@875108Express_
「つまらない」
誰かがそういった。
いつまでこんなに呑気で無意味なごっこ遊びを、見せつけられないといけないんだろうか。
観客席の人々が席を立とうとすると、ステージ上に、銀髪の男が現れた。
『これはこれは。つまらない茶番で飽き飽きする気持ちも、わからなくないなぁ?』
男の声は、人々の足を止める。男はスクリーンに写し出された13人の男女を一瞥すると、ふんっと鼻をならした。
「小娘の小遣い稼ぎに付き合わせてしまい、申し訳ない。だが、ここで思わぬハプニング」
男が手を叩くと、舞台のスクリーンに、一人の少女の写真が映し出された。白いフリルワンピースを身にまとい、両手に花束を抱えている。彼女は今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「紹介しよう。こいつは『リサ』だ」
『リサ』と呼ばれた少女は、足枷をつけられた状態で、白い箱庭を彷徨っていた。
「この『リサ』は、観客席の誰もが知ってる奴の『過去』であり…」
男は懐からハサミをとりだすと、ザクッ!とスクリーン越しにリサを刺した。
「……『金』になるキーパーソンだ」
ぽつりと呟くと、男は観客席に向き直った。
「観客席ども、この女の末路をしりたいか?」
スクリーン越しにハサミで刺されたリサは、呆然と観客席を見下ろしていた。
「ならば教えてやろう。ブーケエクスプレスのぬるい茶番に、メスを入れるついでになぁ?」
男がスクリーンに刺さったハサミを引き抜くと、スクリーンからリサの姿が消えた。
場面が切り替わり、次に映されたのは……。
文化祭が終わり、誰もが寝静まった夜。少女は一人、悶々と考え事をしながら布団のなかに入っていた。
明日は、怤藍が何やら大事な話をするらしい。「これからのこと」とは言っていたが、果たしてどんな内容の話なのか。
このブーケエクスプレスは、終着点である『カルカタッタ』まで確実に近づいてきているようだ。次の駅でも美味しいものが食べられたり、また皆で楽しいことをしたり、余命があることを忘れられるような1日を、また過ごしたりしたい。
残された時間が僅かだからこそ、やり残したことをやり遂げたい。残された時間があるからこそ、生きることに貪欲になりたい。
まだまだ死ねない理由があった。まだ死にたくない。もっと先の未来を、皆と歩みたいのだ。
きっと皆、そう思っているはず。だから明日の話は、どんなものであろうと、きちんと受け止められるようにしよう。
そんなことを考えていた時である。一両目の方から、唐突に何かが割れる音が聞こえた。その後に、何かを引きずるような音。扉をあけて、バタンッ!という音が続けざまに聞こえる。その後、コツコツという足音が聞こえたが、どこかで途切れた。
何だ、何か嫌な予感がする。少女はすぐさま部屋を飛び出した。部屋を飛び出して、三両目、二両目、一両目。
一両目に到着して真っ先に目に入ったのは、四種類くらいの花びらが散った跡。その後に、運転室のガラスが砕け散った跡。何処かでみたことがあるような、赤い帽子もそこに落ちていた。
そして、普段開いていないはずの厨房の扉が、少し開いているのを見つける。
恐る恐るドアノブに手を伸ばし、それを引いた。
厨房はいたく殺風景で、調理台の他に業務用冷蔵庫が鎮座しているのが特徴的だった。
ふと、冷蔵庫の扉に、赤茶色の布が挟まっているのに気付いた。小さな体で開けられるのか不安を抱きつつ、少女は布の正体を知るべく、冷蔵庫の扉を開けた。冷蔵庫は、小さな体の少女でも、簡単に開けることができた。
冷蔵庫を開けると、そこには信じられないものがあった。
