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【オルナイ】死んだ騎士は走るか(5)

@sin_niya_b
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2019-09-16 21:47:24

5.

 地を蹴り飛び出したヘルムートは獣に似ていた。
 まずそれを迎え撃つことになったウォルターは、剣を抜こうとして躊躇した。相手は武器を持っていないどころかろくな防具もつけておらず、一太刀でも入れば致命傷になる可能性が高い。理性がある相手であればそれを警戒して防御に入りがちになって攻撃が鈍りもするが、今のヘルムートは魔物に体の操作権を奪われている状態である。防御体勢が取れるとは思えない。
「剣を抜け、ウォルター!」
 接敵する直前にヘルムートがそう叫んだが、ウォルターはその言葉には従わず素手でヘルムートと打ち合いに持ち込んだ。
 ――以前やりあったときとは、違う。
 ヘルムートの動きはいつもの無駄のないそれではなく、過剰に攻撃的だった。が、高い身体能力に加えて――恐らく寄生による影響で――己の身をかえりみない体捌きはいつもとは違う種類の脅威であった。……中途半端に反撃をすると殺してしまう。
「ああもう! だから言ったんだ、『死人が出る』って! 俺を殺しそうでまともに攻撃出来ないんだろうが!?」
 容赦のない攻撃をくりだしながらもヘルムートの言葉は途切れない。いつの間にか背後に回り込んでいたサイモンの拳を回避し、腕を掴むとウォルターの方へと押しやる。
「サイモン、お前もか! 今のは首を落とせる位置取りだっただろう!」
「今回は落としてはいけないものですから」
 澄まし顔で言うサイモンは、現状を打破するために状況の把握に努めた。敵は一人、ヘルムート・チェルハ。ただし殺してはならず、出来れば重傷を負わせることも避けたい。味方は己を含めて四人、うち二人が直接前に出て戦える人員で、残りの二人は後衛である。後衛の二人のうち一人は直接敵とぶつけることは避けさせたい頭脳労働タイプで今は視界の外、もう一人はマスケットに火を入れるところだった。……マスケットに火を?
 ディミトリエが躊躇する様子もなく狙いをつけ、ヘルムート目掛けて発砲した。
 射撃を察知していたヘルムートがその場から飛び退いたため銃弾は地面を抉るだけにとどまったが、他の面々は驚きの表情を浮かべていた。……銃器は手加減が出来ない。撃ち出された弾は等しく破壊を与えるし、傷に残った弾は毒を生む。部位を外せば致命傷にこそならずに済むかもしれないが、後々引き摺る可能性は高い。
「フェニング卿……!?」
 驚いたような咎めるような声で呼びかけられてもディミトリエは表情を変えず、またマスケットへと弾込めを始めた。
「我輩たちが負傷するのと、貴様が負傷するの、お前がどちらを望むかは聞くまでもないだろうヘルムート?」
 一旦距離を取って動きを止めていたヘルムートが、その言葉に一瞬きょとんとしてから破顔する。
「はは、俺に決まってるだろ、よぉく俺のことを理解してくれてて助かるよ!」
「威力は絞っておいてやる、悪運が強ければ後遺症も残るまいよ」
「それには自信がある。……けど、ああ、次はそっちか……!」
 ヘルムートの足がディミトリエの方へ向く。そちらへ距離を詰めようとしたところで割って入ったウォルターがヘルムートに一撃入れ、ぐらりと体が傾いだところへ更に力任せに足払いを入れて地面へと組み敷こうとする。
「フェニング卿、ここは若手に任せてちょおっと待ってて頂けますかね……ッ」
 単純な力比べであればウォルターに分がある。じりじりとヘルムートを押し切ろうとするウォルターが、一気に力を入れて相手の背を地面に付けようとしたそのとき、薄くヘルムートの口が開いた。
「!」
 がちん。先ほどまでウォルターの喉があった場所を伸び上がったヘルムートの口が噛む。上体を起こしてしまったウォルターにヘルムートは手を伸ばそうとしたが、その首に背後から腕が回される。サイモンだ。そのまま締め上げられそうになった腕と首との隙間になんとか手を入れ引き剥がそうともがくヘルムートへ掴みかかろうとしたウォルターだったが、勢いをつけて持ち上げられた両足で胸を蹴飛ばされる。その反動でサイモンも僅かに足元が乱れ、拘束が緩みかけるがまだ離さない。
 三人による攻防は永遠に続くかと思われたが、不意にヘルムートがぴくりと体を震わせると目の前の二人ではなく、別の場所へ向かおうと身をよじった。……その隙を見逃すわけがなく、ヘルムートの腕が背中側へ捻り上げられ地面へとうつ伏せに突き倒された。サイモンが拘束用の特別なベルトで手早くその体を拘束していく。
