@acbh_dmc4
導師の第一印象は、随分と穏やかなお方だというものだった。
遠目から若者と談笑しながら降りてくる初老の男は、柔和な微笑みを湛えて、落ち着いた甘い声色をしていた。
その伝え聞いた名声や数々の噂とは裏腹に、とても腰が低く、また茶目っ気があった。
時折さらっと恐ろしい事を口走って見せるが、それも彼の魅力として我が同胞達は揃って彼を慕った。
また尊敬する導師だが、揶揄うと可愛らしい反応が返ってくる。
だからついつい揶揄って彼を困らせてしまうが、そんな導師もナチュラルに私達アサシンを驚かせる。
彼の驚異的な身体能力だとか学習能力、そして誠実かと思えば時折おざなりになったりもする。
そして異国の慣れない土地で我々を引っ張っていくその健気な姿。
意外と流暢なトルコ語も、彼の能力の高さを物語っていた。
そんな導師がここコンスタンティノープルに来たのはマシャフの書物庫の鍵を求めて来たからだ。
その鍵を探す手伝いをしてあげたいとも思ったが、彼は自分の任務だからと同胞を頼らず一人活動していた。
最初の鍵を手にした導師は、私にその不思議な光る円盤を見せてくれた。
一目で不思議な力を秘めているとわかる。
その鍵の放つ光を見つめていると、どうにも不安な気持ちになったものだった。
この円盤は、触れても良いものだろうか?人になにか影響があるのではないだろうか?または運命をねじ曲げてしまいそうな?
だが導師はそれを求め、今日も書物庫の鍵の手がかりを探し求めて出かけて行ったのだった。
「ユスフ、戻った。無事2つ目のマシャフの鍵を手に入れることが出来たぞ」
「これは導師!順調なようで安心し……」
導師の声が聞こえて嬉々として彼を迎えようと振り返る。
すると目の前の男は声や身に纏う濃い灰色のアサシンローブは導師そのものなのに、その深い影を落とすフードの奥に違和感を感じた。
心なしかちらと見える肌や髭に張りがある気がする。
というか、年相応にうっすら混じり始めていた筈の白髪の混じる髭が、黒々としているし、短く整えられている。
思わずフードの闇を見通そうと導師の目を見つめれば、私の妙な態度にコテンと首を傾げた。
「どうした?ユスフ。私の顔に何かついているかな」
「い、いえ…導師…その、何か雰囲気が変わりましたな…?」
きょとんとしているのだろう、導師が暫し固まり、次いで自身のフードを後ろに引き落とした。
すると、おでこに掛かるさらりとした前髪、肩に落ちる漆黒を閉じ込めたような艶やかな黒髪が彼の肩に降りた。
太陽の様に煌めく琥珀の宝玉が私を見つめ、扇のように長い睫毛が彩る瞼がパチリと瞬く。
通った鼻梁に形の良い少しだけ厚い唇はバラ色だ。
口元を飾る黒々とした無骨な髭は、彼の美貌にミスマッチかと言えばそうではなく、威厳を感じさせた。
しかし髭がなければ実年齢よりもきっと若々しく見えるのだろう。
思わず彼の美貌にあんぐりと口を開け、マジマジと凝視してしまった。
「ユスフ?疲れでも顔に出てしまっているのだろうか?」
「………ええ、と…貴方は導師の…………ご子息で?」
「何を言っている?私に息子など居ないが…」
目の前の美丈夫が困惑した顔をする。
そして、パラリと目に掛る前髪に気付き、髪をかき上げた。
「?」
パラリと前髪が元居た位置に戻ると、美丈夫は不思議そうに己のサラサラの黒髪に触り、怪訝な顔をした。
更に耳にかけられていた一房の長い髪がハラリと解けて頬を優しく擽ると、美丈夫は初めて自分の髪に気付いたと言わんばかりに己の髪に触れ、目の前へと摘まみ上げた。
「?!髪が伸びた??!」
素っ頓狂な声を上げ、大層驚いている美丈夫が私を見つめてオロオロしている。
狼狽え方が導師と全く一緒だが、そんな捨てられた子犬のような可愛らしい目で見られてもトキメキしか湧かない。
一先ず鏡でも見てみるかと提案すれば、涙目で頷いていた。
教団の寝所にある姿見の前まで美丈夫を案内すれば、自分の姿を見た途端、また酷く狼狽えられた。
自身の髪が解けているのがそんなにショックだったのだろうかとボンヤリ思ったが、只ならぬ美丈夫の雰囲気に一先ず近くのベッドへと腰かけさせ、落ち着くようにと飲み物を渡してやった。
