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【オルナイ】死んだ騎士は走るか(4)

新矢 晋@企画用
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2019-09-13 23:21:57

4.

 次に発見した符丁は「危険」であった。木の幹に焼き付けられたそれを、サイモンは神妙な面持ちで調べている。
「僅かだが火のマナが残存している。森だとそう多くは発生しない筈だから、何らかの外的要因が予想される」
「チェルハ卿は確か火属性の魔法が扱えたな」
「……ウォルター、まだ早計だ」
 ジェラルドが釘を刺し、ウォルターは少しばかり不満そうに口を噤む。その後ろからぐいと二人を押しのけるようにして進み出たディミトリエが、怪訝そうにそちらを見たサイモンの隣にしゃがみ込んでその符丁の真上で指先を動かす。空中にくるりと円を描くようなその動きに反応したかのように、小さく火花が周囲に散った。
「術式が雑……というかただマナを活性化させて武器にでもまとわせて押し当てただけだな。魔法と呼ぶのもおこがましい、我輩が評価するなら『1』だ」
「フェニング卿?」
「魔痕はあの男……ヘルムート・チェルハのものに近い。計器の用意がないからこれ以上の断言は控えるが」
 魔法を使った後には必ず痕跡が残る。同じ材料を使って料理をしても料理人が違えば全く同じ味にはならないように、同じ場で同じように魔法を使ったとしても術者によってその痕跡は変わる。専用の計器を使えばかなりの精度で個人の識別をすることも出来る。ディミトリエの鑑定は計器なしでのものではあるが、よく知る相手の魔痕であること、ディミトリエの術式の精度が高いことなどから信頼性は十分にある。
 サイモンとディミトリエはちらと視線を交わし、ディミトリエが鷹揚に頷いた。再びサイモンが調査を開始し、他の面々を先導する。森は静かで、時おり小動物の気配を感じたり鳥の声が聞こえるくらいである。
「待て」
 不意にサイモンが緊張した声をあげる。他の面々が足を止めたのを確認してから己だけ先行し、少し大きな木へと歩み寄る。……その幹に大きく符号が――縦に二つ×印を並べたものだ――焼き付けられているのが、待機中の面々の位置からも見えた。
「サイモンくん、それは」
「……『即時退避』もしくは『近寄るな』……こっちに方角の指定があるな、これ以上東へ向かうなという意味だろう」
 足元を見ながらそう言ったサイモンに、三人が視線を交わす。……この先に何かがある。それが探している人物か、それとも他の何かかはわからない。だがここまで来たからには引き返す選択肢の優先順位は低く、彼らは慎重に足を進めようとした。
「止まれ」
 不意に声が響く。それは彼らのうちの誰の声でもなく、低く落ち着いた男性の声で、……特にサイモンとディミトリエがよく知っている声だった。前方の木々の間から姿を現した長身の影。服は汚れ、髪はべたつき、無精髭は伸び放題の壮年男性。
 ヘルムート・チェルハがそこにいた。
 森での暮らしが長かったのだろう、体のそこかしこに葉や花が貼り付いている。少しやつれてはいるが外傷は見られず、五体満足であるようだった。その姿をまじまじと見ていた面々の中で、最初に口を開いたのはウォルターだった。
「やはり生きてたんですね! 殺したって死なない人だと思って、」
「待てウォルター」
 歩み寄ろうとしたウォルターをジェラルドが引き留める。怪訝そうに振り返ったウォルターは、ジェラルドがどこか深刻な表情を浮かべているのを見て胸がざわついた。……何だ? 何か問題でも起こっているのか?
