@toasdm
いくらアイドルと付き合っているプロデューサーだからといって、なにもそこまで徹底しなくてもいいんじゃないかな、と彼女の後を尾行しながら、想楽は歩く。
もしかして浮気かな、僕以外の男の人と会う予定とかあったりするんじゃ、とどす黒い勘ぐりをせずにはいられない彼女の出で立ちは、普段とはあまりにも違いすぎた。
「あんなんじゃ、見る人が見ればわかっちゃうのにねー……」
普段は束ねている髪の毛を目深に被った帽子の中にうまく隠して、服装も、仕事のスーツや普段着のナチュラルな女性らしい格好ではなく、レザーのライダースにタイトミニのスカートとカラータイツだ。全体的にゴツく、それでいて雑踏に馴染んだ彼女の印象に、想楽はもやもやを処理しきれずにギッと前方を睨んだ。
「……」
もし浮気だっただらどうしようか、相手に詰め寄ったりする?僕にできるかな、そんなこと。僕のプロデューサーさんが『お世話』になってます、とか言えるかな。
確証のないそれは確証がないからこそ、想楽を無為に苛んだ。あたりをきょろきょろと確認する仕草も、歩き方も、全部が全部、怪しい。アイドルになってからすっかり板についた自身の変装をカフェの窓ガラスに映しながら、想楽も彼女に続いて店へと入った。
「おまたせー!」
待ち人は、既にカフェの奥まったスペースで彼女を待っていたようだった。その相手が女性であることにほっと胸を撫で下ろし、想楽は彼女の死角になるような席を鋭い目つきで探し当ててそこへと収まった。この位置ならば、パーティションの観葉植物とソファとで自分の姿は見えないだろうし、声はしっかりと拾えそうだ。注文を取りにきたウェイターには声も出さずに黙って適当なメニューを指差して、想楽の耳は彼女の席の方へと一点集中する。
「相変わらず徹底してるねー」
「ふふ、うん。迷惑かけたくないからね」
仕事の関係もあるしさ、と普段の彼女の穏やかな口調とはまた違った、砕けた、友人へ向けての口調も珍しく聞こえる。プロデューサーさんって普段そんな風に喋るんだ、と知らない彼女の一面に嬉しさ半分悔しさ半分、想楽は黙って耳を欹てる。
「彼氏とはどう?」
「んー」
女友達以外の表現が思い当たらないような接し方に、浮気のセンは無事消えたかと想楽は内心、ほっと胸を撫で下ろした。そういえば、そんな器用なことができる人じゃなかったよね、と苦笑して、でもせっかくだから、と想楽は悪趣味承知で盗み聞きを続行する。
「苦労は絶えないけど」
やっぱり、迷惑かけてたんだ、という苦い思いを、運ばれてきた甘いキャラメルラテで流し込んで、ふぅ、とついたため息は心なしか重かった。ごめんね、と心の中で丁寧に謝ったところで、想楽の中に広がる苦さはなかなか消えそうにない。
「でもね、すっごく可愛くて、すっごくかっこよくて、幸せ」
「あはは、よかったぁ」
瞬間、ぶわっ、と全身の毛穴が開くような感覚が想楽を襲う。可愛いは余計だよ、と重箱の隅をつつくようなどうでもいいツッコミを入れる想楽の耳には、次から次へと、彼女の惚気が飛び込んでくるのだ。やれ寝顔が可愛いだとか仕事でキラキラしてるだとか、かっこいい表情に毎日ドキドキしているだとか。
「勘弁してー……」
顔から耳どころか全身ゆでだこのように真っ赤になりながら、想楽はその、彼女の、自分のことを友達に惚気る幸せそうな音を聞く。
「でも年下でしょ?」
「うん、年下。こんなおばさんでいいのかなーって遠慮しちゃう」
「ちょっとー、あんたがおばさんなら私もおばさんじゃん」
「想楽く……か、彼氏からしたら、十分おばさんだよ」
せめて可愛くいたいよねー、と女性らしく可愛らしく笑う彼女のことを、想楽は一瞬たりともおばさんだなどと思ったことはないし、感じたことすらない。
「もーーー……ほんとさー……」
想楽には、「僕の彼女がお世話になってます」と出て行くための顔の作り方などわからない。
尾行や盗み聞きなどという後ろ暗い罪を犯した報いがこれだというならば、天というものは随分と非道で、存外温情のあるものなのかもしれない。そんな風に思いながら想楽はひたすら、その温情の与える罰を甘んじて受け入れるしかなかった。