@toasdm
よし、これなら、と決意の午前七時。龍は力強く頷いた。ひとつでは満足せず、複数の天気予報サイトを確認して、一時間後、三時間後、六時間後の天気を何度も確認したが、降水確率は全てゼロ%だった。
脱衣所の洗濯機の前には大きなカゴ、止まった洗濯機には洗濯物、普段から注意してみていたから、彼女のランジェリーの類はネットに入れて別に避けてある。昨夜使ったバスタオル、寝る前に交換したシーツ、大きなものだけでもせめて、と晴天を見上げて祈りながら、龍は洗濯物を入れたカゴを抱えて外に出た。
「絶対、絶対今日は大丈夫なはずだ……!」
入念な下調べをした理由はただひとつ、龍のその、自助努力ではどうにもならない不運体質のせいだ。スニーカーの靴紐は新品であろうとも問答無用で切れる、カップベンダー式のドリンク自販機ではなぜかカップが落ちてこない、そして――。
龍が洗濯物を干した後は絶対に、雨が降る。
それらの小さな不運を、龍は自分にできる範囲内で対処し続けている。今日のように、もう少し彼女を寝かせてあげたいけれども洗濯物も干したい、という日にはある種の緊張感と共に、龍は入念に準備をするのだ。
「もうちょっと寝ててね、プロデューサーさん」
逞しい腕で抱えた洗濯物の重みは、龍の優しさの重みだ。意気揚々と決意の炎を宿した瞳で、龍はガラッとベランダの窓を開けた。
せめてこの段階で降ってくれたのなら、干すことそのものを取りやめることもできるのだが、運の悪いことにそういったラッキーは訪れたことがなかった。誰がどう見たって洗濯日和の青空の下にに干し終えて、たとえばちょっと出かけた僅か十五分の間に降るのが、龍の不運だ。でも今日は絶対、大丈夫だから!と信じて飛び出した空は、さあ、思う存分干しなさい、と言わんばかりに龍の上に広がっていた。
「♪~~……」
龍の鼻歌がベランダで躍る。パン、としわを伸ばして干されたシーツの白が陽光に透けて、健康的な龍の頬にライトを当てている。にっこりと笑って見えた歯の白さと同じくらい真っ白で、清潔なシーツが風を受けてはためく。ハンガーに吊るしたシャツの類が飛んでいってしまわないようにきちんと洗濯ばさみで挟んで留めて、二人暮らしの洗濯物はあっという間にベランダにきれいにならんだ。
「どうか、どうか雨が降りませんように!」
天の神様お願いします、と拍手を打って頭まで下げて、龍は部屋に戻る。外に干してはいけない彼女の下着類は、脱衣所のピンチハンガーに干さなければならないためだ。空っぽの洗濯カゴを抱えたままちらりと覗いた寝室で、彼女はまだ穏やかな寝息を立てていた。可愛いなぁ、と駆け寄りたい気持ちで止まった足を無理やり動かして、龍はニコニコ顔で脱衣所に向かった。
「……あれ、こんなの持ってたっけ?」
見慣れない、ちょっと(というよりはかなり)セクシー寄りのランジェリーをつまんで、龍はうーん?と首を捻る。あまり女性の下着をまじまじと観察するのも気が引けるが、龍の頭の中はそれを身につけた彼女のことでいっぱいだ。
「うーん……まあ、いっか」
しばらく記憶を手繰り寄せてみたが、持っていたにしろ買ったにしろ、これがここにあるということはいずれは、お目にかかれることには間違いないだろう、と龍は気を取り直しててきぱきと、できるだけ布地を痛めないようにそれらを干した。
「……あ」
その一瞬の逡巡と、脱衣所という奥まったところにいたのとで、龍は気付くことができなかった。わぁ、と聞きなれた声の悲鳴に慌てて飛び出した時には、既に青空はどこかへ消えてしまっていた。
「うわっ、ごめん!」
「龍くん、お洗濯なら私がやるから、って!」
激しい雨音に目を覚ました彼女が、ベランダから慌てて洗濯物を回収しようと必死になっていた。話は後、とベランダに飛び出して、彼女の背丈ではなかなか回収できない洗濯物をまずは最優先回収して、龍はベタンダの吐き出し窓をピシャリと閉めた。
「今回もだめだったかー」
防護シートのように、一番外側に一番大きなシーツを干しておいた用意周到さが功を奏したのか、被害はその一枚だけで済んだのは不幸中の幸いだ。室内干しに急遽切り替えて、ふぅ、と一仕事終えた龍のしょげっぷりは、そこそこに見えて彼女は思わず頭に手を伸ばした。
「私を、起こさないようにしてくれたんですよね」
雨に降られたシーツだけは洗いなおして、仕上がりを待つ間二人はソファで雨音を聞く。うん、と力なく返事をした龍をそっと包み込むように抱きしめて、彼女は感謝と労いのキスを頬に落とした。
「いつもありがとう。でも、起こしてくれてもいいんですよ」
「うん……」
「それに、あの……」
急に奥歯に物が挟まったように言いづらそうな彼女の顔を、どうしたのだろうかと龍が覗き込む。ええと……とたっぷり言い淀んでから、彼女は龍のシャツの裾をぎゅっと掴んで、上目遣いに彼女は頬を染めながら言った。
「一緒に起きた方が、一緒にいられる時間、増えるから……」
うわ可愛い!と叫んで、龍は思わず彼女をぎゅうっと、抱き潰す勢いで抱きしめた。龍くん、苦しい、の呻き声に少しだけ力を緩めて、ごめん、と謝る声も表情も幸せいっぱいだ。
「そうだよなぁ、うんっ」
ニッと笑った龍の顔に元気が戻る。
「今度から、一緒に起きよう!」
きっとその方が楽しい、と弾ける笑顔のおかげだろうか。
「……ん?」
「あ」
激しいにわか雨が通り過ぎて、さぁっと青空が二人の窓に戻ってくる。今度は私が干します、と苦笑する彼女に洗濯物をお任せして、龍は洗濯物を干す彼女の後ろ姿にさっき見かけた見慣れない下着を重ねて一人、にまにまとしている。
なんか楽しそう、と振り返る彼女の後ろ、雨上がりの空に虹がうっすらとかかっていた。