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【オルナイ】われらが友の嘆き(3)

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2019-08-18 22:11:00

3.

 倉庫の捜査を――時折物陰でメガロレオンの雛の様子を確認しながら――続けていた二人は、間取り図に書いてある部屋は一通り見て回ってしまい少し焦っていた。雛も弱りつつあり、バーニーは時折何かを訴えるような顔でヘルムートを見た。
「ううん」
 人気の無い空き部屋らしき場所で雛の様子を見ているバーニーの後ろで、ヘルムートはこめかみを親指で撫でるようにしながら思案している。
「バーニー、例えばどういった場所が生体の保管に向くんだ?」
「そうですね……先ほど言ったように、部屋の環境を一定に保ちやすい場所……確かどこかの国では水中に飼育室を作ったと聞いたことがありますね」
「そりゃすごいな」
 だがここにそこまでするような魔術設備があるようには思えないなあ、と笑いながら言ったヘルムートははたと手を下ろした。葡萄酒に似た色の目が宙を泳ぐ。不意に黙り込んだヘルムートを不思議に思ったのか振り向いたバーニーに、ほとんど独り言のようなトーンの声が聞こえた。
「……水中は無理でも地中ならどうだ? ここに来るまで地下収納らしきものはいくつかあった……どれもたいしたものは入ってなかったが……たしか一つだけ空のところがあったな……」
 雛をハンカチに包みなおしてまた懐へ入れたバーニーへ、ヘルムートが改めて話しかける。
「バーニー、心当たりを思い出した。そっちへ向かうぞ」
「はい」
 部屋を出た二人は一度調べたある部屋へと戻った。その隅に地下収納の扉がある。先ほどは外から中を確認しただけで、特に異常はないように見えたため次へと向かった。急いでいたので仕方なかったが、改めて確認すると空っぽの地下収納の中にあまり埃が積もっていないのは不自然にも見えた。
 指を鳴らしたヘルムートはその指先から小さな火の粉をはらはらと収納の中へと降らせる。特に燃え上がったり引火したりするような様子はない。
「誰か来ないか見ててくれ、来たらとりあえずここを閉めてお前はその辺に隠れろ」
「はい」
 するりと地下へと降りたヘルムートは収納スペース内をくまなく調べる。指先に灯した炎で壁際を照らしたり、床に手を這わせたりしているうちに何かを見付けたらしく、少しその気配が慌ただしくなる。しばらく間を置いたあと、壁面の一部を奥へと押し込むとそれがスライドし、更に地下へと続く穴と梯子が現れた。
「バーニー」
 軽い確認だけ済ませて一旦地下から上がったヘルムートは後輩を呼び寄せ、状況を説明する。どうやらこの地下にもう一つ空きスペースが存在していること、人の気配はないように思うが絶対とは言い切れないこと、そして、自分ではなく相手に降りてほしいこと。……こういった状況では一人見張りに残しておくべきである。そして今回の場合残るべきはヘルムートだった。中に何かがあったとして、それがどういったものなのか、違法なのかどうかなどはバーニーにしか判断できない。
「一人で行けるか、バーニー」
「大丈夫です」
 バーニーは少し緊張した面持ちではあったが頷き、その顔をじっと見てからヘルムートも頷いた。懐から小さな水晶柱のようなものを取り出すと、ぐっと握り込む。……水晶の中にゆらりと火が浮かび上がった。マナを封じるための触媒だ。本来は魔導騎士が備品としてストックしているものだが――乾燥地帯で水魔法を行使する際など、事前にこれに水マナを封じておくことによって補助になったりする――、マナを封じることによってぼんやりと光るこれを灯り代わりにするためなどに黒騎士も持ち歩いていることが多い。
「少しならこれで十分灯りになるだろう」
「ありがとうございます」
 それを受け取って口に咥え、慎重に梯子を下りていくバーニーの姿はすぐに闇へと紛れてヘルムートからは視認できなくなった。
 ……地下の空気はひんやりとしていた。黴臭さは感じられず、きちんと管理されている空間に思えた。通路は人間複数人がすれ違える程度の広さで、バーニーは降りてすぐ目の前にあった扉を慎重に調べると押し開けた。
 中は薄暗く、咥えていた水晶を手に持ち替えて翳すようにしながら中を見回す。並んだ棚と箱や水槽……生き物の気配。バーニーの背筋がざわつく。手近な棚へ歩み寄って箱に触れると思いのほか重たい感覚があり、中に隙間なく何かが満たされているようだった。蓋はきっちりと閉ざされており中を見ることは出来ず、バーニーはそれから手を離して部屋の奥へと進んだ。
 大きな水槽があった。中でなにか影が動いている。バーニーは慎重に近付いて灯りをそれに近付け、中の様子を窺った。ぬるりと光る鱗が見えて、目を懲らす。もぞりと懐で雛が動いたため、一旦灯りを咥えて雛を取り出したところで急に部屋の扉が開かれ強い灯りが差し込んできた。
「!」
 口から水晶柱が落下し、床にぶつかって高い音をたてる。振り返りながら立ち上がったバーニーは、部屋の入り口に複数人の男が立ってこちらを睨め付けているのを見た。見付かってしまった、という焦りと同時に、(ヘルムート)はどうした?という動揺がバーニーの背に冷や汗を伝わせた。
「予定にない来客があったというからまさかと思ったら、こんな奥まで鼠が来ていたとは」
 ぱしゃり、とバーニーの背後の水槽で何かが泳ぐ音がするが確認する余裕はない。目の前で喋っている男が恐らくリーダー格で、それ以外の男たちはその手下なのだろうが、いずれもしっかりと武器を装備している。
「……ここにあるものは何ですか。普通に取引できるものではないでしょう」
 どう切り抜けるか思案しながらバーニーはなるべく会話を引き延ばすべく口を開いたが、彼はそもそもそういった手練手管が得意なタイプの騎士ではない。そういったことは恐らく兄のサイモンの方が得意だ。
 男はバーニーの言葉には答えずに笑ってみせた。一人に対してこちらは複数人、優位は揺るがないと思っているのだろう。
「見なかったことにして帰りなさい。そうすれば手荒なまねはしない」
 ここで帰るわけにはいかない。この物々しい雰囲気からしてここでけしからぬことが行われていることは明白であり、ここにその証拠があるのも確実だ。だが、力尽くで押し通るには少しばかり人数差がありすぎる。
 打開策を考えていたバーニーは、ふと視界の端にあるものを見付けて思わずそれをまじまじと見詰めそうになったが、なんとか耐えて素知らぬ顔をした。……これはチャンスだろうか。縋って良いものだろうか。
 ――何をどうするかはお前が判断するんだぞ。
 低い声が脳裏を過る。バーニーは唾を飲んだ。……そしてそっとメガロレオンの雛を脇のテーブルに置くと、男たちを真っ直ぐ見た。
「いいえ。貴方がたには正当な裁きをうけてもらいます」
 男たちが顔を見合わせ、呆れたように――馬鹿にするように――笑う。
「勇ましいのは結構だが、お前を帰すつもりはないぞ」
「卵一つで金貨十枚は下らないんだ、人が死んだっておかしくないよなあ?」
 リーダー格の目配せで男たちが剣や棍棒の類いを取り出す。バーニーはそれを見るとちらりと男たちの背後を確認した。そこに何があるか、男たちは気付いていない。
 そして、バーニーが隠し持っていた剣を抜き放つのと同時に、ヘルムートが男たちの背後から襲いかかり(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)瞬く間に一人の意識を刈り取り床へ転がした。
「!?」
 突然の新手に浮き足立った男たちが、騎士たちの相手になる筈もない。
 ヘルムートは素手ではあったが、武器の有無による間合いの差をものともせず、相手の懐へ飛び込むと手品のように剣を取り上げ己が持つ……のではなく、背後の壁へと突き立てたり床と棚の隙間へ蹴り飛ばしたりしていた。敵の刃に身を晒しながら己は素手であり続けるというのはいっそ狂気すら感じられるが、ヘルムートの目に狂気の色はない――ただしそれは正気を保障するものでもないが――。
 一方のバーニーは安定した動きで敵の攻撃をいなし、多少の時間こそ要してはいるが確実に相手を無力化している。本来の彼の得物は弓ではあるが、騎士である以上一通りの武器の扱いは叩き込まれている。彼は「リドフォール」でもあるのだ、その道のプロでもない相手に引けを取る筈がない。また一人敵を打ち倒して一瞬それを見下ろした目は薄雲のある空に似ていたが、どこかひりつくような熱を帯びているようにも見えた。
 瞬く間に戦況は決し、意識を失って伸びている男たちの中で縮こまっているリーダー格にバーニーが剣を突き付けた。
「さあ、ご同行願います」
 男はなにかしら言い訳をしようとしたが、結局諦めたのか項垂れて両手を挙げた。


