@sugoidame
愚か君と虚構ちゃん**×
*
だれもみていない幻覚の話。
愚か君も虚構ちゃんもどこにもいないけれど、どこにもいない二人が幻覚を見ている。だれもみていないから幻覚も本当はどこにもない。
文の中では愚か君視点。虚構ちゃんには顔がなく、鳴き声と「愚か君」としか話せず、その言葉は自分しかわからない。虚構ちゃんの服、髪、声、虚構ちゃんを表す時の形容詞は白。
実際は虚構ちゃんは違う幻覚を見ている。虚構ちゃんの幻覚では愚か君に顔がなく、鳴き声と「虚構ちゃん」としか話せない。愚か君を表す形容詞は黒。
起こっていることは基本的に二人とも同じ。
幻覚の中に周期的に現世から死に瀕した人間がやってくる。条件は・助からないことが確定していること ・誰にも愛されていないこと ・自分自身だけに愛されていたこと ・未練があること
人間は一人ずつ入れ替わりで愚か君と虚構ちゃんの前に現れていき、救われて未練がなくなると元の世界に帰り、死んでしまう。
*
愚か君が見ている夢→その時に現れた人間の、その前に救われて帰っていった人間の記憶。愚か君、虚構ちゃんは「どこにもいない、誰でもない」のでそれを本当の記憶だと思って自分が誰なのか探そうとする。
文の中だと、
愚か君が最初に見た夢の主(飛び降り自殺をした人)
→
ハリー
→
十三月一日
の順に訪れている。
夢の主には当然過去に会っているのだが、次の人間が現れるとその前に帰っていった人間のことを忘れてしまう。
*
最終話の後半の夢はハリーの記憶。
紫の髪の男の名前がハリー。ヤンはハリーが書いていた小説の主人公で、タイトル。愚か君と虚構ちゃんの世界では人形をとっていた。
ハリーの未練は書き上げられなかった小説。ではなく、自分の存在意義がどこにもなかったこと。愚か君と虚構ちゃんの世界では自分の小説を否定(最初から何も書かない方が良かった)することで自ら存在意義を否定し、どこにも存在意義がなかったことを自ら許容することで未練が晴れた。
虚構ちゃんではなく、自分で自分を許した珍しいパターン。
文の中で自分の未練は小説を書き上げられなかったことだと言ったのは、ハリー自身が本当はそれが未練だったたらいいなと思ってそういうことにしようとしていたから。
*
実際は愚か君も虚構ちゃんもどこにもいないので人間は死に際にどこかへ意識が飛んだりはしていないし、未練も救われてはいない。
愚か君と虚構ちゃんは生でも死でも概念でもない。ただただどこにもいない。愚か君と虚構ちゃんはどこにもいないし、文の中で起こっていることは起こっていないし、この物語の必要性もどこにもないし、この物語の中に真実も虚構もない。
誰も見ていない幻覚だけど、誰も見ていない幻覚がある。
『この世界にはあまり正真正銘の真実というものはないけれどそれでも全てが虚構と言い切れるわけでもなく、例えば一部の生き物にとっては真実だけど客観的に見れば虚構だったり、虚構になりたいけどなりきれないものだったり、真実になりたいけどなりきれなかったりするものがある。』