文司書概念解釈ボクシング企画「seventh」参加作品です。
光チームで担当テーマは「幸福な王子」、CPは有司書です。
有島武郎氏の翻案作「燕と王子」の要素を含んでいます。
@supalyrip
司書は公園のベンチに座り、腕時計を確認する。待ち合わせの時間を20分過ぎている。デートの日はお互い早めに来るのが定番になっていたが、今日はどうしたのだろうか。曇っていて肌寒いせいで体調を崩したか、それとも……事故にでも遭ったのか。悲観的に考え過ぎているとは思う。しかし、どうしても心配になってしまう。
(信じて……待つしかないよね)
まだ20分だ。焦って探しに行って、すれ違う方がまずい。きっと大丈夫だと、司書は自分に言い聞かせる。
更に数分経って、公園の入り口に人影が現れた。短髪の青年は……間違いなく恋人の有島だ。この天気にも関わらず彼は半袖で、走ってこちらに向かってくる。安堵、そして心配で司書も立ち上がり、すぐさま駆け寄った。
「司書さん……遅れてすまない……」
失速しても、有島は肩で息をしている。 相当長く走り続けていたのだろう。
「いえ、私は大丈夫です。ただ……何かあったのかと心配で」
「すまない、本当に」
「そんな、謝らないでください。とりあえず、ベンチで休みましょう」
司書は有島の手を引いてベンチに戻る。並んで座ると、彼はぐったりともたれかかって深い呼吸をする。彼の呼吸が整うのを、見つめながら待つ。気になるのは疲労もだが……服装もだった。
彼は寒さに強くはないのに、あまりにも不自然だ。この天気なら、何かしら上着を羽織って部屋を出ているはずなのに。
「有島さん、話して大丈夫ですか?」
司書は声をかける。有島は一度大きく息を吸って、長く吐く。そしてゆっくり体を起こした。
「……うん、もう平気だ。ありがとう」
司書はとりあえずほっとし、話を続ける。
「あの……寒くないですか? そんな格好で」
「えっ?」
有島は驚いたように目を少し見開く。おそらく、予想は当たっている。
「上着、誰かに貸したんですか? 遅れたのもそれが関係しているんでしょうか」
「……うん。その通りだ。司書さんは鋭いな」
困ったように有島は微笑する。
「ただ、貸したというよりはあげてしまったというのが正しいよ。相手は見知らぬお年寄りだったから。寒さで体調を崩していたから、ジャケットを着せて家族に引き渡してきたんだ」
「そうだったんですね」
それなら遅れても仕方がない。むしろ、有島らしい行動につい笑みがこぼれてしまう。そしてふと思い出す。ある物語のことを。
「幸福な王子、みたいですね」
金で覆われ宝石を埋め込まれた王子の像が、困っている人々に自らの装飾を燕を介して捧げる、海外の童話だ。自らを顧みず優しさが先行するところが、王子の像にそっくりだと思った。
「僕は彼ほど献身的ではないよ」
「でも、助かった人がいますから。有島さんは思いやりのある素敵な方です」
「そう……かな」
照れくさそうな表情の有島。司書の胸はときめく。自分に優しくしてくれることも嬉しいが、他の人に親切なところも、彼を慕う理由の一つだ。
そんな柔らかな空気を切り裂くように、何かが高速で前を通り過ぎた。そして聞こえる小さな悲鳴。有島と司書がその先を見ると、去っていく自転車と、尻餅をついた幼い少女の姿があった。おそらく驚いて転倒したのだろう。二人は立ち上がって少女に駆け寄った。
「大丈夫か? 怪我は……ないみたいだね」
安堵する有島。司書は少女をゆっくりと立たせ、砂を払う。そして、地面に落ちているものに気付く。
「あっ、飴……」
少女が持っていただろう棒付き飴が、砂にまみれていた。そして少女もショックだったのか目に涙を溜め、ついには嗚咽を漏らし始めた。
痛ましい姿を、見過ごせなかった。司書は少女の前にしゃがんで目線を合わせる。そして優しく微笑んで、小さな手を握った。
「お姉さんと一緒に、新しい飴を買いに行きましょうか」
驚いて目を見開き、司書を見る少女。怯えと警戒はが伺える。しかし徐々に薄れていく。
「いいの……?」
「はい。ですから元気を出してくださいね」
少女はぱっと表情を輝かせた。そして、溢れんばかりの笑顔を見せてくれる。
「ありがとう、お姉ちゃん!」
少女は司書の手を引いて「こっちだよ!」と店の方向を指で差す。はしゃぐ姿に、小さな手の温もりに、心が満たされていく。
(有島さんもこんな風に、慈しんだのかな)
再び、あの物語を思い出していた。
飴を手に走っていく少女を見送りながら、司書はまた微笑んだ。「幸福な王子」の燕は王子に感化され、人助けを積極的に手伝うようになった。今の自分も同じ。自分にできることを自然と考えて、行動に移した。一人ではここまで速やかに動けなかった気がする。
「燕は、王子と一緒に死んでしまう結末だったね」
心情を察したのか、有島は寂しげに言う。確かに、終わりは悲劇だった。王子を手伝っていたら南国へ渡ることができず、冬を迎えて凍えてしまう。
「でも「燕と王子」では、燕は王子との再会を約束して生き続けますから」
「燕と王子」は有島が甥のために「幸福な王子」を翻案した作品。結末は原作と異なっている。ただ、金や宝石を失った王子の像がみすぼらしいと言われ、失われてしまうところは同じだ。あんなにも優しい王子に、世界は残酷すぎて。思い出すと胸がぎゅっと締め付けられる。
司書はそっと有島に腕を絡める。肌は少し冷たい。これはいけない。自分を顧みない王子は……ちゃんと燕が見ていなければ。
「新しいジャケットを買いに行きませんか? このままだと、有島さんが風邪を引きます」
「確かに……。実は、少し肌寒く感じていたんだ」
有島は答える。そしておとぎ話の王子のように、上品に囁いてくる。
「よかったら、一緒に選んでくれないだろうか」
「……はい、是非」
見つめ合って、胸が高鳴る。ただ一人の相手だと、瞳で伝え合う。デートの開始は随分遅れてしまったけれど、構わない。普通に過ごすより、絆はずっと深まったから。
「あなた以上に優しく頼もしい燕は……きっとこの世にはいないね」
ふっ、と浮かぶ微笑みは、優しく美しい。甘い言葉は恥ずかしいが、とても嬉しくて。愛し合っている実感が、司書の胸をいっぱいにする。
屈んで顔を近付けられて、二人の唇が重なる。ほんの一瞬柔らかさを感じて、すぐに離れる。それだけで、体は熱を持ってしまう。有島の頬もほんのり赤くなっている。
(貴方のおかげで、私も幸福でいられるんですよ)
膨らむ愛しさを伝えるように、司書は腕にぎゅっと強く抱き着く。ふわりと広がる心地良い空気に、またお互いに笑みがこぼれた。
王子の幸せな結末を守れる、そんな燕でありたい。これからも、ずっと。