8
ads by microad

紅の糸(4)

Publish to anyone 28views 3
2014-11-22 19:56:32

 気が付くとレオンは妖魔の森を訪れていた。
 ここに来るのはどれくらいぶりになるだろうか。ここに住む友人にも長らく会っていなかったが――ん、『友人』?
 いや、バカな。アラクト山の麓の人里外れた不気味な森になど、住む者がいるはずない。はて、一体どうしてこんな場所にやってきたのだろうか。確かに、昔――と言っても、1年くらい前のことだが――嫌なことがあればここに来ていたような気もするが。
 森は不気味なくらいに静まり返っている。人混みを好まないレオンとしては、本来静寂は喜ばしいことであるが、こんな不気味さは余計だ。
 帰ろう。何か大切なことを忘れている気がするが、今は一刻も早くこの場を去りたかった。
「バイバイ……」
 背にした妖魔の森からは、寂しげな声が聞こえた……気がしたが、妖魔の森に漂う雰囲気が聞かせる幻聴だろう。薄い緑色の影が見えたのだって、幻覚だ。
 だってここには"人"など誰もいなかったのだから。

 こうしてレオンは、ロツパンを調達するという目的を終ぞ果たせなかったわけだが、それどころではなくなってしまった。
 この日の晩、ついに母が産気づいたのである。おそらくはいつでも外を飛び出せる用意をしていたのだろう、父はすぐに巫女さまを呼びに向かった。もちろん、この非常事態に寝ていられるほどレオンの神経は図太くない。父が戻ってくるまでの間、レオンは横たわる母の側に立ち、その手をしっかりと握っていた。
 母が病気にかかって怠そうにしている姿は、数こそ少ないものの目にしたことがある。しかし、こんなにも悶え苦しむ姿を見るのは初めてだった。このまま死んでしまうのではないか、そんな不吉な考えが頭を過る。けれどしてやれることは何もない。そんなことをしても何にもならないと分かっていながらも、握りしめたその手には自然と力が入る。
「だい……じょうぶ……。だいじょうぶ……だからね」
 レオンの抱く不安を感じ取ったのか、母は苦しみながらも声を絞り出す。何もできないばかりか、元気づけなければならない母に、逆に元気づけられてしまうとは。
「……ッ、ああ」
 これ以上、母に気を遣わせることがないよう、何とか頷いて見せたが、それが果たして励みになったのかは怪しいところだ。
 父が巫女さまを連れて帰ってきたときには、レオンはすっかり憔悴しきっていた。父と巫女さま、それぞれから声をかけられた気がするが、何も耳に入ってこなかった。とりあえず、巫女さまの服がいつもと違ったことだけは覚えているが、他の記憶はぽっかりと穴が空いたかのように存在しない。

 外が白みだした頃に訪れた一瞬の静寂の後、誰に遠慮することない大きな泣き声がシャルヴェ家に響いた。けたたましいその声は、けれどもちっとも不快ではない。

「よく頑張りましたね。とても元気な男の子ですよ」

 巫女さまの声が聞こえる。きっとこちらにも語りかけているのだろう。レオンは徐々に意識を取り戻す。
 生まれたばかりのその子――弟はこれが同じ人間なのかと思うほどに小さく、まるで人形のようだった。しかしそれはわずかに身じろいで、その身に生命が宿っていることをレオンに示してみせる。
 弟を包み込むように抱いて、慈しみの目を向ける父と、ぐったりしながらも満足そうに微笑む母。その姿は、知らずのうちにいくぶん若返える。父に抱かれた赤ん坊の髪も、先ほどまでは茶色かったのに、今はレオンのそれであるかのような金に染まった。
 分かっているのだ、若返った両親も、金髪になった赤ん坊も、幻だということは。しかし、きっと、その幻通り、5年前に自分もこうやって、この家に迎えられたのだろう。

 知らず知らずのうちにこぼれていたのは、笑みや安堵の息だけではなかった。

ads by microad


さりゆ @slry_p 2014-11-22 19:57:02
http://privatter.net/p/510198←前
さりゆ @slry_p 2014-11-24 01:58:59
次→http://privatter.net/p/514082
さりゆ @slry_p 2014-11-26 00:31:33
まとめ読みしたい場合は→http://privatter.net/p/516364

You have to sign in to post a comment or to favorites.

Sign in with Twitter


さりゆ @slry_p
ニコニコにワーネバのプレイ動画を投稿しています。お気軽にフォローリプリムーブ等してください。ワーネバのプレイツイートとかしてるうるさい鍵垢→@sb_srly 絵とか文とかいろいろ→http://t.co/V8AJo8zruB
Share this page

ads by microad


Theme change : 夜間モード
© 2018 Privatter All Rights Reserved.