「ジェラルド……はは、お前、そうきたか」
「やあ、やはりこちらでしたか」
 ヘルムートの視線の先で、ジェラルドが笑った。戦闘が行われている場所を大きく迂回するように歩いて、東の方角に向かおうとしている。
「女王株に近寄ろうとしている不埒者を優先して攻撃しないといけませんからね、兵隊株は」
 両腕と両足を拘束されながらヘルムートはおかしげに笑う。マリオンアイヴィーには知能はあるが高くはない。そもそも本能的に外敵を攻撃しているだけであって、戦略など組み立てられよう筈もない。「今相手しているものを先に倒してからあちらを追いかけよう」という判断が出来ず、女王株がある区画へ向かおうとしているジェラルドに反応してしまったのだ。
「サイモン、もう少しきつく縛れ」
「筋を痛めますよ」
「万が一抜け出せたらどうする。何時間も縛るようなら緩めればいい」
 拘束されてはいるものの、ヘルムートの手足は時折ぴくりと動いているし、暴れようとしている。サイモンは溜め息を吐くと拘束を強めた。
「フェニング卿、終わりました」
「ふむ」
 火を消したディミトリエはマスケットを下ろし、東の茂みを覗き込んでいたジェラルドは一旦戻ってくる。ディミトリエが目配せをすると、ジェラルドはしゃがみ込んでヘルムートの体に触れた。皮膚を押し込んでその下にあるものを探ったり、マナの巡りを調べたりしているうちにその表情が少し曇る。
「……先輩?」
「ジェラルド」
 呼ばれて顔を上げたジェラルドは、深刻そうな顔をしていた。
「……チェルハ卿の言っていた通り、初期段階は過ぎていますね。全身に回りかけているのを強化外骨格で押しとどめているだけで、かなり深くまで根が張っているようです。初期段階ならこのまま連れ帰って治療術士に見せるという手もあったが……これじゃあ女王株から引き離せないな」
「ここで治せないんですか? こう……本体を倒すとかで」
「無理だ。ジェラルド、お前見ただろ?」
 断言したヘルムートに、ジェラルドが軽く頷く。それから東の方向を見た。
「さっき女王株を確認しましたが、かなりの規模でした。あれはこの森の主でしょう。下手に処分するとマナが一気に解放されてこの森が死ぬ」
「人間一人のために森を殺すことは出来ない。この森に生かされている人間だって大勢いるんだ。……だからもう俺のことは置いて行け。攻撃域に人を近付かせないようにすれば被害は出ないし、そのうち俺も寄生に耐えきれず死ぬだろ」
 その場に沈黙が流れた。ウォルターがどこか苛立たしげに口を開く。
「帰るつもりはないということですか。このまま諦めて、ここに骨を埋めると」
 その問いにヘルムートは答えず、少し困ったように眉を下げた。ジェラルドは深刻な様子で何かを考え込んでおり、ディミトリエはただ黙ってヘルムートを見ていた。その紫がかった瞳を、ヘルムートはけして見ようとはしなかった。……どこか怯えているようにも見えた。
「セリーヌ」
 不意に、サイモンが誰かの名を口にする。その場においては彼とヘルムートしか知らぬだろう名だ。
「ティモア、ヘンドリック、ジャクリーン」
 ゆっくりと視線を上げたヘルムートを、アイスブルーの目が見ている。落ち着いた声は彼を追い込むようでいて、どこか切実な響きもあった。
「あなたの葬儀で泣いた後輩の名です。葬儀以外のものも含めると恐らくもっと増える」
 サイモンは一度目を伏せ、それからしゃがみ込んでヘルムートの顔を覗き込んだ。本意を探るような目だ。聡明で、落ち着いた、けれども確かな情のある目だ。
「彼らを見捨てるんですか」
 ヘルムートが僅かに表情を歪める。苦しげに、あるいは泣くのを我慢しているように唇が震えた。しかし彼はなにも答えず僅かに頭を振ると、目を伏せる。……サイモンは大きく溜め息を吐いた。
「ヘルムート卿、俺の目を見て答えて下さい」
 答えはない。
「あなたが本当に帰りたくない、ここで人知れず死にたいというなら、俺が今ここで介錯して差し上げますよ。でも違うでしょう。……俺たちの家に、帰りたくはないんですか」
 ヘルムートはぐっと強く目を閉じた。少ししてから瞼を持ち上げ、そして、消え入るような声で呟く。
「……帰りたい……」
 その言葉を聞いたサイモンは他の面々を見上げ、軽く頷いてみせる。彼らもまた頷いた。そこでようやくジェラルドがゆっくりと口を開いた。
「チェルハ卿にやる気があるなら……方法は、なくはない」
 三対の目がジェラルドを見る。小さく咳払いをしたジェラルドは、腕組みをして軽く爪先で地面を叩きながら、少し迷うように言葉を続けた。気が向かない、あまり好ましくない、といった様子が如実にあらわれている。
