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都ちゃんの作品「軍を引くと言う星宿様に嘆願する話 another side 2」の三次創作

全体公開 1 9 4102文字
2019-09-18 01:09:20

都ちゃんの作品(https://privatter.net/p/4983707)の一部分の三次創作です。
倒れた張宿を軫宿に託してから、翼宿が部屋にくるまでのところ。井宿があまりに辛そうなのでなんとかしてあげたくなって。本流から支流に入り、また本流に戻ります。都ちゃんご快諾ありがとうございました!

Posted by @satomi8429

「よく頑張ったな。あとは任せておけ」
 張宿を連れ部屋に戻った井宿から、ぐったりと背負われた張宿を引き受ける。呼吸は早く顔色は悪いが、目は開いている。会話もできる。最悪の状態では、ない。
 一方、張宿を受け渡した井宿を見やると、手を離した後も心配そうな様子で張宿から視線を外さない。こっちも大丈夫か。と思ったが、ひとまず黙っておくことにする。
「ひどい汗だな。井宿、そこの着物を取ってくれるか」
 張宿の脱衣を手伝いながら、視線は向けずに依頼する。
「井宿?」返事がないので振り向くと、思いつめた目つきで心ここに在らずといった顔の井宿と目が合った。「すまないのだ、これなのだ?」と一拍遅れて返事が返る。
 一人で抱え込むやつがここにもいたな。
 胸中で嘆息しながら、汗を拭って用意していた着物を張宿に着せる。寝台に寝かせると、促迫だった呼吸がいくぶんか落ち着いた。
……軫宿さん、井宿さん。すみません、こんな時に。僕は大丈夫ですから、あの……早く、星宿様を」
 身体が少し落ち着いたかと思えばすぐにこの発言だ。まったく。
「張宿、ひとつだけ質問するから正直に答えろ。『大丈夫』は禁止だ。いいな」
「?……はい」
「今一番つらい症状はなんだ」
……
「正直に」
一瞬の迷った顔に、あえて圧をかけ畳み掛ける。張宿はどうしようかと逡巡したようだったが、ついに観念した顔で呟いた。
……すごく、気持ちが悪い……です」
「吐きそうか?」
「そういう感じでは、ない、です」
考え考えといった様子で張宿が答える。
「わかった。少し待っていろ」
 枕を外し、足の下に丸めた布団を押し込んで下肢を上げる。これで少しはいいだろう。
 張宿には目を閉じているようにと言い、井宿についてくるよう合図して部屋を出た。

* * *

 隣室の扉を閉めると軫宿が言った。
「張宿が心配か」
 心配か。それは心配だ。でも……
 井宿が考え込んでいると軫宿が重ねて言った。
「それとも、『不甲斐ない自分』か」
 はっとした。
 単刀直入な軫宿の言葉に、後頭部を殴られたような気がした。
……両方、なのだ」
 口に出した瞬間涙まで一緒に出そうになる。軫宿とふたりの空間だからなのだろうか。きっとすごく、心が弱くなっている。
 儀式の間から漏れ聞こえた張宿の叫びが耳の底にまだ響いて消えない。声が大きいとは言えない張宿の必死の嘆願が、壁を隔てた庭まで聞こえていた。
 張宿はまだほんの子供なのに。能力がないことも、重症なこともわかっていたのに。
 自分はいい大人のくせに、背負わすべきでない重荷を背負わせて。
 その結果がこれだ。
「そうか。……まあ、気持ちはわかる」
 だがな。と軫宿の低い声が続ける。
「分かち合うのが仲間だ。俺もいる。みんながいる。ここにいるのは、お前だけじゃない」
 俯いていると、ほれ、と言って差し出されたのは、調合したばかりの薬だった。新鮮な、しかし毒草のようなえもいわれぬ濃い臭いが部屋に広がる。
「心配のほうは、手を動かせば少しよくなるはずだ」
 手を添えて渡された椀になみなみと注がれた暗赤色の液体は見覚えがあった。嫌な記憶が蘇る。
「これは……
軫宿の目を見ると、彼はごく真面目な顔で断言した。
「薬だ。だいぶ不味い」
 それはこの舌が知っている。そして軫宿の形容がとてつもなく柔らかい表現だということも。
「だが効く。悪いが飲むのを手伝ってやってくれ」
 俺はもうひとつ調合してから行くから。
 そう言い置いて作業を再開した軫宿の背に、井宿は閉口した。
(気持ちが悪いと言っている人間にこれを飲ますのか……
 しかし、課題の大きさにおののいている場合ではない。張宿の回復のためだ。服薬の伴走をしてやることが、今の自分がしてやれることなのだ。
 そう言い聞かせ、井宿は張宿の待つ部屋の扉を開けた。

* * *

 言われるままに閉眼すると、ぐるぐると目の回る感覚が少し遠のいた。
 着替えさせてもらい、横にならせてもらった先刻を思い出す。十三にもなって、と恥ずかしく申し訳なかったが、星宿様の御前であんなに動けていたのが嘘のように、身体がほとんど動かなかった。息をするだけで精一杯で、指一本さえも鉛のように重い。胸から喉への不快感に身じろぎしたいが、それもかなわない。

