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【オルナイ】死んだ騎士は走るか(6)

新矢 晋@企画用
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2019-09-22 20:56:19


6.

 帰還した後すぐに治療術士に見せられたヘルムートは、焼け爛れた体内の再治療などでベッドでの生活を余儀なくされた。起き上がれるようになってからもしばらくは任務には出されず、車椅子で――ある程度回復してからは松葉杖で――騎士団内を移動する姿が目撃された。
 ……騎士団へと戻ってきたその日、病室へ顔を出した後輩や同僚の騎士たちから口々に「おかえりなさい」と声をかけられたヘルムートはそのたび嬉しそうな様子を見せたが、同時にどこか困惑しているようにも見えた。付き添っていたサイモンを所在無げに見上げても相手は澄まし顔で、心配をかけたのだから自業自得だとでも言うかのようだった。
 顛末を報告したディミトリエがどのようなことを言ったのかは定かではないが、五人には休暇の許可が出された。四人にとってはそこまで必要ではないかもしれないが、少なくともヘルムートにとっては必要であった。一月ほどの休暇を申請したヘルムートは、安静にしつつも軽いストレッチなどは欠かさず、中々手をつけられずにいた学術書などを読み崩すなどしていた。


 その休暇中のことである。自室の整理をしていたヘルムートは、不意に慌てた様子でなにかを探し始めた。机の下から引っ張り出した箱を開け、その中が空であることを確認してさっと顔色を変える。
 ……遺書がない。
 ヘルムートは松葉杖を掴むと急いで部屋を飛び出した。不自由な体ながら寮の廊下を移動し、とある後輩の部屋へ向かい、乱暴に扉を叩く。
「サイモン!」
「どうされました」
 ノックもそこそこに部屋の扉を開けたヘルムートに、部屋の主であるサイモンは怪訝そうに柳眉を寄せた。
「お前、俺の……俺の遺書、持ってるか」
「……ああ、はい」
 本のページをめくる手を止めるとサイモンは立ち上がり、机の一番上の引き出しから封筒を取り出してヘルムートへと差し出す。その封が破られていないのを確認し、ヘルムートは安堵したような様子で己の後輩を見上げた。
「読んでないな」
「ええ。……全て回収するつもりですか?」
 サイモンの問いに、ヘルムートは苦笑する。
「……全部配っちゃったんだろ?」
「まあ、はい。お手伝いしましょうか」
 こめかみを指で押さえながら思案したヘルムートは、ゆるく頭を振った。
「いや……これは俺がしないといけないことだ。どうしても無理そうだったら頼むかもしれん」
 そうですか、と相槌を打ったサイモンはヘルムートの顔を少しだけ眺め、それから小さく笑った。
「あの状況から生還したんです、少しくらいの苦労は仕方ないでしょう。頑張って下さい」
「あんまり応援されてる気がしないぞ」
「まさか! 心の底から応援してますよ」
 半眼でサイモンを見ていたヘルムートは、ふ、と息を吐いてから笑う。それから松葉杖を動かし、体の向きを変えながら続けた台詞はどんな表情で言っているのかサイモンからは見えなかった。
「まあ、お前たちにまた会えた幸運を考えれば、このくらいの不幸は妥当かね。『ただいま』が言える幸福だけが俺を正気に繋ぎ止めるんだから、まったく、どうしようもないな……」
 僅かに目を細めたサイモンが声をかけるかどうするか判断しかねている間に、ヘルムートは扉をくぐって部屋から去っていった。
 ……普段であれば寮の中などすぐに回りきれるが、松葉杖をつきながらではそうはいかない。特に階段などは慎重に上り下りせねばならず、ヘルムートは踊り場で一度足を止めた。
「チェルハ卿!!!!!!」
 そのとき、周囲に響き渡るような大声で呼びかけられて階下を見たヘルムートは、ずんずんと階段を上って近付いてくる男の姿を見て怪訝そうに眉を寄せたが、その手に握られているものに気付くと参ったなとでも言いたげな表情になった。
「どうしたウォルター、お前から声をかけてくるなんて珍しいな」
 あくまで軽い調子で会話を始めようとしたヘルムートは、目の前に突き出されたものを見て溜め息を吐く。封の破られた封筒。見慣れた字で書かれた宛名。
「あのですねえ、こういうことされるとすっごく感情の持って行き場がないんですよね! 本人が死んでたら殴ることも出来ないじゃないですか!?」
