「……このような、雰囲気でしょうか?」
雑誌の撮影の打ち合わせで雨彦さんとクリスさんにからかわれた挙句クリスさんにとんでもないことされるPさんのお話です。
@toasdm
十年以上もこの背丈で生きてきたはずなのだが、アイドルに転身してからはすっかり忘れていたようだ、とクリスは雨彦をちらりと見てから苦笑する。雨彦のせいですよ、と言われた雨彦の方は、人のせいにするなよ、と彼女が走り去っていった方を見た。
雑誌の撮影を控えたクリスと雨彦は、指定された時間に事務所にそろって顔を出した。秋冬号の特集で大きく取り上げられることになった「彼とデートの勝負服」という女性雑誌の企画に抜擢された二人にミーティング資料を配布すると彼女はホワイトボードに数枚の写真を貼り出した。
「というわけで、イメージとしては葛之葉さんはこういう大人っぽい、シックな雰囲気で、古論さんはこちらの、ちょっと甘めのテイストでいってみようかと思うんです」
「ちょっと……?」
「へぇ」
女性モデルの服と男性モデルの服とが並んだ写真の隣に、イメージポーズのカットがいくつか並ぶ。雨彦の方はジャケットとニットという落ち着いた大人らしい服装と、女性が男性を見上げてにっこりと微笑んでいるカットだ。しかし、クリスの方に指定されたのは密着度の高い、指を絡めて手を繋いでいたり腰を抱き寄せていたり肩に触れていたりという、確かに甘さの強いポーズ指定ばかりが並んでいる。
「これは、ちょっと、なのでしょうか?」
密着しすぎなのでは、と困惑するクリスに、先方からの指示なので、と彼女も少し困ったように眉尻を下げている。
「お前さん、こういうの得意だったかい?」
「いえ、どちらかというと苦手というか、そもそもカメラに囲まれることが得意ではありませんので……」
「古論さんの場合はヴィジュアルイメージが適任だったんだと思います」
ハーフらしくすっと通った彫りの深い目鼻立ちや美しく艶やかに伸びた髪の毛など、古論クリスというルックスは確かに、そういう需要があってもおかしくはなかった。
「優しく甘い表情で女性を見つめて、その上で自然にボディタッチがある、みたいな雰囲気なので、古論さんなら恐らくいけると思います」
「なるほどな……」
俺で練習してみるかい?と茶化す雨彦を軽く小突いて、クリスはため息をついた。
「雨彦のような背の高い女性はいませんよ」
「っはは、そうだな。なら」
「……おや」
「え?」
二人の視線が彼女に集まり、まさか、と彼女は一歩後ろに下がってたじろぐ。
「モデルにしちゃちんちくりんだが、俺よりはましだろう」
「ち、ちんちくりんじゃないです!」
「練習を挟めば本番もそこまで緊張しないで済みそうなのですが」
「私を踏み台にする気ですか!?」
じりじりとにじり寄る二人に追い詰められて、彼女は背中にホワイトボードを感じてひぃ、と悲鳴を上げた。
「ま、冗談はさておき、イメージトレーニングは結構大事だと思うぜ」
「ざっと流れだけでも確認しておきましょうか」
あまりにも縮こまって怯える彼女を、少しからかいすぎたか、と二人は席へと戻ろうとする。
「ふ、っ踏み台、上等、です!」
「ん?」
「おっと……?」
手でも肩でも繋いで組めばいいんです、とクリスの隣にずいと寄った彼女の意地に、二人は顔を見合わせる。では、とクリスは彼女の手を取り、じっと瞳を覗きこんだ。
「……このような、雰囲気でしょうか?」
「ひぃ……」
効いてるなぁ、とその様子を見守る雨彦のOKサインを受け取って、でしたら、と調子に乗ったのが運の尽きだった。腰を抱き寄せて密着しようとしたクリスの手はしかし、彼女の腰ではなくその少し上――いわゆる、おっぱい、に、ふにょん、と触れてむんずと掴んでしまったのだ。
「ぎゃあ!!」
「あああ! す、すみません失礼しました!」
「っはははは! 古論、お前さん、自分の身長を忘れるなよ!」
踏み台に足が生え、あっという間にミーティングルームから駆け出していくのを、二人の男は黙って見守るしかなかった。
雨彦のせいですよ、と自分より高い背丈に八つ当たりをしながら、クリスはしばらく、感触の残る自分の手のひらをじっと見つめていた。