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[雨P♀]腕の中のオリオン

全体公開 1692文字
2019-10-16 13:51:07

……鼓星、か」
眠れない夜、そっとベランダに出て星を見上げる雨彦さんのお話です。

Posted by @toasdm

 逃げていった眠気は少なくとも、こんなベランダにはいないだろう。それでも雨彦は、そっと音を立てぬようにカーテンをめくり、掃き出し窓をそろりと開けた。す、と冷気が滑り込んで、雨彦の素足が冷やされる。日中は洗濯物を干したりするときにつっかけているサンダルは、たまにこうして、眠れない夜の雨彦を部屋の中から外へと出してくれることもある。
「はぁ……冷えるな」
 煙草でも咥えていればいくらか様になったかもしれない夜のベランダで、雨彦の吐く息は白かった。秋は日中の両端から、じわじわと迫ってきているのだろう。月は天高く、煌々と、雨彦を照らしていた。
 深夜と明け方は境目なく、時は満遍なく平等に、グラデーションで移行する。一日の始点を北へずらした太陽はまだ、空を白ませるようなところまで来ていない。くすみかけた宵闇は見上げた雨彦に、夜の煌きを広げて見せる。
……鼓星、か」
 東の空の低い位置に、ひときわ明るく並んだ三ツ星。オリオンが夜に昇りはじめると、季節はさらに冬へと進む。蒸し暑い夏が去ってしまえば雨彦も辟易とすることなく、快適に過ごせる。夏の終わりと秋の始まりを告げるその知らせに、雨彦は目を細めた。
 オリオン座は冬の星空の王様だ。一際明るい星が特徴的な形で並び、星に造詣の深い者でなくともその姿を肉眼で捉えられる。その特徴からオリオンは古くから、北極星と共に航海の導き手としての役割も担ってきたのだと、聞いたことがある。あの三ツ星を自分たちになぞらえることは少しこそばゆい気持ちになったが、自分たちを導くプロデューサーをオリオンに例えることには、あまり抵抗はなかった。お前さんは俺達を導いて、後押ししてくれる俺達のオリオンみたいなもんだな、と、今は恋人となった彼女の姿を重ねて、雨彦は目を閉じた。
「ふーーーーー……
 吐息は先ほどより白くなっているようだ。流石に肌寒いかと薄着の二の腕を軽くさすって、雨彦はまた、ぼんやりと、空を見上げた。
「風邪、ひいちゃいますよ」
「ん……すまないな、起こしちまったかい?」
 その冷えた肩をブランケットで包み込んで、彼女はブランケットごと雨彦の背中を抱きしめる。目が覚めたらいなかったので、と額をぐりぐり背中に押し付けて、彼女はまだ、眠気を引きずっているようだ。
「お前さんも風邪ひくぜ」
 ほらこっちだ、と雨彦は、体の前側に彼女をくるりと持ってくる。大きな茶色のサンダルが、小さなピンクのサンダルが挟んで、雨彦は彼女の背中から、ぎゅっと抱きしめて温めながら暖をと採る。
「眠れませんか」
「ん? まぁ、な」
 曖昧に濁した返事に特につっこむでもなく、彼女は雨彦の腕の中から星を見上げる。宵闇の端にほんのわずかばかりの明るさが灯って、夜はそろそろ、終わりを告げそうだ。それでも星は輝いて見えて、そこにあるのだとその存在を、誰に頼まれたわけでもなく放っている。眠らない街の眠らない星は、朝の白にも負けてはいなかった。
「っふふ」
「ん?」
 そうしてしばらく、どのくらい二人で、心地良い沈黙を共有していただろうか。急にくすりと笑った彼女を見下ろして、雨彦は問いかけた。
「どうした」
「今、私の好きなものに、明け方の星空が加わりました」
 それはあまりにも穏やかで、嬉しそうで、雨彦の胸を甘く締め付ける一言だった。そうかい、とその嬉しそうな頭を優しく撫でて、雨彦はぽつりと呟いた。

「だから俺は好きなのさ、お前さんのことが」

 よかったとも嬉しいとも、私もですとも言わずに彼女は、雨彦の腕に頬をすりよせる。そんな星明かりのような穏やかな彼女を、傍若無人なギリシャ神話のオリオンに例えるのは些か解釈違いかと雨彦は苦笑する。
「何笑ってるんですか」
「っははは、こら痛い痛い」
 馬鹿にされたのかと勘違いをした彼女は、ぺちぺちと雨彦の腕を叩く。お前さんを笑ったんじゃない、とご機嫌を取りながら、いやオリオンであってるか、と思い直して、雨彦はまた空を見上げた。

 うっすら白み始めた明るさに姿を隠し始めたオリオンは今、雨彦の腕の中にいた。


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