@toasdm
完全無欠の炬燵にも弱点は存在する。ぬくぬくと温かい腰から下との温度差に震える背中は、無防備そのものだ。弱点は補い合うのが人と人。彼女の小さな背中を今包むのは、風呂上がりの温もりをまとった雨彦の体だ。
「お疲れさん」
「ふふ、雨彦さんもお疲れ様です」
風呂上がりといえば、一緒に入ったのだから彼女も風呂上がりなのだが、暑さにそこまで強くない(どちらかといわずとも弱い)雨彦は、湯上がり炬燵という彼女の趣味を、理解はできても一緒にとはいかない。お前さんよく平気だな、と迫る冬の寒さから守ってやるように、雨彦はその、小さくて大切な彼女の背中を温める。
「ご褒美かい?」
「はい」
仕事を頑張った日、ちょっと疲れた日、明日はもっとうまくやりたい日。そんな日の夜に彼女は自分で、上手に自分を甘やかす。落ち着きのある臙脂色のカップのふたを開け、彼女は専用のスプーンと中ふたとをぺりぺりと開封した。
「そういやでかい仕事を持ってきたな、お前さん」
「んふふふ……なのでこれは、たいへんがんばったで賞です」
まだまだ忙しくなるのはこれからですけどね、と気分を乗せて左右に揺れる彼女の頭をぽんとひと撫でして、雨彦は彼女の肩にあごをのせた。
「今日はいちごか……」
俺は抹茶の方が好きだぜ、と言えば、あれは抹茶じゃなくてグリーンティー味です、と即座に否定が入る。大人のご褒美の名を冠するに相応しい、その小さな高級アイスクリームの、彼女は大ファンだ。彼女の中では大好物とは少し違うらしいが、そんなものなのか、と雨彦は彼女のその細かいこだわりを受け入れていた。
「お」
「ん?」
開封したカップの中の、薄桃色のアイスクリームの表面に、中ふたに張り付いていた部分とそうでない部分との高さの違いが生み出す彫り込みがハートの形を描いている。あたりだな、と嬉しそうに言う雨彦よりももっと嬉しそうにスマートフォンを手繰り寄せ、わざわざ写真にまで収めるのだから、本当に、彼女はファンなのだろう。
「ハートになってると、なんか報われた気分になりません?」
「報われた?」
「ハートじゃなくても、いいんですけど」
いただきます、と手を合わせてスプーンを差し入れて、彼女は至高の一口を目を閉じて味わう。んー、と上がった歓喜の声は、普段のきりりと仕事をこなす彼女の姿からは想像もできないほど、素直だった。
「なんか、頑張った日にいい事があると、報われた、って気分になるじゃないですか」
「……なるほどな」
期待していなかったところから褒められたような気分になるというのなら、雨彦にもよく納得がいった。お前さんは俺を褒めるのが上手だからな、と今までを振り返り、雨彦はおもむろに、肩口でぱかっと口を開いた。
「あー」
「……でっかい雛みたいですね」
一口だけですよ、とその動作だけで雨彦の意図を汲み取って、彼女はひと掬いのご褒美を雨彦の口へと分け与える。口の中ですぅっと溶けて、広がる甘みといちごの酸味のバランスのよさ。さっぱりとした喉越しといつまでも嫌味なく口を満たす充足感とが重なり合った幸福状態に、雨彦も彼女と一緒に目を細めた。
「もう一口食べますか?」
共に分け合う喜びに多少浮かれた彼女は、左肩の大きな雛をちらりと振り見る。
「?!」
「……いや、普通に考えてこうなるだろう」
顔を横へ向ければ頬は雨彦の体の方を向くことになり、ちょうど雨彦の唇が彼女の頬に触れることになる。当然だろう、とにやつく雨彦の唇が余計なことさえしなければ、ただの接触だったはずなのだが。
「だって、わざと」
ちゅ、っと音まで立てたものだから、それはもう、確実に、狙って雨彦は、ただの接触をキスにしたのだ。
「俺からのご褒美さ」
いい事あったかい?とからかう口にもうひと掬いをねじ込んで、彼女は背中の温もりとアイスクリームの冷たさに逃げた。
炬燵の温度は何も変えていないはずなのに、いくらご褒美のアイスクリームを食べても、彼女の体感温度は高くなる一方だった。