「マフラーのひとつでも巻いてりゃ、お前さんに貸してやれたんだが」
寒くなってきた雨彦さんとPさんがマフラー(概念)をシェアするお話です。
@toasdm
ビルから吹き降ろしてくる北風の冷たさに、彼女はコートの襟を立てた。ぶる、と身震いをして見上げた空は、彩度の低い鉛色の曇天。ほ、と吐き出した吐息は白く、大丈夫かい、と見下ろしてきた雨彦の息も白かった。
「冷えてきましたね」
「ああ……北国じゃ雪らしい」
都会には、積もるほどの雪は降らないとはいえ、ちら、と雪のちらつく頃になればぐっと冷え込んで、ショーウィンドウにディスプレイされるコーディネートの類はみんな、秋冬のそれを意識したものに衣替えしている。
「すまないな」
「え?」
「持ち合わせがない」
眉尻を下げる雨彦の言う、持ち合わせ、がなんなのか、彼女は訝しんで見上げる。雨彦はにやりと口元をゆがめて、とんとん、と自身の首元を軽くつついて言った。
「マフラーのひとつでも巻いてりゃ、お前さんに貸してやれたんだが」
「いやいやいやいや、アイドルの喉ガードが最優先ですよ?!」
「ははは、そうかい」
お前さん仕事最優先だな、と苦笑して、雨彦は目を細める。
「憧れないか?」
「何がですか?」
「マフラー貸してやるとか、上着を貸してやるとか、そういうのさ」
上下が繋がったつなぎの上だけを貸してやることはできないし、巻いていないマフラーを貸してやることもできない。雨彦が普段身につけているものはどれも、誰かとシェアしたり、貸したりできないものばかりだった。
「まぁ……いいなぁ、とは思いますけど」
「よかった……俺だけじゃなかったんだな」
その安心の仕方はどうなんだろう、とつられて苦笑しながら、彼女に合わせて歩幅と速度を落とした雨彦の歩みに、彼女はてくてくとついて歩く。ショートカットの小道に入って、ビル影がすっかり覆った抜け道は昼尚暗く寒く、今度は雨彦の方も、ぶる、とひとつ身震いをした。
「私も」
ぽつり、と消えてしまいそうな小さな声が、白い吐息と共に吐き出される。なんだい、と耳を近づけるように腰を屈めた雨彦の隣で、彼女は足を止めて呟いた。
「雨彦さんに、あったかいのわけてあげたりしたいな、って……思わないでも、ない、ですけど」
「…………ん」
分けてくれよ、と雨彦は、その体制のまま彼女に首を突き出した。え、と一瞬戸惑った彼女の、何もない首元をふわりと撫でる仕草をした雨彦の、言わんとしているところを察知した彼女は、えぇぇ、と寒さではない別な原因で頬を染め、きょろきょろと辺りを見回した。
「どうせ小道さ、誰もきやしない」
「ふふ……じゃあ、はい」
そのまま彼女は、何もない首元をぐるぐるとやって、見えないマフラーを外す仕草をしてからそっと雨彦の首にそれを巻いてやる。
「ああ……っはは、気のせいじゃないな、こいつは本当に温いよ」
「っふふふふ、ほんとですか?」
「本当さ、お前さんにもほれ、分けてやろう」
おどけた様子で首元をぐるぐるとやって、雨彦はまるで、本当にマフラーがそこにあるかのように半分ほどの長さを引き伸ばし、彼女の首に巻いてやった。
「どうだい?」
「……心なしか、ほんとに」
なんかあったかいですね、と微笑む彼女の額にそっと口付けを落として、雨彦はにんまりと笑みを浮かべて囁いた。
「思いやりの温もりってのは、ウール百パーセントなのかもしれねぇな」
なんですかそれ、ととうとうけたけたと声を立てて笑い始めた彼女と手を繋いで歩けるのは、この抜け道を抜ける僅か数十メートルの距離だ。
「冷えるな……風邪引くなよ、お前さん」
「あったかいから、大丈夫ですよ」
見えないマフラーのパントマイムですっかり温まった二人にとって、初冬の日陰の寒さはさほど気にならなかった。