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[雨P♀]蜂蜜とニンニク

全体公開 2592文字
2019-09-27 13:10:31

「うまいな……
Pさんのカレーを滅茶苦茶おかわりしまくる雨彦さんの片思いのお話です。

Posted by @toasdm

 好いた女の手料理が食べたいと思うのは男の本能だろう、と雨彦は思っていた。それがたとえ、密かに寄せている想いだったとしても雨彦は彼女を一人の女性として、一人の人間として特別な感情を抱いていることには間違いなかったし、それを自覚してからの日々はほの甘く、彩りに溢れているものだと実感していた。だから彼女からのお願いは雨彦にとって、降って湧いた幸運だった。いいぜ、この上背がお前さんの役に立つってんなら適材適所さ、存分に使ってやってくれよ、と彼女の自宅の電球の交換と引き換えに、雨彦はまんまと、彼女の手料理を食べる権利を手に入れた。
「葛之葉さん、ありがとうございます」
「何、大したことじゃないさ」
 本当に、脚立どころか踏み台のひとつも使わずに、雨彦は手を伸ばしてトイレの電球を交換した。欲を言うなら今新たに取り付けた寿命の長いLED電球ではなく、一般的な白熱電球に交換して手料理を振舞ってもらえるチャンスを増やしたいところではあったが、それはあまりにも贅沢で下心に塗れているな、と苦笑しながら遠慮した。
「他はいいのかい?」
「え、えっと……お風呂は届くと思うんで大丈夫かと」
「風呂か……お前さん、バスタブの淵から足滑らせて落ちそうだが大丈夫かい?」
「だっ、大丈夫ですよ、天井じゃなくて壁ですし!」
「っはは、そうかい」
 壁面照明なら女性でも交換は容易いだろう、と雨彦は役立つチャンスを一つ手放して手を洗う。先ほどから雨彦の鼻を刺激して空腹感を煽りに煽ってくるおいしそうな香りの正体は恐らく、いや確実に、カレーだろう。知らず喉が鳴り、雨彦はその温もりに溢れた香りの充満するリビングへと戻った。
「簡単なものでかまわない、っておっしゃってましたし」
「なんだっていいさ、お前さんの手料理とあらば三杯はおかわりをしよう」
「あはは……男の人ってたくさん食べるイメージあるので、量だけはたくさん作りましたから」
 トイレの電球を交換してほしい、と頼まれた時から心待ちにしていた彼女の手料理が目の前に並ぶ。
「へぇ……カレーにサラダか……豪華だな」
 そうでもないですよ、と謙遜する彼女にとっては当たり前の食卓かもしれないが、カレーといえばカレーだけの食卓だった男の一人暮らしには、サラダが添えられているだけで一気に生活感が増すような気すらした。
「お口に合えばいいんですけど……
「いただきます」
 手を合わせ、スプーンで褒美をひとすくい。早くおいでと待っていた舌からピリピリと伝わり、口の中いっぱいに広がるスパイスの香りと深い味わい。掛け値なしに雨彦は、芳醇な旨みをまとった吐息混じりにぽつりと呟いた。
「うまいな……
 誰が作ってもそれなりにおいしいカレーでも、彼女が雨彦の為にと作ってくれた思いを加味すればおいしいと感じるのは当然だったが、それを抜きにしたって彼女の作ったカレーは専門店の本格さと家庭の温かさのいいところだけを抽出して煮詰めたような、充足感に満ちた味がした。
「よかった……
「何か隠し味でも使ってるのかい?」
「え、早い」
 カレーは飲み物だろう、とおどけて言う雨彦の皿は、彼女が三分の一も食べ進めないうちに空っぽになっている。スッと差し出された皿にライスとカレーをよそいながら、彼女はニコニコと雨彦の問いかけに答える。
「葛之葉さんありがとうーって気持ちを隠し味にしました!」
…………
 サラダをつまむ雨彦の目が僅かに泳ぐ。お前さん、胃袋と同時に心を掴むとはなかなかやるな、と内心舌を巻きながらもそれは表に微塵も匂わせず、雨彦は鼻に抜けた香りから隠し味の正体を手繰り寄せた。
「ニンニクが入ってるってのはなんとなくわかるんだが」
「おぉぉ、すごい、正解です」
 差し出された二杯目と格闘しながら、雨彦はちらりと彼女を見る。どうやら先ほどの隠し味の気持ちについては、彼女なりの冗談だったと見えて彼女の方には動揺も恥じらいもまるで見られない。悔しいな、俺だけ意識してるのかい、と苦笑しながら次の一手を導き出して雨彦はニヤリと笑った。
「他にもあるんだろう?」
「ふふー、内緒です、って早い!」
 三杯目のおかわりをそっと要求する雨彦はもう一度、カレーは飲み物だからな、とおどけて言う。
「お前さんが教えてくれるか、俺が自力で全部見つけ出すまでは通いつめてやろうか」
「そんな、普通のカレーですよ」
 後でタッパーに入れてお土産に差し上げますから、とニコニコ顔がカレーと共に雨彦の前に戻ってくる。
「うまいな……
「じゃあ、また作ったらおすそ分けしましょうか」
「いいのかい?」
 そんなに気に入ってくれたら嬉しくなっちゃいます、とはにかむ彼女のカレーを、雨彦は都合五皿平らげた。
 せめて後片付けくらいはさせてもらうさ、とキッチンで食器を洗う雨彦の隣、彼女は鍋に残ったカレーを密閉容器に移し替える。
「助かります、私後片付け苦手なので……
「はは、お前さんらしいな」
 正直に言うと高さの合わない一般的なキッチンでの洗い物は雨彦も得意ではなかったが、彼女の手前そういうことを言うのも憚られる。丁寧にラップで包んで零れないように手土産を用意してくれた彼女に、雨彦はウィンクをしながら言った。
「キレイにするのは得意だからな。電球の交換も茶碗洗いも、適材適所ってやつさ」
 任せてくれていいぜ、と調子付く雨彦と彼女とが、普段は一人のキッチンでくすくすと笑い合っている。
 所帯を持った幸せってのはこういうもんなんだろうか、と思い描く幻想はカレーのように刺激的だったが――
……隠し味、二つ目は蜂蜜かい?」
「うわ、時間差で?」
「独特のコクが後を引く、こいつは蜂蜜だろうなって勘が働いたのさ」
「正解です、すごいなぁ……
 その隠し味の蜂蜜のように、甘やかに雨彦の胸を締め付けた。いつかお前さんとそうなれたら、などと大それたことは望めるような性格ではなかったが、今このひと時を楽しもうか、という小さな贅沢なら、雨彦は素直に享受できた。

 蜂蜜とニンニクと、それから感謝の気持ちを隠し味にした土産を手に、雨彦は帰路につく。好いた女の手料理を食べたい本能だけではない何かも満たされたまま歩く道は、いつも以上に彩りに満ち溢れているような気がした。


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