@toasdm
呆れた声に優しさというか、愛しさというか、そういった柔らかな雰囲気の色が混ざっていると気付いたのはいつだっただろうか。もう随分と前のようにも感じられたし、つい最近気付いたような気もする。でもそんなのどっちだっていいや、と思ってしまうのは、彼女がたいてい、その、呆れた優しい声を聞くのが寝起きのぼんやりとした頭だからだ。
「ね」
たった一音ですら、呆れて優しい。
「ほらもー、起きて」
体を揺する手すら、呆れて優しい。
「起きないなら悪戯しちゃうよ?」
そういって、何もしてくれないことすら優しくて、愛しい。
次郎の声と手が、彼女の朝の始まりの全てだ。寝返りを打った彼女は、ぼやけた視界に次郎の優しい瞳を見とめる。
「おはよ、さぁ起きた起きた」
「んぅ~……」
甘えた両腕を次郎へ伸ばせば、手首はそっとつかまれて、男性らしい力強さでぐっと体が持ち上げられる。浮いた背中と布団の間にさっと差し込まれた腕も力強く、引き寄せられた胸板は、朝のにおいと男の香りが漂っている。心臓は、急速に仕事を始める。
「甘えん坊さんだねぇ、あんたも」
「ん~……次郎さんにだけ~……」
甘ったれた仕草と甘ったれた声が、次郎の庇護欲を上手くくすぐって離さない。しょーがないねぇ、と全く困っていない声が頭の上から降ってきて、ほら起きた、と今朝始まって何度目になるかわからない「起きた」のシャワーで、彼女は目を覚ました。
「へへ……次郎さん、好き」
「んー?」
そんな風に、安心しきって甘えられちゃうと悪戯できなくなっちゃう、と嬉しそうに言う次郎の、現時点で最大限の悪戯は。
「起きなさーい」
「んっ、ふふふふふ、ふふっ、やだ、あははははは次郎さんくすぐったい、おひげ」
「男はみんなおひげ生えちゃうの、ほら起きて、甘えん坊さん」
不揃いの無精ひげで彼女のあちこちを擦ることだった。
年甲斐もなく朝からじゃれちゃったねぇ、と目尻を下げる次郎の声は、やはり、呆れたようで優しかった。