エマ「……………どう、して、」
そこにあったのは、ひんやりとした冷気に混ざった花の匂いと、意識を失っている案内人の姿。
そう、冷蔵庫に挟まっていた布の正体は、リズットの制服だったのだ。
エマ「……おき、て、……おきてよ、朝だよお兄ちゃん!!ねえ!!起きてってば!!!!!」
少女…姫羽笑愛は、リズットの体を揺さぶる。しかしリズットは、目をさまさない。
エマ「…つめたい、やだ、しなせない、んだから、こっち、だすから、また、わらって、わらってよ、お兄ちゃん、」
笑愛はリズットの両足を持って、冷蔵庫からずるずると引きずり出す。冷蔵庫からリズットを引きずり出すことに成功したが、この先はどうすればいいのか、まだ幼い彼女にはまるでわからなかった。
「……っ、どうし、たら、…ちがう、とまっちゃ、とまっちゃいけない、エマは、エマはうごかなきゃ……、っ……!!!!」
すぐさま彼女は、リズットを厨房に置いて、客室の扉を全て叩いた。
エマ「……っ、お兄ちゃん!!お姉ちゃん!!!おき、て!!…………っ…だれか……たすけて……っ……」
エマ「……お兄ちゃんを……助けてよぅ………っ……うああああんっ……ああああっ………」
冬真「どうしたの!?!?」
杏助「ちょっと、どうしたのよ?何かあったの……?」
希更「なになに!?」(慌ててその場に向かう)
常磐「何事……?」
彼女の声かけに叩きおこされ、搭乗人物たちは目を擦りながら厨房へと向かった。
周「えっ、ちょ、なに、どうしたんですか」
エマ「ああああんっ………っ……ぅ……あ………ひっ……ぅく……っ…おにい、ちゃん……っ……りずっと……おにいちゃんが……っ……ぁ……うあああっ………」
ジョアン「リズットになにかあったの?わかった、とにかく行きましょう!」
「どいて皆…!!」
真っ先に厨房に入ったのは、怤藍だった。怤藍はリズットを見るなり、ぎょっと青ざめた。
「リズット…?」
怤藍がリズットの頬を、ぺちぺちと叩いてみる。しかし、反応はなかった。冷たい肌の感触が、指先に残るだけだった。怤藍はそっとリズットの手首に触れて、耳をすませた。
「……よかった。まだ死んでない」
思いの外冷静に、怤藍が告げた。
「誰か…できれば男の人が嬉しいんだけど、お願いがあるの。リズットくんを、あたしの部屋まで運んで行ってくれない?休ませてあげたいの。リズットくんいっつも床で寝てるから、寝るところがないの」
エマ「……ひ、……っ、し、しんで、な……っ……ぅ……あ……えま、えま、がんばる、から、い、いきて、ね、ねえ、おきて、よ、おきてっ……てば、」
冬真「ぼくじゃ、無理ですね…」
杏助「分かった、連れてくわ。案内してもらってもいいかしら」
「ありがとう杏助さん。14号室までお願い。メイズさん…」
『…わかった。私が案内しよう』
杏助「ええ、14ね。メイズくん、よろしく頼むわ」
『あぁ。こっちだ…』
部屋に運ばれるリズットを眺めながら、怤藍が何か告げようとした。
しかし。
常磐「……あれ、なんか……誰か一人いなくない?」
(周囲を見渡して)
逢魔常磐のその一言で、全員があることに気づいた。
…そういえば厨房に入る前に、廊下に赤い帽子が落ちていた。赤い帽子を日常的に被っているのは、このブーケエクスプレスには三人いる。午橙りんごと、守崎怤藍。そして、イヴァン=ヴァルコフ。
希更「そういえば、さっきからイヴァンさんの姿が見当たらないみたいなんだけど……?」
鵠間希更にいわれて、全員がここでイヴァン=ヴァルコフがいないことに気づいた。
杏助「エマちゃんは、皆の部屋の扉を、叩いてくれたのよね……?」
