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[雨P♀]社会勉強と授業料

全体公開 2220文字
2019-11-11 12:56:26

「なぁに、ちょいと手ほどきをするようなもんだと思えばいいさ」

ヘアアクセについて勉強する雨彦さんとPさんのお話です。

Posted by @toasdm

「この後予定はなかったはずだろう?」
「え、でも……勤務中ですし……
 渋る彼女を引き止めるように、雨彦は店頭のディスプレイの前で立ち止まり、手招きをしている。
「なぁに、ちょいと手ほどきをするようなもんだと思えばいいさ」
「手ほどき」
「女物の髪飾りなんてお前さんとでもなきゃじっくり見る機会もねぇからな」
 社会学習の一環さ、と言われてしまうとそれ以上断るわけにもいかず、彼女は不承不承、ニコニコと、ヘアアクセサリーの前で雨彦と並んだ。
 打ち合わせを終えて後は事務所に帰るだけ、というタイミングで通りすがったショッピングモールのヘアアクセサリーに、彼女が目を奪われたのは一瞬だったと思っていたのだが、雨彦は目敏くそれを見つけて彼女に時間をくれてやる。お前さんも女だな、という素直な言葉は苦笑で誤魔化し、並ぶアクセサリーと同じようにきらきらと瞳を輝かせる彼女の心の休息を、雨彦はさりげなくプレゼントすることにした。
「俺の背丈だと、女の髪飾りってのは結構目に入るもんなんだが、名前と使い方がいまいち一致しなくてな……
「ああ……そういうのもあるんですね」
 それは雨彦の本心でもあったが、どちらかというと雨彦の心を占めていたのは、あんなに物欲しそうに見つめられたんじゃ、ちょいと寄ってやろうって気にならない方が難しいぜ、だった。
「この、飾り板のついたかんざしは人気なのかい?」
「マジェステですね。私もたまに使ってますよ」
「へぇ……お前さん、普段は飾り気ないと思ってたんだが」
「ふふ、さすがに仕事では動き回るので落とすといけないですから、休みの日なんかに使ってるんです」
「普段はこれか」
「はい、シュシュです」
 平置きされたシュシュの隣、背の低いガラスタンブラーに刺さって並ぶ飾りヘアピンを手にとって、雨彦はしげしげとそれを眺める。
「こいつはどう使うんだい?」
「んー、そうですね、こうやって、髪の毛を留めたり」
 彼女もそれをひとつ手にとって耳の横に軽く当て、雨彦の求める「手ほどき」をする。確かに男の人には縁遠いのかもしれない、と雨彦の口から次々飛び出す質問に、勤務中であることを忘れない程度に彼女もゆったりと、ウィンドウショッピングを楽しんでいる。普段はどちらかというと、本当に、飾り気のない彼女のヘアスタイルだったが、いざこうしてヘアアクセサリーの説明を受けると、普段自分の知らないところではそれなりに、オシャレとやらを楽しんでいるのかもしれないな、と思えば、心の奥にあるどこか柔らかな場所が羽毛でくすぐられたような感覚になって、知らず雨彦は目を細めてそれを眺めていた。
「あの、葛之葉さん?」
「ん?」
「いえ……なんか、私ばっかり楽しんでるような気がして」
「いや、そんなことはないぜ。こっちも楽しんで勉強させてもらってるよ」
 顔に出てたか、とばつの悪そうな顔をして、雨彦は思わず口元を手で覆った。心理を読まれないようにするには反射的に口元を隠すらしい、と以前どこかで見聞きした雑学を思い出し、俺もまだまだか、と雨彦はまた、くすりと密かに苦笑いをした。
「で、この中からひとつ選ぶとするなら、お前さんはどれにするんだい?」
「え? んー、そうだなぁ……
 口調も表情もすっかり緩んだ彼女はシンプルなリボンのマジェステをひとつ手にとって、これかなぁ、と思い悩んでいるようだった。
「へぇ……そういうのがお好みかい?」
「マジェステもいくつか持ってはいるんですけど、リボンモチーフのものはそういえばなかったな、って」
「どれ」
 雨彦は彼女の手からそれをするりと取り上げて、彼女の後頭部にそっとあててニヤリと笑った。
「ああ……似合うぜ、お前さん結構華やかになるんだな」
「そ、そうですか……?」
 買っちゃおうかな、と気を良くした彼女の手にマジェステが戻ることはなく、え、と彼女が我に返った頃には既に、雨彦はレジで会計を済ませていた。
「ちょっ、あの」
「プレゼントさ。授業料だと思って受け取ってくれよ」
「い、いいんですか……?」
「あんないい顔されたんじゃ、ついプレゼントしたくなっちまうよ」
 とうとう本音まで出ちまったなぁ、と照れ笑いを隠して押さえて、雨彦は綺麗にラッピングされた包みを彼女の手に乗せた。
「仕事中はつけないから、つけてるところお見せできなくて残念ですけど」
「ほぅ……?」
 さて事務所に戻りますか、と歩き出した彼女の隣、雨彦はフッと笑って目を閉じる。すっかりご機嫌の彼女と歩幅を合わせながら、だったら、と雨彦は何の気なしに言ってみた。
「休みの日にそれつけて、俺とデートでもしてみるかい?」
…………は?」
 いやならいい、とすぐさま否定はしたものの、雨彦は心中まったく穏やかではなかった。ついノリで言っちまったな、と彼女を困らせないように、いつもの調子で誤魔化そうと顔を作った雨彦の台詞とほぼ同時に、彼女は雑踏に消えそうな小さな声で答えた。
「なんてな――
「いいですよ。プレゼントのお礼、になるかどうかはわかりませんけど、コーヒー一杯くらいならおごります」
…………は?」
 それから、何がどうなって、どうやって事務所に戻ったのかは二人とも、よく覚えてはいなかったが。

 二人のスケジュール帳の次の休みには、午前十時、の時間と待ち合わせ場所が小さく書き込まれていた。


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