@toasdm
イメージってのも大事だよねぇ、と次郎は鏡を覗き込む。まさか自分がアイドルなんてものに転身するとは思ってもみなかったし、ましてや自分のルックスが、誰かを惹きつけることになるとは夢にも思わなかった。洗顔を済ませたばかりの濡れた顔は、自分にはくたびれたおっさんのようにしか見えなかったが、仲間やプロデューサーにはアダルトな雰囲気がいいと褒められることもあった。
アダルトねぇ、と角度を変えてあちこちから見てみるが、ものは言い様だ、としか言えなかった。ただその、くたびれたおっさんをアダルトな雰囲気漂う、いわゆる「イケオジ」にするための努力を惜しむようなことはしたくなかった。自分がどうあるかなどという大それた問題にはしたくなかったが、どう見られるか、どんなイメージなのか、ということは、次郎がアイドルになってからずっと、次郎の課題だ。
「♪~……っと」
清潔感は保ちつつも、髭は残したい。無精髭とは、無精なだけでは無精髭にはならないのだ。シェービングを済ませた肌にアフターシェーブローションをはたき、乾いた風に対抗するためにクリームを薄く伸ばした手で包む。女みたい、とはじめのうちは若干の抵抗のあったその朝の身支度も、最近ではすっかり板についたどころか、しないとそわそわする気すらした。
「んーー……ま、こんなもんですかねぇ」
鏡の中には幾分か、自信に満ちたようなくたびれそこねたおっさんが映る。モテたいわけじゃないけど、モテるのは悪い気はしないから、と身なりをきちんと整える行為は、次郎の中心にすっと一本、筋を通すような心地良さがあった。
「…………」
そういえば、とシャツに袖を通しながら、次郎はふと思い出す。
そういえば先日、プロデューサーに言われたのだ。
「山下さんって、なんか最初、煙草とか咥えてそうなイメージだったんですけど」
いやいやどんなイメージよ、とその時は面食らったものだが、確かに言われてみれば、そんな風に見えなくもないかもしれない、とどこか合点がいったのも事実だった。退廃的なイメージは恐らく、アダルトなイケオジめいた魅力に変換されるものなのだろう。役柄でもなきゃあんな不経済なものに手を出そうとは思わないけどねぇ、とボトムスに足を通しながら、次郎は姿見をちらりと見た。
「煙草、ねぇ……」
紫煙を燻らせる自分の姿は想像できなかったが、手近にあったボールペンを咥えてゆらりとした雰囲気を漂わせると、意外なほどしっくりときて次郎はけたけたと笑い出す。
「あっはは、あーー、こりゃ確かに、いそうだわ」
いそう、というのはそこらへんにというか、もっと限局的に、競馬場にいそうという意味合いも強かった。そのままボールペンを耳にかけて、ついでに手近にあったハンチング帽を被ってみると、それはもう、競馬新聞を持たなければ違和感があるほどに、そういったイメージだ。鏡の前でひとしきり笑ってから、次郎はハンチングを被ってジャケットを羽織り、家を出た。
「……ま、どうせやるなら、ねぇ」
にやりと笑って事務所に顔を出す前、次郎はコンビニへと立ち寄った。買ったことないけど、イメージイメージ、と小さな無駄金をはたいて、次郎は事務所の階段を昇った。
「お疲れ様で……す?」
「はいはい、おはよーさん」
「え、山下さん、えっ?」
「どぉ? イメチェン。似合うでしょ?」
振り返ったプロデューサーが目を丸くするのが、次郎には面白くて仕方がない。ハンチングに競馬新聞に、口に咥えたシガレットチョコ。競馬場にいそうなおっさんのコスプレ、と歯を見せて笑う次郎の悪戯は、見事成功したようだ。
「び、びっくりした……ただのシガレットチョコじゃないですか!」
「あはは、まーこれでも歌ったり踊ったりするからねぇ。不経済だし煙草はちょっとね」
「はーーー……不良になっちゃったのかと思いました」
「このトシで不良ねぇ……」
あんたが言ってたイメージでしょうよ、とプロデューサーを小突いて、次郎はシガレットチョコを彼女に差し出した。
「プロデューサーちゃんも一緒に不良になっちゃう?」
少し考えてくすっと笑い、彼女は一本受け取ると、すぱー、とわざわざ口で効果音をつけて次郎を見上げる。
「ちょっと、悪い子の気分になりますね、これ」
そういやイメージって大事だったよね、と次郎はその言葉を受けて、彼女のデスクに手をつき耳元に口を寄せて囁く。
「あーあ、悪い子だ――…」
「っひ!」
なんてねぇ、と笑って誤魔化そうとした次郎の予想を裏切るというか上回るというか、斜め上だったというか。彼女の反応は次郎の興味をそそった。
「あれ、プロデューサーちゃんこういうのに弱かったりするの?」
「ちっ、違い、ます、けど?!」
耳まで真っ赤にしちゃって、と調子付いて、次郎はその耳たぶをちょんと指先で弾く。にぎゃあ、と叫んだ彼女の反応に腹を抱えて笑う次郎は、べしべしと彼女に叩かれながら思うのだ。
イメージってのも大事だよねぇ、と。