「……チェルハ卿の体内に張っている根をすべて焼き切るんだ。幸いチェルハ卿は火属性だから他の属性よりは耐性があるし、ここには火属性の魔法を高い精度で扱える人間がいる」
 探るようにディミトリエを見やるジェラルドに、ディミトリエは特になにも言わず眉を上げた。
「焼き切る? え、体内に灰とかが残っちゃうんじゃないですか」
「マリオンアイヴィーは見た目こそ植物だが、性質としては精霊に近い。活動を停止すると直接マナに分解されて大気中に拡散するから、体内に異物が残ることはない筈だ」
 後輩の疑問に答えたジェラルドは、その後、言葉を濁しながら続ける。
「……ただまあ、死んだ方がいいと思うくらい、苦しむだろうな。体内の組織にがっちり絡み付いている筈だから、根だけを焼くにしたってどうしても多少は周囲の組織も傷つく。焼きごてを突き刺されるどころか、体の奥深くで捏ね回すようなものだ」
 ウォルターとサイモンが想像してしまったのか身震いし、ヘルムートはなんともいえない表情で沈黙していたが、ディミトリエは特に表情を変えないまま何やら服を探りながらヘルムートの傍らへしゃがみ込んだ。
「ヘルムート、これを噛んでいろ」
 そして隠しから取り出したハンカチを折り畳んでヘルムートの口元に差し出す。それを見てジェラルドは目を瞠った。
「フェニング卿? 失礼ですがその、」
「聞いていたとも。この男は痛みに耐えるのが得意だ、耐えさせるしかあるまい。他に方法はないのだろう?」
「ですが」
 ちらとヘルムートを見やるジェラルド。ヘルムートは眉を下げたままハンカチとディミトリエとジェラルドを見比べていたが、諦めとも決意ともつかない様子で口を開いた。
「やるさ。帰りたいって言っちゃったからなあ」
「……わかりました。ではフェニング卿、あなたにお願い出来ますか。私も火の魔法は扱えますが、あなたには敵いません」
「ああ」
 ジェラルドの説明を受けるディミトリエを見上げていたヘルムートは、ウォルターとサイモンの方へと視線を移動させた。目が合ったウォルターはぱちくりと瞬きをしてから肩を竦め、次に目が合ったサイモンは気遣うような眼差しをしていた。ヘルムートの唇が僅かに綻ぶ。……これだけ盛大に迷惑をかけておいて今さらではあるが、心配しなくていい、俺はちゃんと帰るとも。
 説明が終わったらしく、うつ伏せに転がされていたヘルムートの体が仰向けにされる。その傍らにディミトリエが座って右手を握り、他の面々が暴れられないように体を押さえつける。口にはハンカチが噛ませられ、拳を握り締め爪が手のひらを傷付けないように布を手に巻かれる。
「……やるぞ」
 ディミトリエの言葉に、ヘルムートが僅かに頷く。ディミトリエが意識を集中して周囲のマナを手繰り、そして、ヘルムートの体内へ流し込んだ。
「ん、う゛――――ッ!?」
 大きくその体が跳ねる。ウォルターですら撥ね除けられそうになるほどの力で暴れようとするヘルムートを全員で押さえ込み、その体内の根をディミトリエがひとつひとつ焼いてゆく。血管の一本一本に毒を流し込まれるような、内臓を選り分けるような、全身を蹂躙されぐちゃぐちゃにかき混ぜられるような感覚。見開かれた目から涙が溢れ、体の末端は痙攣している。呼吸をするのも必死といった様子だ。葡萄酒に似た色の目がほとんど絶望のような色を浮かべている。
「もう少しだ、ヘルムート、耐えろ」
 低く言い聞かせながら術式――と呼ぶのもおかしなくらい力技だが――を続けるディミトリエ。ヘルムートのあまりの苦しみぶりに他の面々も表情を強張らせており、体を押さえつける手は震えている。そのうち叫びも聞こえなくなり、息も絶え絶えに体を痙攣させるだけになった彼に治療が続行され、しばらくして、完了した。
 朦朧とした様子のヘルムートに今のところ異常はない。何度か呼びかけると涙に濡れた目が三人を見上げ、そしてふっと意識を手放した。
「……もう根の気配は無い、連れ帰って大丈夫だろう」
「じゃあ俺とサイモンくんで交代な」
 念のため拘束したままのヘルムートを担ぎ上げ、その重みに眉を寄せるウォルター。滑り落ちないようにサイモンが隣につく。精密なマナ操作による疲労で痺れる指先を擦り合わせながらディミトリエがその後に続き、最後にジェラルドが一度東の茂みを見てから歩き出した。
 ……こうしてとある作戦報告書に記されていた一人の黒騎士の情報が、「行方不明」から「戦死」、そして「帰還」へと書き換えられることとなった。


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