@corona_moca1111
田町はとあるバーに来ていた。
そこはラブホテル街のちょっと奥、別の駅前に出る近くのビルのとある階にある。そのこじんまりした見た目とは逆に、そういう界隈では有名だった。もちろん、いい意味で。
「いらっしゃい……あら、メグくんじゃない?」
声をかけたのは少し化粧が濃いおじ、いや、おばさんだった。
「うん。」
田町は笑みを浮かべて、カウンター席に飛び乗った。座って、くるっ、と回る。
「また顔が変わったわね。メグくん。」
彼女はいわゆる「ママ」であった。バーの名前を連ねて、時次のママと呼ばれている。でも、田町は
「そうかな、……ときママは元気?」
と呼んだ。
「えー?私はまぁいつもダラダラ酒飲んで話してるだけだからねぇ、あ、メグくんはダメよ、こんな大人になっちゃ。」
茶化して言った発言に田町はキョトンとして答える。
「ぼく、もう大人だよ?」
「そうねぇ。ほんと。あの時よりぜーんぜん、大人ね。おおきくなったわぁ!」
そういってカウンター越しに田町の頭を撫でるママ。
と、向かいにいるゴールドアクセサリーが目立つ人が寄ってくる。
田町は怖くなって目をそらしつつときママの方を見る。彼女は田町の頭から手を離し、それから甘いリキュールを少し手元のグラスに注ぎ、その中にチョコレートを入れ始めた。かき混ぜる。
「え、ママ、その子知り合いなの。」
意外と狙っていなさそうな声。乗り出してくる金色さん。
「ええ。チビの頃にウリのとこ行こうとして、強制連行されてきたの。」
「なるほどなー。なんて言うの?」
振ってきた。田町はわざと素っ気なく答える。
「めぐみ。」
「なるほど?名前のまんまってことか。」
適当な感想を言う相手。田町は、その無関心さに少し安心した。
そのまま少し世間話をして、ママに挨拶して去る相手。
「常連さん?」
田町が聞くと、ママは含み笑い。
「そうねぇ。ふふふ、あいつはあの格好、鎧だと思って着てるだけ。そんな怖がる必要ないよ、メグ。」
田町は少し赤くなる。前髪がカーテンのように垂れてその顔を隠した。
下、テーブルの面に置かれる甘い匂いの飲み物。
「ホットチョコレート。ちょっと大人ね。」
「うん、ありがと……お酒でもいいのに」
「ダメよ。メグにはまだ早いわ。」
「早いって……」
そういいつつ、両手で包み込んで持ち上げると、田町は少し、味見とばかりに端から啜った。
温かさと少し香るオレンジ。
なんだかびっくりして、田町はママの顔を見た。
「大人の味って言ったでしょう?」
スパイスを加えた魔女が笑う。
「うん。」
こくん。と頷く。
「……あまくて、いい匂い。」
田町はそのまま眼鏡越しに湯気の揺らめきを見ている。
ママが他の洗い物を始める。水の音。
流れる店内の曲が辺りを包んで、流れをゆっくりにする。
「ねぇ、ときまま。」
「何?お代はちゃんととるわよ?」
「へへ、違うよぉ。ただ……」
田町は言い淀む。湯気でメガネが曇り、髪の毛が少し湿っていく。
「……大変なのね」
「うん、なんも、出来なくて。」
店の主人はその仕事人の手で田町の頭をぽんぽん、とする。その後、自分の飲み物を手に取ってマドラーで混ぜた。
からんからん、と氷の音。
「なんも出来てないなんてことは無いわよ。出来てることはある。見えなくてもね。」
「……でも、…………めいわく、かけちゃうから。先輩とか……」
口に啜ったチョコレートはほろ苦い。
「……先輩。」
「うん、先輩。……僕がミスした時に、直ぐに来てくれる先輩がいて。」
「あら。」
「……片付け、手伝ってくれるし。部署の人も、少ないから。だから、いっつもその人に……押し付けてるみたいで、……めいわくで、……」
田町はおもむろに指をくねくねし始める。容器の中に髪の毛が入りそうになって、ママがそれを避ける。
「あ、ごめん。」
「……ゴメンじゃなくて、ありがとうにしない?」
にっこり笑いつつ、田町の眼鏡の横に髪の毛を避けるときママ。田町の目が眼鏡越しに光った。
古びた血痕のような名残が消えない赤の瞳。
見えなくなるように目を細めて笑うめぐみは、その言葉の優しさに頷いた。
「うん、ありがとう。ときママ。」
ちょっぴり苦くて甘いホットチョコレートの煙に包まれつつ、田町はその日の夜を店の一角で迎える。