「遺書なんて言い逃げするのを前提として書くもんだからなあ……何にせよ俺はこうして生きてるわけだからそれの内容についてはコメントしないぞ」
 ほら返せ、と封筒を奪い取り懐に入れるヘルムートをウォルターは憤懣やるかたない様子で見ていたが、松葉杖を使っているような病み上がりの人間に掴みかかることも出来ないため苛立たしげに腕を組むにとどめていた。
「あれはどういうつもり、」
「コメントしないって言っただろ。他の遺書も回収しないといけないから俺は忙しいんだ、また今度な」
 慎重に一段一段階段を下って立ち去るヘルムートを、結局ウォルターは大人しく見送った。
 一方のヘルムートは寮から出ようとしたところで目当ての人物のひとりと出くわし、ぱちくりと瞬きをしてから笑みを浮かべた。
「ジェラルド、ちょうどよかった。……お前にも俺の遺書が届いてるだろ、返してくれ」
 事情を説明するとジェラルドはヘルムートを連れて自室へと向かい、本と本の間から封筒を取り出した。封は切られていないし、皺ひとつ寄っていない。
「中身は……」
「ご覧の通り開けていません」
 ジェラルドはわざとらしく肩を竦める。
「卿が死んだなどとどうにも信じがたかったもので。ウォルターのやつもそうだったんじゃないですか?」
「あいつは開けてたよ、まあ、俺が帰ったらネタにでもするつもりだったんだろうが」
「ほう」
 ぱちぱちと瞬きをしたジェラルドは面白そうに口角を上げ、差し出しかけていた封筒をひらりと振ってみせた。
「では私も読んでおいた方が良かったでしょうかね」
「やめとけやめとけ、生きてる人間の遺書なんて読んだって何の役にも立たん」
 ひょいと封筒を奪い取り――ジェラルドはまったく抵抗しなかった――しまいこんでから、ヘルムートはふと真面目な顔でジェラルドを見た。
「お前は諦めると思ってた。あそこまで寄生が進んだ人間を、あんな無茶な方法で連れ帰ろうとするなんてな」
「これでも私は諦めが悪いんですよ、チェルハ卿」
 目を細めてそう言ったジェラルドに、ヘルムートはなにかに思い至ったような顔をした。
「ああ、なるほど。あいつの諦めの悪さはお前譲りか」
「さて、誰の話ですかね」
 ジェラルドはそしらぬ顔で言い放ち、ヘルムートはそれを見て愉快そうに笑った。それから軽く頭を掻く。
「時間取らせたな。じゃあまた今度、久し振りにチェスでも」
 松葉杖を動かして方向転換し部屋を出ようとするヘルムートの前に回って開けた扉を押さえ、軽く会釈をして見送るジェラルドの動きは実にそつがなかった。
 ……そうして一通り遺書を回収して戻ってきたヘルムートは、どこか気が進まない様子でとある部屋の扉をノックした。
「デミトリ、いるか」
「ああ」
 扉を開けたヘルムートは部屋の主を見てどこか気まずげに目を泳がせた後、片手を差し出す。
「お前にも届いてるよな、返してくれ。……俺の遺書」
「……そういえばそんなものもあったな」
 チェス・プロブレムをしていたらしいディミトリエは席を立つと机の引き出しから封筒を取り出し、ヘルムートへと差し出した。封は切られていない。ヘルムートはほっとした様子でそれを受け取った。
「読まなかったのか」
「貴様の目の前で読んでやろうと思ってな」
「悪趣味だぞ」
 小さく笑ったヘルムートは封筒をしまうと一瞬くちごもったが、結局いつもと変わらない調子で軽口を叩くことにしたらしい。
「今回は運が良かった。……ま、十年見届けないといけないしなあ」
「面倒をかけさせてくれるな、まったく」
「ごめんごめん」
 大きな溜め息を吐いたディミトリエはその霧がかる紫の目でヘルムートを見た。それからおもむろに手を伸ばして相手の額を小突く。
「あいた! ごめんって言ってるだろ!」
「精々休暇中は大人しくするんだな」
「はいはい」
「はいは一回」
「はーい」
 わざとらしく唇を尖らせてから破顔したヘルムートは、じゃあ俺戻るわと松葉杖を動かしたが、その背にディミトリエが声をかけた。
「ヘルムート」
「ん?」
「まだ言っていなかったな、……おかえり」
 一瞬沈黙したヘルムートは、振り返らずに片手だけ挙げた。
「ただいま」


 その後、ヘルムートは回収したものを寮の裏手で焼き捨てた。通りすがりの騎士に、なにを燃やしてるんですかと訊かれ、ラブレターだよと答えた。


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