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[古論P♀]いただきますとお嫁さん

全体公開 1653文字
2019-09-26 12:53:43

「食事の際、そんな風に丁寧に、いただきますをするのが素敵だと思っただけです」

少し遅い昼食を摂るPさんのお行儀が良かったのでいいなぁ、とニコッと見つめるクリスさんの小さな悪戯のお話です。

Posted by @toasdm

 レッスンを終えて軽食を摂り、クリスは事務所を訪れた。しかし期待していた姿はそこにはなく、電話番をしていた山村はプロデューサーさんなら屋上ですよ、と天井を指差した。こんな時間に屋上ですか、と首を捻ったが、仕事の虫の彼女のことだから休憩だろうか、と礼を言って踵を返し、クリスは屋上への階段を上がっていった。
「お疲れ様です」
「いただきま――
 高い秋空の下、からりと乾燥した心地良い空気の中彼女は今まさに、二時間遅れの昼食にありつこうというタイミングだった。
「おっと」
 邪魔してしまいましたか、とくすりと笑い、クリスはミニテーブルについた彼女の向かいに腰掛けた。
「あはは……お恥ずかしい」
 中断されたいただきますの手をもう一度合わせなおして、彼女は目を閉じて軽くお辞儀をしながら小声で言う。
「いただきます……
 ほぅ、とそのいただきますよりも小さなため息が、クリスから漏れる。
「あの……
……ああ、あまりじろじろと見るのも失礼でしたね」
 どうぞ、私のことは気にせずに、と昼食を促しながら、クリスは頬杖をついてニコニコと彼女を見つめている。穴が開いてしまいそう、食べづらい、一口あげた方がいいのかな、とぐるぐる渦巻く感情と、ぐるぐる今にも鳴りそうなお腹。まずはお腹を黙らせようかと意を決して、彼女はぱくりとサンドイッチを頬張った。
「昼食には少し遅いようですが」
「ん……ええと、山村君に先に食べてもらって、交代で私が入るので」
「ああ、なるほど……
 彼女らしい細やかな気遣いと徹底した効率化に納得顔のクリスは、未だ彼女をじっと見つめている。
「あの……?」
「はい?」
 食べますか、と差し出されたサンドイッチの、口をつけていない反対側と彼女の顔とを見比べて、クリスはより一層笑みを深めた。
「ふふふ……ご相伴に預かろうと思ってみていたわけではないのですが」
「え、じゃあ」
 ふっ、と気の緩んだ表情ですら、見るものをドキリとさせるような引力を感じて彼女は困惑の色を濃くする。そうですね、と少し目線を逸らしてから、クリスは彼女の瞳を真正面から見つめた。
「食事の際、そんな風に丁寧に、いただきますをするのが素敵だと思っただけです」
……?」
 顔に書いてある「常識では?」を汲み取って、クリスは続ける。
「当たり前のことではありますが、私達は命をいただいて命を紡いでいるのです。その感謝の念を忘れずに習慣にできているというのは、素敵なことだと思いますよ」
「はぁ……
 そんなもんなのか、と彼女にとっては極普通の当たり前の動作をわざわざ手にとって見せられて、彼女は複雑そうな顔をする。
「きっと、プロデューサーさんがお嫁さんになったら素敵な家庭になるかと」
「んぐっ!?」
 まぁ気にしないで食べちゃおうか、と頬張った瞬間にそんな事を言われて、彼女は思わず喉を詰まらせそうになった。
「あああ、すみません大丈夫ですか!?」
「ん、んっ……はぁ……な、何を、急に」
 慌ててペットボトルのキャップを外して彼女に手渡して、クリスは一応の謝罪をする。しかし自分がそんな変な事を言ったという自覚はまるでなかった。
「そういう部分がしっかりしているお嫁さんがいる家庭は素敵だと思いませんか?」
「はぁ……まぁ……そう、ですね……一般的、には」
「おや」
 そこまできて漸くクリスは、彼女が何か奇妙な勘違いをしているのではないかということに思い当たった。ふむふむ、と一瞬考えてから、今度は意図的に、狙って、彼女がサンドイッチに再挑戦したタイミングでクリスは言う。
「私も、そんなお嫁さんがほしいと思います」
「っねえ!!」
「あっはははは!」
 今のわざとですよね、に笑顔で答えて、クリスはそれ以上の食事の邪魔をやめる。

 高い秋空の下、居心地の悪さを感じてビクビクしながら食事を摂る彼女のことをお嫁さんにするという自分の口から出たからかいは、思いのほかクリスにとって心地良かったのだ。


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