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紅の糸(6)

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2014-11-24 19:10:16
2014-11-25 17:08:03

 避けられてしまうのではないだろうか。自分がそうしていたように、ナディアもそうするのではないか。そんな可能性は、考えなかったわけではない。けれども、実際、そんな子どもじみたことをナディアはしなかった。

「お話ですか。それなら、今日はもう切り上げます」

 だがしかし、そんなにあっさりと動いてくれるとは思わなかったので、レオンは当惑した。
 だから、今、なぜ西公園に、ナディアと2人で来ることになってしまったのか、ちょっと分からない。場所を変えたいと申し出たところまでは覚えているのだが、西公園がいいと言ったのは、自分だったのかナディアだったのか、それとも、何となく足が向いた先がここだったのか。
「ここには、異国の花がたくさんあるんだ。故郷の花もあるかもしれないな」
「へえ、そうなんですか」
 違う。話したいのはこんなどうでもいい話ではない。落ち着け、冷静になれ……。
 呼吸を整えて、自分の心に語りかける。
 怖い――レオンは、今、恐怖している。今度こそ、もう二度と話せなくなってしまうのではないか。あの日見たナディアの表情が頭を過る。何かに怯えたようなあの瞳。そうさせたのは紛れも無く自分だが、何がそうさせたのかはイマイチ分からない。こんな状態で話をしたら、また彼女を傷つけてしまうのではないのか。後先考えない己の行動力が恨めしい。
「……あなたとお話をしたあの日、私、とても楽しかったです。あんなに楽しかったのは久しぶりでした」
 レオンが言葉を紡げないでいるのを知ってか知らずか、ナディアはレオンに言った。
 予想外の言葉だった。あの日、ナディアは確かに気分を害したはずだ。そして、そのきっかけは、レオンにあった。そのはずなのに、『楽しかった』? ……。そうだ、『楽しかった』んだ。ナディアの隣に座って、一緒にとりとめもないことを話して――本当に、楽しかった。
 夏至が近づいてきたとはいえ、昼の時間は永遠ではない。日はだいぶ傾きつつあった。それでなくても、ナディアは目深に帽子を被っているものだから、レオンから見るとその表情はよく分からない。一方で、彼女からは、レオンのことがどう見えるだろうか。――頬を真っ赤にして、唇をわなわなと震わせるこの不格好な姿がすべて分かってしまうのならば、恥ずかしいことこの上ない。
 けれど、ここまで来て、何も言えなかったら……、ただの腰抜けだ!
 拳をぎゅっと握りしめる。
「オレも、楽しかった……! 誰かと話をして、あんな気持ちになったのは、…う、生まれて初めてだ」
 声が震えて、涙が出そうになった。こんな思いをしたのだって、生まれて初めてだ。
「ずっと、一緒にいたいって思った」
 あとはもう、頭の中が真っ白になって――
「好きだ! ナディア・グレトリー!」
 気が付くと、とんでもないことを口にしていた。