エマ「……っ………そ……うだよ……っ……?……エマ、エマは、たすけて、ほし、くて、……っ、……ひ…っ………みんなを、よんだよ……っ……う…っあ…………ああん……っ……」
西安杏助が恐る恐る問うと、笑愛は頷いた。
…嫌な予感がする。怤藍は慌ててイヴァンの客室に向かい、扉を激しくノックした。
「イヴァンさん!!イヴァンさんいる?!」
返事はない。思いきってドアノブを捻ると、扉が簡単にあいた。
しかしそこには、誰もいなかった。
「……皆、手分けして探そう」
怤藍の提案で、面々は列車内のどこかにイヴァンがいないかさがしまわった。
「イヴァンさん!!どこにいるの?!いたら返事して!!イヴァンさん!!」
エマ「……(ぐずぐずと泣きながら)……っ、おにい、ちゃん……っ…どこぉ………?イヴァン、おにー、ちゃ……っ…」
周「イヴァンさん?! います?!!」
杏助「イヴァンさん!どこにいるのよ?」
希更「イヴァンさーん!!どこー!?」
常磐「イヴァンさん!いますか!?」
ジョアン「大丈夫よ……エマ、私も一緒に行くわ」
大丈夫、そう自分に言い聞かせるように呟き、エマの手をとり一緒に行く
あちこち探し回ったが、彼は何処にもいなかった。
「どういう……こと……?」
怤藍が困惑していると、どこからともなく音割れが酷いノイズ音が耳をつんざく。
「なに…?!」
怤藍が廊下に出ると、ふと八両目の入り口がやけに明るいことに気づいた。
「そこに誰かいるの?」
怤藍が問いかけると、先ほどよりも音割れが酷いノイズ音が降ってきた。
「イヴァンさんじゃ…ないよね。イヴァンさんは、こんな粗雑な悪ふざけなんかしないもん!!」
怤藍のその一言を聞くと、八両目の明かりが消えた。
その代わり、雑音混じりの男の嗤い声が、また何処からともなく降ってきた。
『相変わらず、つまらん茶番を好んでやってるようだなぁ。なぁ?守崎』
その声を聞いて、怤藍は顔を強張らせた。
「……どうしてあなたが」
そこに姿はないのに、まるで親の仇を見るような目で天井を見上げた。
『はぁ…?ふざけた質問をする癖は直ってないようだな。まぁいい。それよりも、どうやら奇妙なことが起きてるみたいだが…何でこうなったのか、お前らはわかっていないようだな?』
杏助「……誰よこの声……茶番……?」
ジョアン「うるさいわね!人が倒れて、みんな不安で、小さな女の子が泣いてるのよ!?誰だか知らないけどふざけたことしないで!」
鼻で笑うような男の声は、搭乗人物たちの元にも届いていた。
『守崎、お前が可愛がってた小僧が“またこうなった”って気持ちはどうだ?しかも今度は、野郎が一人消えたみたいだしよぉ』
怤藍は男の声の問いに答えない。
『…駄作しか生み出せないお前は、この物語を腐らせるのがうまいらしい。さながら疫病神だな?それなのに、書き手だなんてご立派なことだ』
皮肉混じりの言葉を、怤藍はただ黙って受け入れていた。
エマ「………………(全ての感情が抜け落ちたような顔で)…………………おまえ」
『ふんっ。まぁいいだろう。お前の茶番がつまらんかったから、メスをいれてやったのさ』
「なに……?なにをしたの?」
『俺は“小僧を叩き潰してこい”と【命令】しただけだ。それなのに、なんで野郎が消えたのかまではしらん。そのうち返してやるが…まぁどのみち、お前らはじきに【全滅】する』
『全滅』というワードに、面々がざわめく。
杏助「正从这个男人,哪里看。乘务员室?」
周「全滅…」
「全滅ってなに…?そんなのきいてな…」
『黙れこの低脳駄作人形女が!!』
男の罵倒に、怤藍は後ずさる。
『【全滅】といっても、至極シンプル。そう、お前たちはカルカタッタに辿り着く前に、飢えで死ぬのだ』
