@toasdm
「ひどい嵐だな」
台風の直撃を受けて帰宅した雨彦は、彼女から受け取ったバスタオルでがしがしと頭を拭う。もう少し早めに帰宅できなかったのかと言おうとして、これが雨彦の最大限の努力だったのかもしれないと思いとどまり、彼女は風呂の支度を始めた。
「すまないな」
「いえ、ご無事でよかったです」
無事でよかったというのは本心だった。どこかで足止めを食らって身動きがとれなくなるよりは、ずぶ濡れでも戻ってきてくれたというのは彼女にとって、十分僥倖といえた。
つけっぱなしのテレビはひっきりなしに、台風情報を繰り返し報道している。ここもいつ停電になるかわかりませんから、とスマートフォンとモバイルバッテリーの充電を満タンにして、彼女は大荒れの空を迎え撃つ準備を整えていた。
「っくしゅ!」
「わっ」
突然の雨彦のくしゃみに、彼女は驚いて雨彦を振り向く。突然のくしゃみだからという意味でも驚いたが、その大きな体からそんな、なんか、なんでそんな可愛いくしゃみが出るんですか、という意外性の意味合いの方が大きかった。
「……なんだいその顔は」
「…………い、いえ」
「ん?」
にやつく雨彦に見下ろされて顔を背ける彼女の肩が、小刻みに震えている。何笑ってるんだと背けた顔を回り込んで覗き込んで、雨彦は的確に彼女の退路を絶っていく。
「いえ、っふ、なんでも」
「俺のくしゃみがどこかおかしかったかい?」
「風邪引きますからお風呂」
「っくしゅん!」
「っぶふ!」
一回はなんとか堪えられても、目の前の、二回目の可愛いくしゃみは彼女には、耐えることは出来なかった。盛大に吹き出してしまった彼女にはもう、言い逃れの余地はなくなってしまった。
「笑っただろう」
「あ、雨彦さんだって笑って」
「っくしゅ!」
「っふふふふふふ」
つられて笑いながら三回目の可愛いくしゃみが飛び出して、二人はもう完全にツボに入ってしまったかのように笑いの嵐に巻き込まれる。
「その体でそのくしゃみって、っふふふふふふふふ」
「っははは、なんだ、ぶぇーっくしょい、とかやった方がよかっ、っぶくしゅ!」
「ねえ!!」
変に笑いながらのくしゃみは先ほどよりもコミカルで、それもまた二人の笑いを誘った。笑いすぎてお腹痛いです、と涙目になっている彼女をぎゅっと抱きしめながら、雨彦もげらげらと笑う。
「はぁーー……あー、笑ったなぁ」
漸く笑いの波が収まってきた雨彦は、壁に背中を預けたまま彼女を抱えてずるずるとしゃがみこむ。こつんと合わせた額はすっかり雨で冷えていて、本当に風邪をひいてしまいますから、と彼女は雨彦に風呂を促したが、雨彦はにやりと不敵に笑ったまま彼女を離そうとしない。
「あの、お風呂」
「お前さんも一緒に入るなら入ってやるさ」
笑いの渦が落ち着いてから、顔を出したのは笑われたことに対する雨彦の照れだ。そのまま顔を見られまいとぎゅっと抱きついて、雨彦は長いため息をついた。
「はぁぁぁ……」
「……っふふ」
「悪かったな、図体に似合わず可愛いくしゃみで」
思い出し笑いをした彼女に軽く悪態をついて、雨彦は彼女ごと立ち上がる。うわ、と急な重力の移動にふらつく彼女の体をしっかりと抱きかかえて、雨彦はバスルームへと向かった。
「風邪引いて可愛いくしゃみを連発してお前さんの腹筋を割る前に、な」
「待って雨彦さん私一緒に入るなんて」
「知るか」
照れのいたたまれなさから彼女に八つ当たりをする雨彦は、彼女の意見などおかまいなしとばかりにずんずんと進む。ほら入るぜ、と彼女を床におろして、雨彦は濡れたシャツを脱いで洗濯機に放り込んだ。
「っくしゅ!」
その、図体に見合わず可愛いくしゃみは、自棄気味に彼女をひん剥いた雨彦が湯船に浸かるまで何回か、彼女の腹筋を狙い撃ちした。