@corona_moca1111
蝶野あみの所にその封筒が来たのは、事件から数ヶ月経った後の事だった。
かつての資料やカウンセリング記録、「お手紙」からのお返事、それと共に見慣れた名前、仕事内容の説明、待遇と、研究所の許可証。
ぬいぐるみの使用許可についての書類、そして、その場所の住所。近くはなく、遠くもなく、ただ、気が付かないであろう場所。大きく取られたスペースと写真に映る高いかべが少しだけその異質性を引き立てていた。
「それ、新しいお仕事?」
西湖さんが軽く首を傾げている。
「はい!許可はもう取ってるみたいでー」
「そっかー。よかったね、しっかりした分析だったし。」
「いえいえー。お陰様で。あの時は本当にありがとうございました。」
「いえいえー。あ、そっちの方電車少ないから気をつけなよ。」
「はーい。」
そっか、都心部から離れるのか。そんなことを念頭に置きながら、蝶野はスマートフォンをとった。
電車で長いこと揺られて山を越えつつ、その後タクシーに乗って数十分。静かで自然に満ちて、電線が線として残るようになって。その後見えるものは緑になっていく。そこから漏れる光と、澄み渡る空気。
「お嬢さん、山道を知らんな?ちゃんとした……運動靴って言えばいいか?履かなきゃダメだ。」
気前の良さそうなおじさんが、気を使いつつ話しかけてくる。
「あら、そんななんですかー?」
「んなー山奥だかんな。お嬢ちゃんみたいな人が来るのも珍しい。だからその、そーゆー建物も出来るわな。……にしては辛気臭くないねぇーお嬢ちゃんは」
「あ、お仕事なんですよー」
おじさんの雰囲気から緊張感が抜けた。
「なるほどねぇー!そりゃ大したもんだわ。いやーいっつもそこ行く人は話しにくくて困るんよ。こんな田舎だ、長い道になんのに、お葬式みたいになっちまう。」
「なるほどー。大変ですねぇ。」
和かに笑った彼女の雰囲気に曇りはなく、そのまま流れていく景色と共に吹かれていく。
と、写真のままの雰囲気の、大きな建物が視界に入った。蝶野が視線を向け指差すと、運転手は頷いて示した。
「もうちょいだな、こっち正面じゃないからね。前で下ろしても?」
「いいですよー」
車はそのままフェンスの横を走りぬけていく。高い壁の横にある小さな花壇には、雑草もなく土と植えられた跡が残っていた。
それから1時間ほど経って。
蝶野あみは、いつもの白衣を着て、その閉塞的な建物の中に入っていた。と言っても、研究所とはあまり変わりはなく、取締課とは瓜二つだった。資料を読みながら歩くその姿は、きっと今から会う彼は知らないんだろうな。そう思うとなんだかおかしくて、彼女は少しはにかむ。説明書の中の彼は、かつてにこやかにしていた時の姿を取り戻しているようだった。一応付き添いとして来た職員の方も、そこまで悪い人だとは思っていないようだ。
「普段は模範囚ですよ。ただ、どうにも感情のコントロールが苦手なようで、たまにトラブルになってしまんです。蝶野さんが書かれた通りだったので、お力をお借りしたくて。」
やっぱり全てが変わるわけでもないしなぁ、と蝶野は頷く。
「んー、他にも、感情の起伏が激しくなってしまう方は?」
「やはり軽、重関わらずいますね。」
「んー、だったら、なにかプログラムを組むべきでしょうかね。私がお力になれれば、いいんですけどー。まぁ、カウンセラーとして、できることはしていきますから。」
「ありがとうございます。もし何かあれば、また上層部と交渉してみますので。資金や物資等、なんでもお申し付けください。」
「わかりましたー。……でも、やっぱり、ガラス越しじゃないとお話はできないんですかー?」
蝶野は微笑み、少しいたずらっ子のような軽さで付け足す。職員は、少し驚いていた。
「規則ですから。でも、本当に直接会っていたんですか。」
「ええ。」
「それはそれは、勇敢というか、こちらが不安になるというか」
ふふ、っと笑う。
「同じこと言われました」
そのまま話は途切れ、歩いていく道の横に、目当ての部屋があった。既にその部屋の向こう側には大柄な人が、扉のそばに待っていた。挨拶をして、向かって、窓から覗く。
少しだけ、あのボサボサの髪の毛が見えた。
「大丈夫ですか?」
「ええ。」
「では、手順はありますので、自由会話までは指示に従っていただきますよう、よろしくお願いします。」
「はーい。」
蝶野あみは、そうして、ノックをして、いつものように挨拶をしてその部屋に入ったのだった。
「こんにちはー。祖久世さん、お久しぶりです。ふふふ!」