「青い花がよくお似合いですね、チェルハ卿」
 己の袖口を指差すジェラルド。ヘルムートの同じ場所には青い花をつけた蔦のようなものが巻き付いており、薄汚れた身形の中で禍々しさを感じるほど鮮やかな色を発していた。
「女王陛下に頂いたんだよ」
 それだけ言って、ヘルムートは曖昧に笑う。ジェラルドは細く長く息を吐くと、どこか沈痛げにぐっと目を閉じてから開いた。その眼差しは静かな海だ。さざ波ひとつない。
「マリオンアイヴィーの生育地だったんですね、この森は」
「ああ。だからそれより先には進んでくれるなよ、攻撃域に入る」
 お互いに何かを理解しあった様子で話す二人に、ウォルターがじれったそうに「なんですかそれ」と尋ねる。他の……サイモンとディミトリエは何かを考え込む様子で黙っていたが、どちらも表情は硬い。この空気は、もう手の施しようがない仲間を戦場で見付けた時のそれに似ている。
「……マリオンアイヴィーは獣に根を張って『兵隊株』として操る魔物だ。その兵隊株に獲物を狩らせたり、『女王株』……本体を外敵から守らせたりする。人間に根を張った例はほとんどないんじゃなかったかな……チェルハ卿、論文にしてはいかがです」
「はは、考えておくよ」
 マリオンアイヴィー。主にマナが豊富な場所に発生する魔物だ。蔦植物のような見た目をしており、ペンキででも塗ったかのような毒々しい青色の花が特徴である。狼や熊などの捕食者寄りの獣に寄生し、根を張り、その行動を支配する。マリオンアイヴィーに寄生された獣は「兵隊株」と呼ばれ、本体――「女王株」と呼ばれる――を守るために働かされることとなる。
 一見ヘルムートには異変などない。こうして普通に会話も出来るし、見た目だって変わらない。突然襲いかかってきたりもしない。だというのにその体は魔物によって支配されているのだとジェラルドは言うし、ヘルムートも否定しない。そのくせごく普通にやり取りをしている二人の態度が、この状況の深刻さを減じさせている。
「しかしチェルハ卿、意識があるとは驚きですよ。卿が行方不明になってから一月以上が経つ。どのタイミングで根を張られたにしろ、一日二日ではないでしょうに。大体三日とせずに背や首、頭など中枢にまで根が張るとされていますが」
「恐らく強化外骨格(アトラース・スパイン)のおかげだろう。これは背骨に沿った広範囲に接続するから、既に塞がった場所には根が張れなかったんだ」
 強化外骨格。黒騎士などが身に着けることの多いそれは身体を強化するための魔術式が組まれた装備であり、大抵は鎧の下に着ける薄手のボディスーツのような形態を取る。素材は様々だが、共通しているのはある程度の防御性能があることと、マナの伝導率が高いことだ。
 中でもヘルムートが使用しているアトラース・スパインと呼ばれる型のものはかなりの広範囲、背骨の全域から肩甲骨や肋骨、骨盤に接続して運用され、全身の身体能力の向上を目的としているが代わりに反動も大きい。型としては第一世代の後期に属し、接続範囲が広いせいで後遺症の可能性が高く、現行の安全基準も満たしていないため、現役で使っている者はヘルムートくらいのものだった。……ただ、これを装備していたおかげでマリオンアイヴィーの寄生を遅らせることが出来たのだから、何がどう役立つかはわからないものである。
「さて、久し振りに顔が見られて良かったよ。このままいい子で帰って……はくれなさそうだな」
「当たり前でしょう、卿は死んだことにされているんですよ? さっさと戻って後輩たちを安心させてやったらどうです」
 憮然と言ったウォルターに、ヘルムートは眉を下げて笑った。子供にわがままを言われた大人の表情に似ている。ちらと視線を流してサイモンとディミトリエ、ジェラルドを確認したがいずれもおおむねウォルターに同意しているような雰囲気であり、この年嵩の黒騎士は己の幸福と不幸を思った。
「今の俺は兵隊株だ、意識はともかく体は女王株の支配下にある。もしお前たちがそこより前に出て攻撃域に入ったなら、俺の体はお前たちを外敵とみなし襲うだろう。……お前たち相手に勝てはしないだろうが、それでも一人くらいは殺せるぞ」
「ヘルムート卿、ですが」
