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[薫P♀]スルー

全体公開 1765文字
2019-09-24 14:07:00

「桜庭さん、お誕生日おめでとうございます!!」

一番にお祝いしてほしい桜庭さんと一番にお祝いしたかったPさんのお話です。

Posted by @toasdm

 期待するだけ無駄だったか、と薫はため息混じりに壁掛け時計を見る。間もなく日付の変わる、てっぺんを指した短針を追いかける長針は五十五分を指していた。

 それは、薫が勝手に取り付けた約束未満のものだった。ありていに言うと、彼女に一番最初に誕生日を祝ってほしい、というささやかな野望のような、要望のような、そんなほのかな企みだった。だからこそ、残業で遅くまで残っている彼女の姿を見つけたときにするっと、薫は手伝おうと申し出た。
 担当アイドルにそんなことさせられませんよ、と言う彼女を半ば論理でねじ伏せて、どうせ君は遅くまで残る以外に見つからないんだろう、書類の相手なら慣れている、と残業の手伝いを申し出た薫は彼女を労る気持ち半分、下心半分。しかし素直にそんなことを言う薫ではなかったから、彼女は当然、申し訳なさ百パーセントでその手伝いの申し出を受け入れた。
 それから、どのくらい時間が経っただろうか。最早誕生日だの祝いだの言っていられないような書類の山との格闘は、終わりが見えそうで見えない。期待した僕が愚かだったな、とため息をつきながら書類の束をファイリングして立ち上がり、薫はそれをキャビネットへと片付けた。
……ん?」
「う、わっ」
 それまでは、紙の擦れる音と嘆息と、彼女の独り言くらいしか響いていなかった事務所の空気をびりびりと振動させたのは、彼女のスマホのアラームだった。日付の変わる一分前、そろそろ帰る予定だったのだろうかとそれを横目に、薫はもう一つの書類の山へと取り掛かろうとした。
「もうこんな時間……
 君は、別に僕の誕生日なんて覚えていなかったんだろうな。
 期待していた分、落差で目の前が真っ暗になるような錯覚すらして薫は彼女の斜め向かいのデスクで落ち込む。そういえばそうだ、別に僕と君とは特別な間柄であるという取り決めもない、と落胆を書類にぶつけながら作業に没頭する薫の側に、彼女はてこてこと歩み寄ってきてその袖をくいくいと引いた。
「電話じゃなくても、大丈夫でした」
「何だ……?」
「ふふ」
 後ろ手に組みながら、ニコニコと揺れる彼女はちらりと時計を確認する。短針と、長針と、それから赤い秒針。それらがぴったりと重なった瞬間、薫の目の前に満面の笑みを浮かべた彼女とプレゼントがまるで手品のように急に現れた。
「なん……っ」
「桜庭さん、お誕生日おめでとうございます!!」
 期待していた通りのものが、急に目の前に出てくる驚きに、薫は思わず言葉を失う。何がいいのかいっぱい悩んだんですけど、と恥ずかしそうに、でも嬉しそうに、そんな、僕のために、君はそんな顔をするのか、とぐるぐる渦巻く感情をなんとか落ち着けて、薫は眼鏡をくいっと上げてぶっきらぼうに、ありがとう、とそれを受け取った。
「えへへ……一番にお祝いしたかったんです」
……わざわざ、アラームをかけて、か」
 スケジュール管理の手腕は薫も認める彼女だったが、彼女にそんな風に、特別に扱われているかもしれないという期待を持ってしまうような絶妙なアラームのタイミングに、薫は面食らって必要以上に仏頂面になる。
「あはは……そこはまあ、つっこまれると恥ずかしいからスルーしてくださいよ」
「ふん……
 スルー、されているのだと思っていた――そんな風に言う素直さは、薫にはあるようでなかった。期待して裏切られるのは御免だ、と気持ちを落ち着けた薫は、彼女の言うとおりそれをスルーしようかどうか逡巡する。
……一番に祝いたいのなら、もっと仕事を早く片付けるべきだったんじゃないのか」
「予定ではそのつもりだったんですよ……あ、でも」
 席に戻りながら彼女は、人差し指を口元に立てて茶目っ気たっぷりに笑う。
「他の人には内緒ですよ? 薫さんだけです、一番にお祝いしてるの」

 それは、期待しない方が難しい一言だった。

 僕を特別に思ってくれているのか、なぜ一番に祝ってくれようとしたのか、このプレゼントに込められた意味はどんなものなのか。
 薫は、そのスルーできない思いをいつ彼女に打ち明けようか、悶々と考えながら残務を片付け始めた。

 期待は無駄にならないのかもしれない、と壁掛け時計を見てみれば、長針は既に、誕生日を三分ほど過ぎていた。


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