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[薫]電話番

全体公開 1616文字
2019-09-05 19:48:57

「僕が電話番だと……?」

山村に電話番を押し付けられた桜庭先生のお話です。

Posted by @toasdm

 しいて言うならタイミングの問題だったということになるだろうか。ぽつんと残された事務所で一人、薫は黙ってデスクで腕を組んでいた。
 プロデューサーはいるか、とドアを開けた事務所、出迎えてくれたのは期待していた顔ではなく、期待に満ち満ちた目で薫を見つめる山村の顔だった。
「お疲れ様です桜庭さん!」
 ちょうどいいところに、と立ち上がった山村がバッグを持っていたのが気になったが、薫はすぐには突っ込まなかった。
 すぐに突っ込めばよかった、と今になって思うが、突っ込んだところで事態は変わらなかっただろうとすぐに思い直してため息をつく。
 山村は桜庭に電話番を押し付けて、そのままどこかへと行ってしまったのだ。
「僕が電話番だと……?」
 薫のつぶやきは、走って出て行った山村には届かなかったので独り言になってしまった。

 かかってきた電話は全部、誰から誰宛かをメモして「折り返しかけなおします」って伝えてくだされば大丈夫です、すぐ戻りますから!と走って出て行った山村に言われたとおり、薫はかかってきた一本目の電話に「後ほど折り返しかけなおさせていただきます」と丁寧に返した。そんなに時間もかからないだろうし、夕方のこの時間帯ならそこまで電話もないだろう、と思っていたのだが――

「はい、315プロダクションです。……申し訳ございません、ただいま席をはずしておりまして、はい。後ほど折り返し連絡を差し上げますので、連絡先をお伺いいたします」
 事務職の経験はなかったが、なんとかうまくできていた。これならこういうドラマの仕事が来ても問題なさそうだ、と自画自賛できる程度には、薫はうまくやれていた。しかし。
「はい、はい。失礼致します」
 ガチャ、と電話を切ってから、薫は特大のため息をついた。
「電話が多すぎる!!」
 だいたいがプロデューサーへの連絡だったが、そのプロデューサーが今どこにいるかを薫は知らされていないのだ。すぐ戻るといった山村も戻ってこないぞ、と時計をみてみたが、既に三十分は経過していた。貴様のすぐは何分なんだ、と苛立ち紛れにまたかかってきた電話を取って、薫は言葉だけは丁寧に応対をした。
「はい、315プロダクションです。……はい、お世話になっております」
 ただのスケジュール確認なら、僕でも対応できる。そんな風に思ってしまった薫の目が、ちら、とホワイトボードを確認する。
……はい、間違いありません。十九時からの予定です」
 気がつけば薫は言われたこと、任された事以上の働きぶりを発揮してしまっていた。時間の経過も気にならないくらい次々と電話応対をする薫は、僕はアイドルだったはずだが、と思う暇もなく電話を取り続けた。そして――

「えっ、桜庭、さん、ですよね?!」
…………そうだが」
 だから、プロデューサーからの電話にも普通に事務的に完璧に応対をして、気付かれてしまった気まずさは相当なものだった。
「なんでですか?! なんで、どうして、山村君は?!」
「はぁ……僕が知りたい」
 君を待っているんだ、とやっと人心地ついた気分になって、薫は頭を抱えた。すみません、すぐ戻ります、と慌てたプロデューサーが電話を切ったのと同時に、出し抜けに事務所のドアが開く。
「すみませーん、今戻りましたー!」
 どこに行っていたんだだとかなんだとか、色々言いたいことは山ほどあったが、薫の口からは何も出てこなかった。君が留守にしている間これだけ電話があった、と大量のメモを山村に押し付けて、薫は漸くデスクから解放された。
 血相を変えて事務所に飛び込んできたプロデューサーにこっぴどく叱られる山村を尻目に、薫は磨きのかかった仏頂面でソファにどかっと腰掛けていた。

 今度、事務職の役でも取ってきてくれ。完璧にこなしてみせよう。

 その一言が唯一の、薫の反抗心のような、やり場のない感情のやり場だった。


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