「なまじ俺の意識が残っているから希望を抱く」
 ヘルムートは溜め息まじりに己の服に手をかけ、上半身だけはだけると強化外骨格を露出させた。そして四人に背を向ける。ひゅ、と誰かが息を飲んだ。
 うなじから背筋に沿って隆起している黒曜石のような艶のある素材は強化外骨格と装着者とを接続するためのパーツであり、異質ではあるが問題はない。……問題なのはその周囲、パーツに阻まれ背骨に到達はしていないが強化外骨格の背面全体を這う蔦のような物体だ。血管のようにも見えるそれは強化外骨格の途切れている場所から皮膚下へ潜り込んでいた。
「意識が残っているのが奇跡的なだけであって、軽度はとっくに通り過ぎてるんだよ。本職の魔術師なら治療も可能だろうけど、ここまで連れてくることも出来ないだろ?」
 特に重要な地位にあるわけでもない騎士一人のために、既に戦死判定も出ている黒騎士のために、わざわざ魔術師を派遣する――当然護衛も必要になる――だなんて、許可が出るとは考えにくい。それは皆わかっている。黙って服を着直すヘルムートに誰もなにも言わなかったが、ふとウォルターが口を開く。その顔はヘルムートではなく、己の先輩へ向けられていた。
「先輩、どう思います」
「どうもこうも、詳しく調べてみないとわからん。どの程度深くまで根が張っているかはこの距離じゃわからないし、治療するにしてもやはり実際に触ってみないと」
 ジェラルドの言葉にヘルムートは顔をしかめた。髪をぐしゃぐしゃと掻く仕草は少し苛立っているようにも見える。
「俺の話聞いてたか? もう手遅れだって」
「チェルハ卿はちょっと黙ってて下さい。フェニング卿」
「……何だ」
 何かを考え込んでいる様子だったディミトリエは、不意に呼ばれて顔を上げた。ウォルターが真剣な眼差しでそちらを見ている。
「今回の隊長は貴方ですよね。どう思われますか」
「どうとは」
「チェルハ卿の処遇についてです」
 ディミトリエは緩く瞬きをしてからヘルムートを見た。彼との付き合いは十年どころではない。部署こそ違えど互いの気質は把握しているし、情もある。……ディミトリエは彼の遺書を結局読めずじまいであった。
「奴の判断は信用出来る。大抵のことにおいては間違わないし、最善が無理でも次善の結果は出してくる男だ」
 ヘルムートがほっとしたように肩の力を抜き、ウォルターが少し表情を険しくしたが、ディミトリエは気にした風もなく淡々と言葉を続ける。
「……ただ、『自分の命だけが担保になっている場合』の判断力には疑問が残るな。奴は自分の命を簡単にチップにしてベットする。今のところはそれで生きて戻ってきているから問題が無いだけで、理想としては奴の命は奴自身に判断させるより他人が判断した方がいい。つまり、」
 一度言葉を切ったディミトリエは、その煙水晶のような紫色の目でヘルムートの目を見た。ヘルムートは一瞬それと睨み合ったが、すぐにどこか気まずげに目を泳がせ視線をやや下へ向けた。
「貴様の処遇については我輩が決める。ヘルムート・チェルハ、そもそも貴様は現在『戦死』扱いだ、作戦に対する提案権は無い」
 ウォルターが満足そうに笑みを浮かべたのをよそに、ヘルムートは大きな溜め息を吐いた。こめかみのあたりを指で押さえる。
「……それで? 俺をどう処理するつもりなんだ」
「まずは生かしたまま捕縛、状態を確認後方針を決める」
「俺を生け捕り?」
 きょとんとしたヘルムートは大袈裟に肩を竦め、頭を振った。
「やめろやめろ、確実に死人が出る。手足の一本くらい落とすつもりならまあわからないけど……そこまでしないだろ、お前たち」
「貴様は本当にどうしようもなく自信家だな」
「じゃなきゃ二十五年もこんなことやってない」
「その自信は今ここで折ってやる」
 ディミトリエは若者たちに頷いてみせる。各自足を前へ進め、ヘルムートが焦るような表情になる。一歩後ずさったその足首でも青い花が揺れていた。
「待て。それ以上近寄るな。待てったら……!」
 木の幹に大きくしるされた「近寄るな」の符号。それを彼らが通りすぎた瞬間、ヘルムートの顔が歪んだ。


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