@toasdm
立場上、自分が泥酔するわけにはいかないからと控えめに飲んでいた彼女だったが、そこそこ酒は回ってしまっているようだった。ふわふわと安定しない頭、軽く回転する視界、足元は少しでも気を抜くとガクンと膝から力が抜けてしまいそうだ。まっすぐ歩けているだろうか、と少し気合を入れて歩いてみたが、歩行には問題がないように思えた。
「だいじょうぶか」
三々五々、解散した面々はそれぞれが迎えの車や二次会の塊の中に吸収されて、全員の行方を軽く見送った彼女はいつの間にか、誠司と二人だけになってしまったようだ。だいじょうぶです、と答えたつもりの自分の声はしかし、軽く呂律が回っていないのか、「だ」の音が「ら」の音になっているように聞こえた。
「ろれつがまわっていない」
そういう誠司の方も、耳から入ってくる音が全て、ひらがなに聞こえるような緩さだった。打ち上げの面々はそれぞれが、体育会系だったり酒に強そうだったりで、それに合わせて飲んだのがよくなかったのだろうか。酔っ払い二人は深夜の繁華街で、ぽつんと取り残されたように立ち尽くしていた。
「そぉいうしんげんさんも、ふわふわしてるじゃないれすか」
「はは、じぶんはだいじょうぶだ、ほら」
ぱっと両腕を広げて、誠司は片足で危なげなく立ってバランスを取る。確かにそれは、普段の誠司のしっかりとした体幹そのままだが、緩やかになった口調には少し、誠司らしくなさというか違和感があった。
「プロデューサーさんくらいならささえられるぞ」
あまつさえ、慣れたとはいえ女性の苦手な誠司が二の腕をぐっと見せ付けて、ぶらさがってみるかと聞いてくるあたりは本当に、この人大丈夫だろうかと思わざるを得ないのだ。それと――…。
「うぇ」
「んっ、ははは、どうだ」
やはり、自分も酔っ払っているようだ、と思わざるを得なかった。
その逞しい腕にぶら下がってみたい、という衝動を抑えきることができない程度には、彼女は軽く理性が酒で蒸発してしまっていたのだ。
「なんか、おとーさん、みたい」
「っはは、プロデューサーさんみたいなおっきいこどもはいないぞ」
普段から、目に入れても痛くない姪っ子にも同じことをしているのだろうか、誠司は彼女を腕にぶら下げたまま軽くその場で回転もできた。盛り上がった筋肉から与えられる安心感と、一切軸のぶれないしっかりとした体幹の安定感は、彼女を童心へと帰らせるようだった。
「あははははは、しんげんさんすごぉい!」
「そうかぁ、っと!」
流石に少し人目が気になったのか、軽く回る程度で誠司は彼女をしっかりと着地させた。危うさのまるでない着地、顔は幾分赤いがそれ以外はいたって普通の、普段の誠司のままに見えたのだが――…。
「お、っと」
「ふぁ……?」
ふらついた彼女を慌てて支えた腕の力の強さに、彼女は驚いた。
強い。
ぐっと二の腕を掴む力も、それを素早く引き寄せる力も、だいじょうぶか、と見下ろしてきた視線も全て、強過ぎた。見上げた顔はどう見ても普段の誠司のままなのに、いつも自分を気遣って支えてくれるような遠慮がちな、硝子細工に触れるような雰囲気はまるでなかったのだ。
「……すこし、はしゃぎすぎたか」
ほんの僅か、瞬きひとつするかしないかの一瞬の力強さが、彼女に伝えるのだ。
普段の誠司はとびきり優しく臆病なほどに彼女を大切に扱っているということと、今は酒でそのコントロールがうまく働いていない、ということを、如実に伝えてくるのだ。
「あぅ、あ、あの」
「…………っっわあ!」
すまん、と慌てて離れた誠司はいつもの誠司そのものだったが、先ほどの、一瞬の力強さは彼女の心の奥深くにしっかりと跡を残しているようだ。
「プっ、プロデューサーさんは、電車か」
「は、はひ……」
酔いなど吹き飛ぶその衝撃が、二人の間にぎこちなさを生む。駅まで送ろう、と申し出た誠司はいつもの誠司だったが……。
「……ふふ」
「なん、だ」
右手と右足が一緒に出るほど動揺する、珍しい方の誠司の姿は、いっそ微笑ましくもあった。
飲みすぎたか、と後ろ頭をがしがし掻く誠司の半歩後ろで、彼女はこっそりと笑った。