「そなたたちと戦えることを誇りに思う」
「そなたは、息災で」
 そう言った星宿様の静かな笑顔。
(そんなの、今わの際に言うことじゃないか)
 自分の言葉が届かなかった無念さより、突き付けられた絶望がわしわしと胸を掴んだ。
 あの時。
 周囲は水を打ったように静まり返っていた。自分の言葉は、誰かの心には届いただろうか。重鎮のうち一人でも、星宿様に働き掛けてはくれないだろうか。
 あの場でなんとかならないかと思っていた自分の甘さに、張宿は改めて唇を噛んだ。星宿様自ら中止を決定してほしかったが、それが無理ならもう強引にやるしか手はない。だが、どうやって。どうするのが最善だろう。
 考えなくては。研ぎ澄ませ。何かあるはずだ。何か方法が……
 考えねばと焦れば焦るほど、気持ちの悪さが思考を邪魔する。不快感から逃れたい一心でなんとか首を横に向けると、控えめに扉が鳴った。

 重い瞼をこじ開けると、井宿が傍に立っていた。
「張宿、具合はどうなのだ?」
 困ったような顔のまま、傍の椅子に腰かける。
……なんて、そんなにすぐには変わらないのだ」
 まだ少し回る視界の中で、答えを待たずに苦笑いする井宿の眉はハの字型だ。迷惑をかけている、と改めて申し訳なくなる。

 井宿は軫宿に言われて薬を持ってきたのだという。
 足の下の布団を抜き取ってもらい、背を支えられながら起き上がると、差し出されたものは椀いっぱいに入った赤黒い液体だった。予想を大きく裏切る薬の見た目に言葉が出ない。
「これ……
「やっぱり、びっくりするのだ」
 井宿が手を添えて持たせてくれたので、なんとか口の高さまで持ち上げる。目まで眇めたくなるような濃厚な臭いが鼻を突き、吐き気が襲った。かろうじて持ちこたえたが、あまりの酷さに涙がにじむ。
「飲む、んですか、これ」
 鼻で息を吸わないように気を付けながら、ごくりと唾をのむ。
「オイラも以前軫宿に飲まされたことがあるのだ」
……どんな味なんでしょうか」
……なんとも言い難い味なのだ。ただ言えるのは、ものすごく、不味い」
 区切りながら言う井宿の言葉には、嫌な重みがぶら下がっている。
「が……頑張ります」
 決心して口に近づけてみるが、不用意に鼻で息を吸ってしまって張宿は盛大にむせた。
 井宿がそばにあった水差しと茶碗を持ってきて言った。
「一度水を飲んでからにするのだ。それから、飲み終えたあとに、間髪入れずに一気に水をのむのだ。」

 その後の数十分、張宿と井宿は奮闘した。
 一口飲んでは水を飲み、また息を止めて流し込んでは、涙目になって水を飲む。
 臭いに吐き気を催し、えづきそうになるたびに「ゆっくりでいいのだ」と背をさすり、
 手が止まるたびに「張宿、偉いのだ。もうひと頑張りなのだ」と励まし、
 飲み込めた時は「こんなに飲めたのだ。張宿頑張ったのだ」と褒めてくれる井宿がありがたかった。
 そうして最後の一口を飲み終わった時、軫宿が何かを手のひらに乗せて部屋に入ってきた。

「軫宿、見るのだ!張宿はよく飲み切ったのだ!」
 井宿が言い、張宿もふにゃりと笑った。服薬だけでだいぶ体力を持っていかれた気がする。
「よく頑張ったな、張宿。ごほうびだ。甘いぞ」
 軫宿が薬杯と引き換えに手渡したのは、小麦色の砂糖菓子だった。舌にのせて上顎で押すと、かしゃっと潰れて強い甘みが口中に広がる。生き返った心地がした。
 目を閉じて味わっていると、なんだか頭がくらくらしてきた。こころなしか顔が熱い。しかし、おいしい。
 軫宿がさらに薬包を手に乗せた。
「これは苦くないから大丈夫だ。これを飲んだら少し眠りなさい」
 もう完全に小さな子供の扱いだ、と思いつつ、しかし精も根も使い果たして抗いようがない張宿は、言われるままに頷いた。
 舌に薬を乗せ、水と一緒に喉に流し込む。
 あれ、と思う間もなく全身がぬるい暗闇に包まれた。
 首すじは寒いのに、体の内側が燃えるように熱い。
 目を開いているはずなのに、何も見えない。
 飲めたか?という声が、遠くで聞こえた。
 僕は、飲み込ん、だ、 と   思

* * *

「ち……張宿!?どうしたのだ?大丈夫なのだ!?」
 薬を飲むなり脱力し、支えていた井宿に全身を預けて閉眼した張宿に井宿が叫んだ。慌てる井宿と対照的に張宿は微動だにしない。
「軫宿!?」
 振り仰ぐ井宿に構わず、張宿を横たえ額に手を当てる。だいぶん熱い。
……熱が出て来たな」
「な、何を飲ませたのだ!?まさか薬を間違」
「そんなわけあるか」
 足を先ほどと同様に挙上し、掛け布を整えてから井宿と向き合う。
「熱が出るのは想定内、今飲ませたのは鎮静薬だ。これのせいで悪化することはないから安心しろ」
「鎮静薬……
「意識があるとあれこれ考えてせわしいようだったからな。回復の妨げにならんよう、眠ってもらった」
 そう言うと、井宿は少し安心したようだった。やわらかい溜息が部屋に落ちる。
「どうだ。手を動かして、少しは落ち着いたか」
 軫宿は問いかけたが、再び硬い表情になった井宿から返事はない。
 仕方ないか。
 そう胸の中で呟く。
 思いつめる傾向の人間に、即効性の薬はない。少しずつなんとかしていくしかないのだ。
 軫宿は少し考えてから、井宿に手拭いを手渡した。
「お前が、そばにいてやれ」
 片付けてくる、と声をかけて部屋を出る。
 今はまだ、もう少し時間が必要なようだ。


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