@toasdm
じっとりとした暑さの尻尾がようやく見えてきて、最近は、空も遠くへ逃げていくような気がする。夏の終わりのにおいはちょうど、スイカやメロンの香りに似ていた。
「……ま、食べてるからなんだけど」
「うん?」
几帳面に種を取り除き、皿の端にその黒い種を寄せながら、道夫は彼女の独り言に返事をする。なんでもないですよ、としゃくしゃく小気味よい音を立てて食べる彼女は、スイカの種を取り除くこともせず、皿へ出すこともしていない。
「君は種も食べる派か」
「いえ、どちらかというと面倒くさい派です」
同じだ、と苦笑して、道夫はやっと種を取り終えたまっさらなスイカを前に一人、ご満悦の様子だ。
「種を食べると夜中にへそから芽が出てスイカがなる、と脅されたりしなかっただろうか」
「あー、それ私には無効だったんですよねー」
事務所の屋上を吹きぬける風は、熱風から少し温度を下げている。スイカ食べるなら外で食べましょう、と切ったスイカをここまで運んでしばしの休憩を取る二人は、その生ぬるい風に夏の思い出を振り返る。
「だって、スイカですよ?」
「うむ。スイカだ」
「へそからですよ?」
「痛いだろう」
「痛さはさておき、無限に食べられるじゃないですか」
究極の自給自足ですよ、永久機関ですよ、と腰掛けたベンチの上で足をぶらぶらさせる彼女の言わんとしていることはつまり、へそからスイカをエンドレスに楽しめるなら大歓迎だ、ということだろう。苦笑と共に、道夫はスイカをかじった。
「君は昔からそうなのか」
「んー……そうですね、面倒くさがりでした」
「そうではない」
種のないスイカは食べやすく、また道夫はその上品さを裏切って一口が大きい。あっという間に食べきった一切れの皮をわきへとおいやって、道夫はふた切れめにとりかかりながら言った。
「君は昔から、何事もポジティブに考えていたのだな」
「……ポジティブ、かなぁ」
「はは」
そうだ、とスイカの果汁がついた頬を、道夫は自身の親指でぐっと拭う。わお男らしい、と見つめる彼女に、道夫は流し目を送って目を伏せた。
「痛いだとか邪魔だとか、ネガティブなことを考えずに物事のいい面だけを捉えようとする」
「え、おめでたいスイカ頭だってことです?」
「ッフ」
そういう切り返しもちゃんとできる頭の回転のよさもほめたかったが、彼女が調子に乗ると少し面倒だと思ったのか道夫は黙る。食べきったスイカの皮をまた積み重ねて、もってきたおしぼりタオルで手を拭いて、道夫は空を見上げた。
「でも、きっと毎日スイカだと飽きちゃうと思うんですよね」
まだその話をするのか、と彼女の手を拭いてやりながら、道夫は耳を傾ける。
「日替わりでメロンとか、桃とか、みかんとかそういうのないですかね」
「君のへそは便利にできているな」
「ひゃ」
服の上から道夫の指が、彼女のへそをするりとなぞる。ぞわ、とくすぐったさに身を竦めた彼女をけらけらと笑って、道夫はスイカの皿を手に立ち上がった。
「スイカの芽が出たら教えてほしい」
「んぁ」
また服の上からへそをくるりと、今度はハートを描くようになぞって、道夫は耳元で優しく囁いた。
「君ごといただこうと思う」
夜に、と付け加える必要のない一言まで付け加えて笑う道夫は、彼女をからかっているのだろう。道夫さん!と真っ赤になってぺそぺしと道夫を叩く彼女に、皿が割れるからやめなさい、と言う声も嬉しそうだ。
「さて、戻ろう。仕事はまだあるだろう」
私も手伝おう、と事務所に戻る道夫に続いて、彼女も慌ててついていく。
芽が出たらどうしようか、と彼女は不安になったのは、これがはじめてのことだった。