@toasdm
くすくすと笑う声すら上機嫌で、見ているだけでこちらまで楽しくなるようだと彼女は微笑ましく思った。ただいまぁ、といつも以上に間延びした声に出迎えてみれば、へべれけを絵に描いたような圭が玄関に、斜めに立っていた。
「随分、飲まれましたね?」
「うーん……? っふふ……あははは、うん、飲んだ、ねぇ」
足取り以上に覚束ない口ぶり、斜めの体をまっすぐにすることもできないほどに酔っ払っているのに、でも片足で立てるよ、とシューズボックスに手をついて、圭は片足を挙げて見せるのだ。
「わぁぁぁぁ倒れちゃいますって!」
「だぁい、じょーぶ、だよ……ふふふ……」
思わず支えた彼女に最大限にもたれかかった圭から漂うアルコールの香り、ぎゅう、と甘えるように抱きついてくるのも珍しい。男性にしては軽い方とはいえそこは大人の体、支えるには相当な労力を要した。
それでもなんとか靴を脱がせて部屋にあげたが、このまま寝かせてしまうと寝ている間に分解しきれなかったアルコールのせいで翌朝は大変なことになってしまいそうだ、と判断して、彼女はとりあえずで圭をソファへと座らせた。
「都築、さんっ」
離してください、水を持ってきますから、と言う彼女を、圭はしかしぎゅっと抱きしめて離さない。僕を置いていってしまうのかい、と切なそうに言われてしまうと強くも出られず、さりとて水を飲ませて少しでも酔いを醒ましてやらなければという気持ちとの板ばさみになって、彼女は困惑した。
「もう、すこし、だけ、ね?」
いい匂いがする、と抱きしめる腕の力は、普段弱々しいと思ったことなど一度もなかったがいつも以上に力強く感じる。もしかしたら普段は手加減をしていて、今は酔っ払っているから加減がわからなくて力いっぱい抱きついているのかもしれない、と思えば動揺と困惑は増す一方で、都築さん、と呼びかけて顔を見上げても答えなど出ないのに、彼女は圭をじっと見つめた。
「ああ……ふふふ、本当に、可愛らしい」
「もうっ! 酔っ払って言わないでください!」
「酔って、いなくても、言うよ」
それは確かに事実だった。でも可愛いと甘える猫のようにすりすりとすりつけられた頬に軽く触れる伸びかけの髭や腕の力の強さ、容姿から想像できない男らしさに当てられて彼女も徐々に、酔っ払ってしまったようにくらくらとしはじめる。
「あーーー……気分が、とても、いいよ」
抱きしめるのも疲れてしまったのだろうか、圭はとうとう彼女の膝にごろんと転がり頭を預け始めた。膝枕の感触と温もりを堪能するようにまたそこで、すりすりと、猫のように甘える圭の頭を優しく撫でて、これは少し落ち着くまで何かするのは無理そうだ、と彼女は諦めた。
「ねぇ」
「はい」
呼びかけに見下ろせば、圭は仰向けになっている。酒で赤らんだ頬に柔和でゆるい笑みを浮かべたまま、圭は手を伸ばして彼女の頬にふわりと触れた。
「圭、って、呼んで、くれないの……?」
それは、酔っていても酔っていなくても、圭が何度か言っていたことだ。飲んでない時に呼びますね、と誤魔化して適当に流そうとしたのだが、圭は頑なだった。
「ねぇ」
「…………圭、さん」
潤んだ瞳が、ほんの少し、寂しそうに見えた。
視線を泳がせて、頬に触れた圭の手に自分の手を添えて、深呼吸をした彼女が目を閉じて、小さな声でそう言ったのは、それが原因だった。
「呼び捨てが、本当はいいけど……ふふ。天国、って、ここのことなんだね」
「召されないでください、都築さん、ここはまだ此岸です」
「うん……?」
どうでもよくなってきてしまったよ、と目を閉じた圭が、本当に召されてしまいそうな雰囲気に見えて彼女は慌てて揺さぶってみたが、ふにゃあ、とおよそ圭らしくない鳴き声めいたものを最後に、あとは穏やかな寝息を立てたまま彼女の膝で眠りこけてしまった。
「あの……都築、さん……」
眠った圭になら。
「……ふふ。お休み、圭」
彼女は、呼び捨てで、圭を圭と呼べたのだが。よく眠った圭はそれを知ることなく、天国の夢を膝で見ていた。