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ディレクターズカット版

@Ag_sarashi
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2019-10-31 23:39:40

好きな人の死体が3億円になる経験をする人はそうそう居ないとしても、あなたが死んだら悲しい、あなたが生きていてくれて嬉しい、たったそれだけのシンプルで切実な感情を言葉にする事が出来ずに立ち竦んでしまう経験は、多くの人にとって身に覚えのある事ではないかと思う。人の死は、いとも容易く消費される。悲しみで装飾されたお祭り騒ぎに下劣さを感じてしまう事もある。そしてそんな事を考えているからどんな言葉で悲しみを、愛を語るのが正解なのかわからなくなって一言の追悼ツイートをする事も出来なくなってしまう。あるいは死んで欲しくない人が死にたがっている時。死んでも構わないと無茶をしている時。「生きていて欲しい」と伝える事のエゴを自覚してしまうと何も言えなくなってしまう。

そんな普遍的な懊悩がデフォルメされたのが金塊病の設定だと私は思う。主人公江都日向が抱える苦しみは私達の心にも実感を伴う重さで切り込んでくる。伝えたい、証明したい、幸せになって欲しい…沢山の思いを実現する正解が欲しい。誰だってそうだ。江都日向と都村弥子がどんな正解にたどり着いたのかは実際に読んで確かめて欲しいけれど、あなたが生きている事が嬉しいという自分の気持ちを江都が素直に受け入れられただろうあの瞬間に私は本当に救われた気がしたし本当に嬉しかった。正解を選ぶ事は難しい、でも私達は最後の最後の瞬間まで、正解を探す事が出来る。

ところで作中に登場する「二月の鯨」のモチーフに私は作者である斜線堂先有紀生の面影を見ている。斜線堂先生が小説家デビューを果たしたのは2年前の2月なのだ。誰にも届かないかもしれなかった歌が誰かに届いた鯨。その歌はこれからもっともっとたくさんの人に届く。斜線堂先生の作品を好きになるけどまだ出会っていない人がきっと沢山いる。そんな人達に斜線堂先生の歌がどんどん届いてくれたらいいなと思う。まずはこれを読んでもし興味を持っていただけたなら、是非、是非読んで欲しい。私が大好きな小説家です。


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えーじー🍞ギンサラシ
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