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[次郎P♀]紅葉

全体公開 1634文字
2019-10-28 12:55:11

「おじさんも、あんたといると楽しいよ。飽きないしねぇ」
じろちゃんと紅葉の道を歩きながら原理説明してもらうPさんのお話です。

Posted by @toasdm

 てくてくと、秋の黄色や紅の散る道を二人は歩く。手にしたエコバッグからはみ出した長ねぎを少し邪魔そうに寄せてから、次郎はよいしょとそれを持ち直した。右手に提げた買い物と、左手に絡めた大事な指。今日はお鍋にしませんか、とニコニコ顔で提案してきた彼女の為に、次郎は腕を振るうつもりだ。
「ねえ、次郎さん」
「んー?」
 はらはらと散る赤や黄色に、まるで猫のようにくるくると目の色を変えてはしゃいだように彼女は言う。
「どうして紅葉するんでしょうね」
「んー、そうだねぇ」
 得意分野といえば得意分野だが、それを彼女に上手く説明できるかどうかはまた別問題だ。原理なら、と頭に添えてから、次郎は続ける。
「光合成は覚えてるよねぇ?」
「でんぷんですね!」
 随分すっ飛ばしたねぇ、と苦笑して、次郎は繋いだ彼女の手の甲を、そっと親指で撫でてやる。
「葉緑体は、太陽光線の赤と青だけ吸収して光合成してるから、葉っぱはそれ以外の色を反射して緑色に見えるわけ」
「おーーー……なるほど」
 詳しくは、少し違うが大筋ではあっている次郎のざっくりとした説明に、彼女は感心したような声を上げた。
「んで、秋とか冬になると、寒くなるでしょ?」
「うん」
「寒いってことは、お日様が足りないってことで、効率悪くなっちゃうのよ」
「光合成の?」
「そ」
 学生時代を思い出す彼女と、教員時代を思い出す次郎。街路樹に挟まれた秋の道は、あっという間に教室になる。
「だから冬眠して、体力温存しよっかなーってなるのよ」
「ふむふむ」
 この子たち、みんな冬眠の準備なんですね、と彼女は次郎の手を離して落葉をうまく捕まえる。黄色く色づいたイチョウの葉は、冬眠の準備の証なのだ。
「で、葉緑体を壊して光合成をしなくなると、緑が吸収されなくなるから黄色っぽくなって」
……おお、君は葉緑体が冬眠状態か」
 しげしげと、裏を返し表に返し、彼女はイチョウを見つめる。
「んで、葉っぱにはまだちょーっと葉緑体が残ってるから栄養は作ってるんだけどねぇ、枝から木全体に送ってあげることもできないから、なんやかんやあってアントシアニンって赤い色素に化学変化を起こして、赤くなったりすんのよ」
「なんやかんやあって」
「なんやかんやあって」
 一瞬の間を置いて、二人は顔を見合わせてくすくすと笑う。
「葉緑体、まぁクロロフィルっていうんだけど、それとアントシアニン、ブルベリーとかのね、色素なんだけど、そのバランスで赤くなったり黄色くなったりしてるの」
「なんか、わかったようなわかんないようなですけど」
 手にしたイチョウのひとひらを、彼女はえい、と上に向かって投げる。
「きれいなものにも理屈はあって、それを知ってると見える景色が違うんだろうなぁ、ってのはわかりました!」
「たはは、説明半分くらいしかわかってもらえなかった?」
 おじさんちょっとショック、と肩を竦めておどける次郎の隣へ戻ると、彼女はまたぎゅっと指を絡めて手を繋ぎ、ぶんぶんと、手を大きく振って並んで歩く。
「次郎さんといると」
 目を細めた彼女の横顔を見下ろして、次郎は秋の香りを感じる。
「なんか、世界がおもしろくなる気がして、好きです」
……そっか」
 ストレートにそう言われて、三十路の胸がきゅんとときめく。
「おじさんも、あんたといると楽しいよ。飽きないしねぇ」
 繋いだ手をそっと引き寄せて、さっき撫でた手の甲に、次郎はそっとキスを落とす。
「まさか教師やめてからも授業するとは思わなかったけど」
「だめ?」
 だめじゃないよ、と苦笑して、次郎は高い空を見上げる。
「たまにならね、世界を楽しくしちゃうのもアリでしょ」
 季節と時を重ねて生きていくならこういう人がいいんだろうな、というふんわりとした実感と一緒に、二人は鍋に向かって帰宅する。

 振り返った紅葉の街路樹は、次郎の目にも彼女の目にも、さっきとは意味合いが違って見えた。


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