 その後騎士団の調査が入り、その倉庫の地下からは禁制品が大量に発見された。組織は解体され、そこに所属していた商人たちにも厳しい罰が科せられることとなった。取り扱われていた卵や生体の類いは騎士団によって適切に回収され、専門機関に任せられたり騎士団で引き受けたりすることとなった。
 ……件のメガロレオンの雛は一旦騎士団の幻獣を世話している飼育員に預けることになり、任務を終えた直後の二人は蒼騎士管轄の敷地内にある厩舎裏手の飼育小屋にいた。出迎えた飼育員には既に連絡が行っており、彼女は快く雛を受け取り、責任を持って親離れまで育てると二人に約束した。
「ではお願いします」
 二人がその場を立ち去ろうとした、そのとき。
「ぴゃぁ!」
 ハンカチの中からメガロレオンの雛が飛び出した。まだ飛行能力は高くない上に弱っているため、ふらふらと高度を下げるとヘルムートの足へしがみつく。
「ぴゅうぅ」
 ヘルムートは困惑しながら足を止め、それを見たバーニーは少し焦った様子で呟いた。
「まさか、もう刷り込みされて……?」
「どうするんだこれ、俺は蒼騎士じゃあないんだぞ」
 そのまま足をよじ登ってくる雛を振り払うことも出来ずに固まっているヘルムートに、バーニーは申し訳なさそうな顔を向けた。その顔にヘルムートは嫌な予感を覚えるが、走って退散することも出来ない。
「ヘルムート様、申し訳ありませんが、その雛を少しお任せすることは……勿論私もお手伝いしますし、一月ほどもすれば親から離しても大丈夫になりますので!」
「ええ……」
 肩まで到達した雛はくるると喉を鳴らしながらヘルムートの顔に頭を押し付ける。それを見たバーニーは少し力の抜けた笑みを浮かべ、それからヘルムートの目を見る。いつもは重たい前髪の影で曇り空のような色をしている碧眼に、一瞬、晴れ間が見えた。
「お願いします、ヘルムート様」
 その青い目をどこかで見たことがある気がして、ああこれは逆らえない、とヘルムートは長い溜め息を吐いた。


 それから一月ほどの間、とある黒騎士がメガロレオンの雛を連れ歩いているところが騎士団内で目撃されたとかされなかったとか。


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新矢 晋@企画用 @sin_niya_b
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