニーは咳払いをひとつした。ヘルムートは少しだけ口角を上げてから言葉を続ける。
「あくまで俺はサポートでこの任務はお前の任務だからな。何をどうするかはお前が判断するんだぞ」
「はい」
 真剣な面持ちでバーニーが頷いたところで、目的地である倉庫が見えてくる。かなり大きい。その入り口の手前には見張りがいるだろう小屋があり、二人はそこへと近付いた。窓が開き、勘の鈍そうなぼんやりした顔立ちの男が二人を見る。
「なんだ?」
「商品のチェックに」
 ヘルムートが偽造した発注書と腕の入れ墨を見せると、男はざっと確認しただけで頷いた。それからバーニーの方を見る。
「そっちは?」
「ああ、まだ見習いなんだ。目を肥えさせておこうと思ってね」
「ふうん」
 バーニーの腕を確認させないように遮っても、男はさして興味なさそうに頷き、ひらりと片手を振った。
「いいぞ、通れ」
「ああ、ご苦労さま」
 そして二人は倉庫の入り口から堂々と中へと入った。思ったよりあっさりと成功した潜入にバーニーはほっと息を吐き、隣を見る。丁度ヘルムートもバーニーを見ていて、その暗い葡萄酒色の目にどこか居心地の悪さを感じたバーニーは視線を逸らした。
「さて、と。手分けするわけにもいかないし、手早く行くぞ」
「はい。……すみません、私のせいで」
 バーニーは前腕を袖の上からさすった。彼の体に糊が合わず、偽入れ墨の長時間接着は無理だと判断されたため今彼の腕には偽入れ墨が入ってはいない。そのため単独で行動して万一入れ墨の確認を求められてはいけないため、常にヘルムートと行動せざるをえなくなっていた。
「体質はどうしようもないだろう。まあ、どっちにしろ単独行動させるつもりはあんまりなかったし、気にするな。……それで、どうする? どこから調べるか……」
 ここは倉庫と言っても内部はほとんど普通の建物と変わらない様子だった。壁に貼られていた建物内の地図には、部屋の大きさや形と番号だけが書いてあり、何がそこにあるかまでは書いていない。
 バーニーの頭に兄サイモンの声が響く。
 ──ヘルムート卿はとにかく行動に移すのが早いから、なにか気にかかることがあれば早めに指摘するようにしろ。
「……」
 地図を見ているヘルムートは落ち着いていて勝手に動きそうな様子はなく、兄の言葉との落差にバーニーは少し困惑した。が、ヘルムートが怪訝そうにこちらを見てきたため気を取り直し、地図の一点を指差す。
「ここからにしましょう。日当たりはあまり良すぎない方が部屋の温度を一定に保ちやすいですから、生体の保管に向いてる」
「よし、わかった」
 ヘルムートは素直に頷くと歩き出す。バーニーも早足にその後へ続いた。廊下を歩くヘルムートは堂々としていて、まだどこか恐る恐るといった風なバーニーの背を軽く叩く。
「俺たちは正面から堂々と入ってきた客だ、おどおどしている方が目立つぞ」
 目的の部屋に到着してもあくまで自然な様子でドアを開いて中に入る。厚いカーテンの引かれた室内は薄暗くて視界が悪く、だが、妙な気配があることははっきりとわかった。……生き物の息遣いに似た、湿った空気。
「……当たりか?」
 呟くヘルムートをよそに焦った様子で部屋の奥へ進んだバーニーは、棚に並んでいる箱に手を這わせる。小さな穴が空いているのは空気穴だろうか。また別の箱には物々しく鎖がかけられており、また別の箱は人間一人が入れるほど大きかった。
「中を確認したいですね……」
「少し見せてみろ」
 服の隠しから道具を取り出し、バーニーと入れ替わりに箱の前へ立つヘルムート。慎重に──また閉じられるように──蓋を抉じ開け、またバーニーと入れ替わる。中を確認したバーニーはゆるく頭を振った。
「カリュウモドキの卵です。……これは合法ですね」
 それから他の箱も確認していくも禁制品は見付からず、二人は顔を見合わせた。この組織が違法に幻獣を扱っているという情報は確かなものである、もっと厳重に守られている場所にそういったものは保管されているのかもしれない。
「まあ、そうすぐには見付からないか。次だ、次」
 部屋の入り口へと戻りかけたヘルムートは足を止め、扉に身を寄せる。舌打ちをひとつ。
「……人が来る」
 そう呟いてヘルムートはバーニーの腕を掴んで物陰に引っ張り込んだ。少しして、灯りを持った何者かが部屋に入ってくる。若い男だ、腕に抱えられる程度の包みのようなものを持っている。その包みを机の上で開くと、大きな卵が数個出てきた。……ぐっとバーニーが唇を噛んだのがヘルムートにはわかった。この距離では確証は持てないが、恐らく、メガロレオンの卵だ。色合い、大きさ、独特の艶めき。今にも飛び出しそうになるのを我慢しているバーニーを、ヘルムートがちらりと見やる。
 そのとき、男が小さく声をあげ、続いて何かが割れるような音がした。卵がひとつ床へ落下したのだ。目を見開いたバーニーの視線の先で、男は嘆くでもなく舌打ちをした。それは、せいぜい買ったばかりの菓子を地面に落とした程度の落胆のニュアンスしか含んでいなかった。
