「……これ、どうやって着るんだろう?」
東雲さんのコックコート着て「意外とでかい」ってなるPさんとそれみてにやにやする東雲さんのお話です。
@toasdm
アイドルとしての荘一郎の他に、彼女は二つの荘一郎の顔を知っていた。ひとつは彼女の恋人として、一緒に暮らしている二十一歳の青年としての荘一郎と、もうひとつは、世界一おいしい洋菓子を追い求めるパティシエとしての荘一郎だ。三つの顔を使い分ける荘一郎と一緒にいるようになって随分経つが、知れば知るほど、荘一郎という男について、彼女はよくわからなくなってしまっていた。
例えば年齢。二十一歳にしては、普段の荘一郎は随分と大人びているというか、落ち着いているというか、浮ついたところの少ない男であるように見受けられた。それでも、好奇心や夜の荘一郎、たまに見せる茶目っ気のあるところや感性などは、年相応かそれより少し幼くも見えることもあった。玉虫色というほどでもないが、荘一郎のみせる表情は彼女を今も惹き付けてやまない。
それと、末成りの瓢箪を軽く鍛えたような、繊細で儚い、凛とした透明感のある印象とは裏腹にしっかりと整っている体躯にも驚かされる。ある種のギャップというか、意外性というか、そういった面でも荘一郎は、彼女を惹き付けてやまなかった。
だから、これはいたって普通の、自然の流れだったのかもしれない。
「♪~」
洗濯物を畳みながら、鼻歌など歌っていた彼女の興味を惹きつけた、その純白のコックコートに興味をそそられてしまったというのは、いたって普通の、仕方のない、自然の流れだといえた。
「……これ、どうやって着るんだろう?」
ダブルになった前立てを留めているボタンは、よくみるとプラスチックや木などの素材ではなく、布製のものだった。そういう構造なのかー、となんとなく眺めて、彼女はおもむろに、ボタンをはずしてそれを羽織った。
「お」
素材はしっかりしているが柔らかく、袖通しもよい。スタンドカラーの襟は窮屈な感じはしなかったし、どことなく、背筋がシャンとするような気すらした。これ似合ってるのかな、と気になって、彼女はとてとてと、姿見の前に躍り出た。
「うわ……肩幅広い……」
すとんと肩が落ちるような素材ではなかったせいで、鏡の中の彼女は随分と、肩の辺りがもたついて不恰好に見えた。首元に余裕はあったが、白く細いイメージの強かった荘一郎の男性らしいたくましさのようなものを感じて、彼女の胸が少し高鳴る。
「けど……あはは、やっぱり胸は少しきついかも」
鏡の中で右も左もくるくると回って確かめてみたが、あまった袖口、ギリギリミニ丈のシャツワンピースになりそうな裾、窮屈な胸元は横から見ると、パンと張っていてゆとりがなかった。
「ふふ、でもやっぱ荘一郎さんは男らし――」
「何してはるんです?」
「ひっ」
姿見の前で角度を変えていた彼女の背後から、出し抜けに声が響く。びく、と硬直して姿見の端に目線をやれば、ニヤニヤと、荘一郎がちょうど部屋のドアを閉めて部屋に入ってきたところだったようだ。
「似合いませんね」
「いや、あの」
「大きさ、合わないでしょう」
近づいてきた荘一郎の手が、する、と鏡の中の、彼女の胸元に後ろから伸びてくる。
「ここ、きちんと留めてください」
襟元から胸元まで、ボタンをきちんと留めて荘一郎は鏡の中の彼女を覗き込む。
「ブカブカですね」
「そ、です、ね」
ぎこちなく笑う彼女は完全に、気まずさで固まってしまっている。勝手に着ちゃってごめんなさい、とか細く鳴けば、荘一郎は少し考えるような素振りを見せて、にんまりと笑った。
「自分の服着てる恋人ってのは、こんなに興奮するもんだとは思ってなかったですよ」
「はいっ!?」
「似合ってへんけど」
サイズの合わないコックコートを着た気まずそうな彼女を意味深な目で見つめる、なんともいえない荘一郎の表情を、彼女はこのとき初めて見た気がする。
「脱がないんです?」
「え、っと……あっち、いっててくれたら、そのうち」
「……なら、はよ脱いでくださいね」
それは、自分の服を早く返せという意味合いではなく、照れと興奮とか混ざり合ったこの複雑な状況から逃げ出したいという意味合いにも聞こえた。
バタン、と閉まったドアの向こう、もしかしたら荘一郎は、彼女の知らない四つ目の顔をしていたのかもしれない。