 空が茜色に染まっていた。
 優雅に飛んで行く鳥は、その姿に似合わぬ濁った声で、どこか優しげに鳴いた。生ぬるい風は、遠慮がちに肌に触れた。――「よくやった。想いを伝えられることなく恋が終わるという結末は、これで回避されたな」まるでそう言ってレオンを慰めるように。
 ナディアが好きだという言葉に、嘘偽りはない。正直な気持ちだが、だからこそ困るし、困らせる。たとえばもっと軽く言えたのなら、ナディアも今の言葉を笑って流すことができるだろう。こんな言い方をしたら、何かしらの対応をしなくてはならない。
 その、『何かしらの対応』が何であるか、レオンには分かる。もし、今の自分に対して、顔を赤らめ、言葉を詰まらせ、「好きだ」と言ってくるような女の子がいたとしたら――そんな物好きがいるとは思えないが――返す言葉は決まっているのだ。ナディアだって、きっとそう言う。
「ありがとう。私もあなたが好きですよ」
 その言葉を聞いて、一瞬、舞い上がった自分の何と愚かしいことか。違う、本気じゃない。そういうパターンで切り返してきただけのことだ。もういい、もう分かった。それ以上聞きたくない。今すぐ穴に入って身を隠すか、この場から走り出すか――とにかく姿を消してしまいたい。
 しかし、そんなレオンをここに留めるかのように、ナディアは続ける。
「2つほど、謝らせてください」
 ナディアの表情が変わった。もちろん、彼女の顔は見えないから実際にどんな顔をしているのかは分からないままだ。しかし、甘く穏やかだったその声に、少し別の色が加わったのだ。それが具体的にどういったものなのかを表現することは難しいが、敢えて言うならば、不安、だろうか。
「まず1つ、あの日――帽子を拾っていただいたときから、私があなたに別の人を重ねていたことです。あの人に会ったのは、もう何年も前になりますね。私は今のあなたよりも幼く、だからこそ、"あの人"を盲目的に恋い慕っていました」
 見たことのない少女時代のナディアの姿が頭に浮かんだ。今のナディアの姿から察してに、さぞや愛らしい姿だったに違いない。そんな少女に恋い慕われていた"あの人"とは、この世に並ぶ者がいないほどの果報者に違いない。
「大人になったら、その想いを伝えようと思っていたのですが、門前払いをされてしまいました」
「……どうして?」
 フラれた理由など、あまり思い出したくないだろうし、ましてや語りたくなどないだろう。そういった気遣いができるのならば、それはただ大人になっただけの男性たちよりも立派な紳士なのだろうが。
「私の髪の色――鮮血のような不吉な色が、彼にはとても不快だったそうです」
 彼女の声音の中に身を潜めていた不安の色は、待っていたとばかりに姿を現して、彼女の声を乱した。目の前に立っているのは、ナディアに違いないが、レオンが知る彼女ではない。きっと、あれは、そう、少女時代のナディアだ。何らかの方法で、"あの人"がナディアの髪の色を不快だということを聞いたときの彼女が、今、そこで涙を流している。
 確かにナディアの髪の色は、珍しい。初めて見た時など、しばらく目を奪われたものだ。
 だが、そうは言ってもたかが髪の色。外見を構成する個性の1つに過ぎない。同じ個性の1つならば、まだ背の高さとか、恰幅のよさとか、そういったものの方がよほど重要だろう。――いや、これは個人個人によって見解が別れるだろうから言い切るべきではないか。だが、少なくともそういった個性の1つに過ぎないことで、縁起がいいとか悪いとかを判断するような人物は、ここ、ナルル王国にはいないはずだ。
 それは、ナルル王国の国民ならではの――髪の色どころか肌の色だって、人によって異なるのが当然であるという移民の国ならではの――感覚なのかもしれない。国民ほぼ全員が同じような色の肌をしており、同じような色の髪を持つ人々が暮らす国があるのだという話は授業か何かで聞いたことがある。ナディアの故郷がどういうところなのか、レオンには全く分からない。しかし、たとえどんなところでも、ナディアの髪の色を不吉だなどと嫌悪したばかりか、それを口に出してナディアをひどく傷つけた"あの人"が許しがたい存在だという結論は、揺らぎようがない。
「……そして、あなたに謝りたいもう1つのことというのは、先日、お話を中断させてしまったことです。本当に申し訳ありませんでした」
「いや、あれはオレの方が悪かったんだ」
 そういったナディアの過去を知らなくても、ある程度想像することはできたのかもしれない。
 彼女が帽子を受け取ったとき、それをすぐに頭にかぶせた。彼女は、他の髪の長いティルグ員たちと違い、編み下げでさえも帽子の中に隠している。――思い返せば、ヒントはたくさんあったのだ。
「でも、あの日オレは、あんたの髪を悪く言うつもりなんてこれっぽっちもなかった」
 少し咳払いをして続ける。これだけは、今、ハッキリと伝えたい。
「アンタがくれたフルーツパイは、それまで食べたことのない味がして、でも、とってもうまかった。それと同じで、その髪だって、オレは今まで見たことなかったんだけど、すごくキレイだと思ったんだ」
 先ほど勢いに任せて告白したときとは、まるで違う人物がここにいた。こんなに落ち着いて、もう一度、この言葉を言えるだなんて思わなかったし、言っている今でさえも、そう思う。
「オレはもっとその髪が見たい。ナディア・グレトリーは、その髪も含めてナディア・グレトリーで、そんなアンタを、オレは好きになったんだ」
 深く傷ついた少女時代のナディアにも、この言葉が届いて欲しい――それが叶わぬことだと分かっているが、レオンはその言葉を"彼女たち"に向けて言った。