 ヘルムートの腕が空を掴む。バーニーが物陰から飛び出していく方が早かった。狩りをする獣のような形相で男へと襲いかかったバーニーは、そのまま相手を殴り倒して馬乗りになった。
 続いてヘルムートも飛び出したが、バーニーを止めるのではなく、部屋の外に誰もいないか確認してから扉を閉めて内側から鍵をかけ、それから急ぐでもなく落ち着いた足取りで戻ってきた。
 もうその頃には、男の意識はほぼないようだった。鼻が折れたのか顔の下半分が血で濡れている。バーニーはなにかを口の中で言いながら男を殴打し続けている。その表情はどこか熱に浮かされているようにも見える。
「バーニー」
 ヘルムートは静かに呼び掛けながらバーニーの手を取ろうとしたが、その程度では彼の暴走──と呼んで差し支えないだろう、その厳しすぎる折檻!──は止まらない。ほんのわずかに眉を寄せてから、今度は強くバーニーの腕を掴む。
「バーニー!」
 びくり、と肩が跳ねた。バーニーは男の胸ぐらから手を離し──男は呻きながら床へ崩れ落ち動かない──、色を失った顔でヘルムートを見た。怯えとも焦りともつかないその表情を覗くヘルムートは咎めるような顔をしていて、バーニーは己の獣性を指摘されあげつらわれる覚悟をした。だが。
後にしろ(・・・・)
 ヘルムートが口にした言葉はそれだけだった。いきすぎた暴力を諫めることも、慈悲や寛容を説くこともなく、意識のない男を手際よく拘束して物陰へと押し込んだ。
「……ヘルムート様、」
 おずおずと呼ぶバーニーの声に戻ってきたヘルムートは、不安げに手遊びしていたバーニーの手を見て眉を下げる。
「ああ、素手で人間の顔なんか殴るから……顔を殴るのにはこつがいるんだ」
 手の甲に細かな傷が出来ている。痛まないか、と尋ね、大丈夫です、と答えられればヘルムートはそれ以上は追求しなかった。
「次からは蹴るといい。ただ、蹴りは力が入りやすいから八割くらいを意識した方がいいな」
「は、はい」
 バーニーは何かを持て余すような気持ちで頷き、ヘルムートという男についての印象を変えなければならないのではと感じていた。穏やかで、面倒見が良くて、優しい……そんな人間が暴力を咎めるでもなく「後にしろ」とだけ言い、あまつさえ「次からは蹴るといい」などと言い放つだろうか。脳裏をよぎったひやりとした予感を追おうとしたバーニーだったが、その思考は不意に中断させられた。
「ぴゃぁ……」
 奇妙な鳴き声のような音。それに大きな反応をしたのはバーニーの方で、勢いよく振り返りその鳴き声の元を探す。床に転がったままの卵からその声が聞こえることに気付くと、急いで近寄り床へしゃがみ込むと卵の割れ目から中を覗く。もぞもぞと何かが動いている。
「どうしたバーニー」
「まだ雛が生きています!」
 殻の中から雛が這い出てくるのを見たバーニーは慌てた様子で腰のポーチを探ってハンカチを引っ張り出すと、卵ごと雛を隠すように被せた。そして不思議そうな顔でそれを見ていたヘルムートに説明する。
「メガロレオンは卵から孵って最初に見たものについていく習性があります。刷り込みですね。……私たちにそうなってしまっては困るので」
 連れ帰って、親代わりになるような他の動物と引き合わせないと、と呟くバーニーをヘルムートは困ったような顔で眺める。それから言いづらそうに口を開いた。
「でもなあ、バーニー。今さら出直すわけにもいかないぞ。もう一度同じ方法で潜入は出来ないだろうし、このメガロレオンの卵と雛だけじゃあ証拠としては弱い。お前だってわかってる筈だ」
「……」
 そう、メガロレオンの卵および雛の取引は禁じられてはいるが、卵や雛の取引は上級幻獣のそれでもない限りそこまで重い罪ではない。組織ごと潰すには威力が足りないだろう。バーニーはなにか言いたげに口を開き、結局何も言わずに閉じたが、ハンカチで包んだ卵と雛を手放そうとはしない。ヘルムートはくしゃりと頭を掻いてから膝を折りバーニーと視線を合わせた。
「言いたいことがあるなら言え」
 ヘルムートの声は静かで、特に圧力をかけるようなそれではなかったが、バーニーはびくりと体を強張らせた。それからおずおずと口を開く。
「……この子は、放っておけません。早く適切な環境に連れて行かないと、衰弱死してしまいます」
「そうか。……じゃあそいつを連れたままさっさと調査を済ませるしかないなあ」
 なんてことない風に言われたヘルムートの言葉に、バーニーは驚いたように顔を上げた。その顔を見てヘルムートは心外そうに瞬きをした。
「なんだ、置いていけって言うとでも思ったか? 最初にも言ったが俺は今回サポートだ、方針はお前が決めるんだよ」
 立ち上がったヘルムートは部屋の扉へ近付き外の気配を探る。それからそっと鍵を開けて廊下を確認し、軽く頷くと振り返った。
「行くぞ、バーニー。急がないとな」
「……はい!」
 バーニーはメガロレオンの雛を包んだハンカチをそっと懐に隠しながら、その後へと続いた。


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