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蜃気楼の器6

全体公開 1899文字
2019-09-25 02:53:49

カメラマン長谷部×古物店店主酸素 というパロだ


 長谷部京輔はカメラマンである。懇意にしてもらっている雑誌の連載企画の関係で、とある街に訪れている。そこは山々に囲まれた片田舎で――と言っても中途半端に利便性のある――都心から電車で二時間ほど揺られた場所にある。彼は一年前にもこの土地で撮影したことがあるが、今回は別の企画を用意されている。なんでも田舎の実態に関する特集をするとかなんとかで、自分の元にこの辺鄙な田舎の依頼が舞い込んできた。舞い込んできたというよりは押し付けられたに近く、中途半端なこの場所は、特徴がなさすぎて誰も書きたがらなかったみたいだ。
(人を便利屋みたいに扱いやがって……
心中で独りごちるが、そんな悪態で腹立たしさが収まるわけでもない。首からぶら下げたカメラといくつかの荷物を持って、自分が一週間ほど滞在する宿に向かった。
 車は少ないが活気はそこそこにあり、しかしやかましいということはなく、なんというか――のどかだ。相変わらず中途半端な場所だ、と長谷部は思った。撮影のために、午前は街を歩き回ってみる。ついでに以前の滞在での土地勘を取り戻すためだ。
 さて、この地形はいわゆる盆地である。季節は七月、時刻は正午を回っていて、真上の太陽は燦々と、いや爛々と、景気よく世界を照らしまくっていた。

「あつい……

そう漏らした声は誰にも聞こえるはずはなく、ゆらめく熱気とともにアスファルトへ吸い込まれていった。当たり前のように湿気は高く、汗を吸い込んだシャツが肌に貼り付いてこの上なく不快だ。そんな中、長谷部は民家も店もない街外れの歩道をとぼとぼ歩いている。木々だけがやたらと元気で、ぬるいを通り越して温かくなったスポーツドリンクは、ちゃぽちゃぽと音だけは涼しげに響いた。首にかけたカメラのストラップが鬱陶しい。しかし手に持つことも叶わず、腹の辺りで揺れるままにしている。

「にゃあ」

塀の上の木陰から声が転がってくる。落ち葉を踏みしめる音とともに現れたのは、薄汚れたサビ猫だった。猫は更にひと鳴きすると、長谷部に背を向けて彼の少し前を歩き始める。まるで着いて来いと言わんばかりの様子に、長谷部は素直に従った。
 程なくして、長谷部はそこへ辿り着く。鬱蒼とした木々の隙間に、まるで隠れるようにして木造の家が立っている。ガラス張りの戸は民家でないことを示しているが、看板も何も立っていないため、店であるともわからない。その前に、建物をぐるりとツタが囲っていて、相当に古く、人の手を離れてから時間が経っていることを示していた。長谷部がおそるおそるガラス戸から中を覗き見ると、中には棚らしきものが作り付けられてあるようだが、特に何も並んでいない。そのまま引き戸を開け放てば、積もった埃が勢いよく舞い散った。咳き込みつつ改めて中を窺っても、どう考えても人が出入りしてる場所ではなかった。放置されて5年以上は経過していそうだ。天井の隅には蜘蛛の巣が張り巡らされて、作り付けられた棚板も劣化してぼろぼろに崩れかけている。奥にひっそりと置かれた二つの丸椅子は、使われていないことを示すように、材料の木がささくれ立って、やはり埃が積もっている。
 長谷部は一番マシに思える会計机に荷物を置いて、ぶら下げたカメラで写真を撮った。何かを刻むように、あるいは、写真を通して自分の記憶をこの場所に刻みつけるように。気が済むまで撮り終えると、今度は荷物の中から花束を取り出して、丸椅子の上に乗せた。同じく取り出した桔梗柄の盃にペットボトルの水を満たすと、花束の上にすべて垂らした。儀式めいた一連の行動だったが、長谷部自身には特に理由などない。ただ単に、大切にしたいという思いを形にするための、継ぎ接ぎな行為だった。
 埃っぽい中、満足げに大きくため息などついたので、思い切り咳き込む羽目になったが、なんとか持ってきた荷物を持って外へ出ると、店先には先ほどの猫がちょこんと座り込んでいた。

「久しぶり」

長谷部は猫をひとなですると、抱えてきたものの中で一番大きい荷物――ペット用のキャリーケースの中にその猫を招き入れて、再び抱えて歩き出した。慎重に運ばれるケースの中で涼を取る猫と裏腹に、暑さに身を任せながら、長谷部は住んでいる場所のペット相談に思いを馳せている。
(駄目だったら、最近仲良くなった姪やその知り合いにも当たってもらおう)

 夏は暑さとともに狂おしいほどの幻を連れてくる。幻は果たして現実だったのか定かではないが、それを美しいと感じた自分は本物だ。少なくとも、長谷部はそう願ってやまない。

「ああ、会いたいなあ」



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