 沈黙は、再び訪れた。
 今度は鳥も鳴かず、風も吹かない。きっと彼らにも呆れられてしまったのだろう。そして、ナディアもこう思っているはずだ――何度もしつこい、と。
「じゃあ、それだけだから」
 絞りだすようにポツリと言うと、レオンはナディアに背を向けた。同時に世界がぐにゃりと歪む。リヒャルトのように泣くことができれば楽なのだろうが、あいにくと自分はもはや赤ん坊ではない。
 言わなければよかった、という後悔は、確かにある。けれども、今はどちらかと言えば、達成感の方が強い。ただ、どちらにせよ、これで終わったことには変わりない。これ以上、この場にいたら、聞きたくもない宣告を聞かされることになってしまう。
「ちょ、ちょっと待って下さい! 行かないで!」
 夕闇の中、駆け出したレオンを慌てた声が追いかける。だが、レオンは止まらない。振り切るつもりで走った。

 ――そのつもりだった。しかし、まるでナディアの意思がそうさせたかのように、レオンの足が滑り、それはもう盛大に転んだ。下は草地になっていたから、石畳に身を打ちつけたときよりは何倍もマシだが、痛いものは痛い。その痛さと転んだショックと情けなさに、レオンはしばらく身動きがとれなかった。おかげ涙も引っ込んだ。
「ああっ! 大丈夫ですか!?」
 いろいろな意味で、全然大丈夫じゃない。
「へ、平気だ、これくらい……」
 平然を装うのは――装いきれていないが――せめてもの強がりだ。
 大した怪我をしていないことが確認できたからだろうか、ナディアは安堵の息を漏らし、ふっと笑みを浮かべた。なぜそれが分かるのか。そこでレオンは、はたと気づく。ナディアの顔が、すぐ目の前にあったのだ。頬が燃えた。
「……レオンさん、本当にありがとうございます。私、本当に嬉しいです。先ほども言いましたけれど、あなたと一緒にお話しているととても楽しかったのですから。あの人に会った頃の――あの人を想っていた頃の私に戻れたような、そんな錯覚までしてしまいました」
 ナディアは寂しげに目を細めた。
「でも、それはあくまでも錯覚なんです。実際の私は、あなたよりずっと年をとったおばさんです。あなたは、それを分かっているのですか?」
「それも含めて、『ナディア・グレトリー』だろ」
 まったく。分かっていないのはナディアの方だ。
「オレより年上だっていうのは見れば分かる。そんな今更なことを言われたくらいで、オレの気持ちが冷めるかよ」
 ナディアは優しい。けれど、今はその優しさが、辛い。あるはずもない希望を抱いてしまう。
「もういい。他に好きな人がいるだとか、今でも"あの人"のことが忘れられないとか、そもそも恋愛なんてする気がないとか、ガキなんか好みじゃないとか、――なんか、いろいろあるだろ、他のこと。ハッキリ言ってくれ。それが出来ないって言うなら、もう、行かせてくれよ」
 また世界が歪んできた。
 そうやって、半ばいじけていると、横で、ナディアがふっと笑った。こんなに情けない姿を見せているのだから、笑われるのも無理はない。――そう思ったが、どうやらそういう意味で笑ったのではないらしい。
「……あなたは、私があなたを拒むことを望んでいるのですか?」
 夏至近いこの日、そこに春は訪れた。控えめなその笑顔は、ここに多くあるどの花よりも、美しく可憐だった。
 しかし、これは幻か。ナディアの言葉は幻聴か。そう疑わずにいられないほど、レオンが想像していたものとは違う。
「そ…そんなことは、ない、けど……」
 マイナスなイメージがおよそ存在しないような人間の頭のなかを、花畑と揶揄することがある。花畑というのは、ここ西公園よりも、もっと多くの花が咲き乱れている場所を言うのだが、今、この状態は、まるで自分の頭のなかがそうなってしまったかのようだった。
「だ、だって、オレは、ナディアよりずっと年下だし」
「今更何を言っているのですか」
「め、迷惑じゃないのか? オレは――」
「拒まれたいというのであれば、そうします。けれど、それは私の本心ではありません」
 なおも続けようとするレオンを、ナディアがぴしゃりと制す。それ以上何も言えなくなってしまったが、レオン頭のなかは依然として混乱している。これが夢や幻なのだとしたら、相当残酷だ。けれど、先ほど強打した額は、じんじんと痛みを主張する。まるでこれは現実だと訴えるかのように。
 ナディアは目を伏せて、少し俯きながら自らの帽子に手をかけた。そこで窮屈に収まっていたものは、ようやく自由を得た。紅い艶髪がするりと姿を現す様は、恥じらうようでもあり、艶かしく誘っているようでもあり。
 ナディアはゆっくりと面を上げると、はにかみながら言った。

「帽子が落ちてしまいました」
 

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さりゆ @slry_p 2014-11-24 19:14:07
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さりゆ @slry_p 2014-11-24 19:14:54
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さりゆ @slry_p 2014-11-26 00:32:12
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