さらっと言っているが、全員にとって恐ろしいものであろう『死』というワードに少し怯える。
『お前たちに飯を提供していた小僧は、今意識不明。いつ目を覚ますかも不明。列車の厨房は特殊な作りをしているので、料理が趣味であろうと、使いこなすのは困難であろう調理台と…?』
男が少し間を開けると、嫌味ったらしく告げる。
『…全員分の食料がない、冷蔵庫』
何処から「ニタァ…」という笑い声が聞こえたような気がした。
『冷蔵庫の食料を腐らせておいた。これでお前らは満足に飯が食えんくなる。このままだと、全員死ぬなぁ?この物語も、駄作としておわっちまうなぁ?』
「……どうしたらいいんですか」
怤藍が俯きながら声に問う。
「お願い…します。この物語が終われば、何でも言うことを聞きます。だから、助けてください。……助けて…ください!!」
姿のない声に、怤藍はその場で頭をさげた。
杏助「这个笨蛋家伙……」((ボソッ
『足りんな』
馬鹿にするように声はいう。しかし、怤藍は折れなかった。その場で跪いて、手を地面につけて、頭をさげた。
「あたしがどうなったって、構いはしません。あなたにこの腕と脳を一生捧げます。全てあなたに従います。だから…リズットとイヴァンさんを…皆を…助けて…」
怤藍のその様子を、声は見届けたのだろうか。
返ってきたのは、無慈悲な一言。
『知ったことか、低脳』
「……ごめんなさい」
いつの間にか、怤藍がその場で泣き崩れていた。
ジョアン「……まわりくどいやり方ね。自分の手は汚さずに、ってわけ?意気地無しの卑怯者……!!」
『ふん。惨めだな守崎。いいだろう、一度だけチャンスをやる』
男の声がそういうと、何処かで指を鳴らす音がきこえた。その音と共に、窓の外が倍速で深夜から朝へと変わった。そして、八両目のど真ん中に、氷の柱でできた巨大な日時計が現れた。日時計は窓から差し込んでくる朝日に照らされ、キラキラと輝きながら、少しずつ溶けていくのがわかる。
『この時計が溶けきるまでに、搭乗人物たちが【捨て駒】の正体を暴けば…食料を確保してやろう』
声が出した条件に、面々が首を傾げる。
杏助「捨て駒…?なんの話なのよ…」
『一つ教えてやろう。お前ら搭乗人物たちの中に、俺の【捨て駒】がいる。その【捨て駒】が、小僧を襲撃し、野郎を消したのだ』
「その【捨て駒】が誰なのかを見つけたら、飢えで死ぬことはないんだよね?」
『その通り。それと、それだけじゃあつまらん』
声がそういうと、書庫の方からドンッ!という爆発音が聞こえた。
『守崎。お前書き手のくせに、こいつらに【宿命】を背負い忘れたとは言わせねぇよな?』
ゲラゲラと笑う声と、二回目の爆発音。
「……背負わせないよ。搭乗人物にそれは、重すぎるから」
『ほぉ…まぁいい』
三回目の爆発音で、列車全体が大きく揺れた。
『搭乗人物のお前ら!お前らに課題をやろう。俺の【捨て駒】が誰なのかを考えながら…【リズット・アルジャーノンが何者なのか】を暴いてみな!』
爆発による揺れで、搭乗人物たちはよろけながら八両目の手すりにつかまった。
『それが出来たら、お前らのイヴァン=ヴァルコフを返してやろう』
その一言以降、男の声は聞こえなくなった。
静まりかえったブーケエクスプレスで、搭乗人物たちはそれぞれ何を思ったのだろうか。
……それぞれが思っていることはバラバラでも、この状況を何とかしないといけないってとこは、なんとなくわかる。
一人、また一人。決意をかためて、搭乗人物は行動を起こそうとした。
全滅を防ぐために、イヴァン=ヴァルコフを取り戻すために。
そしてその様子を、誰かがじっと見ていた…ような気がした。
「……ちがう、えま、えまは、……こんなの、みたく、ない…………』