礼を言って受け取り、カップに口をつけてゆっくりと飲み乾していく。
ようやく落ち着いた様子の美丈夫が、大きくため息を吐いてから懐からマシャフの書物庫の鍵を取り出した。
「これを手に取ったせいだろうか?まさか、こんな事になるとは…」
「髪の毛以外に何か問題でもあったので?」
「ユスフ、君は私が若返ったように見えるか?」
「…若返った?ええっと…取り合えず、同い年位…ですかね?もっとお若いようにも見えますが…」
「ああ、やはりか…」
愁いを帯びた眼差しがスィと下に落ちる。
そして自身の掌や手の項をくるくると回しながら見つめ、そして私を強い視線が捉えた。
「こうなってしまったものは仕方がない。ユスフ。信じられんだろうが、私はエツィオ・アウディトーレだ」
「導師のご親族?」
「いいや、その導師本人なのだ。理由は分からんが、多分この鍵を手に取った時、不思議な事が起こった。その際に若返ったのかもしれない」
大真面目に語る美丈夫は、私がポカンと彼の顔を見つめ続けると、徐々に眉をハの字に下げて困った顔をした。
その仕草や表情の変化は見知った導師のもので、彼が若返ったかはともかく、きっと導師に近しい者なのだと感じた。
「どういうことなのか私では理解しかねますが…分かりました。とにかく、いつもの導師を取り戻すために私も協力しますよ」
「有難う、ユスフ!」
ホッとして破願した彼の目から、ほろりと一粒の雫が滑り落ちた。
****
ユスフの機転のおかげで、他のアサシンには元の姿の私は一時ローマに戻った事にし、代わりに甥と言うことになっている若返った私が派遣された事になった。
ユスフとしても機転、というよりはそう辻褄を合わせてくれただけで、完全に私の若返りを信じた訳ではないのだろう。
それでも変わらぬ彼の態度には心からホッとし、思わず涙ぐんでしまった。
しかし若返って良かった事と少しだけ気になることが出来た。
良かった事は、街中を歩いていると、女性からの視線が昔の様に熱いものが増えたのと、体が軽くなった事、そして何故だか刺客の存在にいち早く気付けるようになったことだった。
刺客は私の風貌を見て悩むのか、躊躇を見せる。
一瞬の変化ではあるのだが、不躾に私に視線を向け、人気のない場所へと移動すればついて来るので非常に分かりやすい。
また年齢の変化と言うのは大きいもので、活力に満ちていた頃の年齢まで若返ると、体が軽く、飛ぶように移動が出来る。
しかし体が軽いという事は、余分な筋肉が削がれているとも同様のようで、少々筋力が下がったように思う。
私は未だ現役で各地を飛び回るべく、若いアサシンに引けを取らぬよう鍛え続けていたため、かなりパワーがあった。
40代の時分も鍛えてはいたが、その頃よりも強靭になっていたようだ。
己のこれまでの変化をその身で感じつつ、自ら諜報活動をする。
いつものようにテンプル騎士に絡まれている市民を助けつつ、教団員も確保していった。
助けた勇ましい女性からの熱い視線を受けつつエスコートをしてから街中を歩く。
この見た目なのだから一般服に着替えて街の観光でもしたい誘惑にかられる。
常にない状況に気分が高揚しているが、浮かれて窮地に陥っては笑えない。
ある程度の活動はしたので、大分早いが今日はもう終えてガラータに戻ろうかと体を反転させた。
道すがらソフィアの書店の前を通りかかる。
彼女の美しい微笑みを思い出して、思わず体が彼女の店の扉へと向かっていた。
(そろそろソフィアは地図の解読を終えただろうか…)
いつもより早い訪問になるが、ソフィアが今の私を見てどんな反応をするのか興味があった。
この姿でなら彼女との年の差も然程気にならない。
いつも以上に奥手になっている自分が本領発揮しても許されるだろう。
心浮くままノックも軽く店に入ると、奥の執務机で夢中になって地図を眺める彼女を見つけて思わず笑みが零れた。
部屋に入ったことを未だ気付かない彼女を微笑ましく思い、念のため声をかける。
「開いているかな?」
部屋の扉をコンコンと叩いて声を掛ければ、一拍遅れて彼女が顔を上げた。
「エツィオ!今度は随分早いのね。でも次の写本の位置の解読はまだ終わっていなくて…あともうちょっとなんだけど」
「ああ、構わない。ちょっと顔を見に寄っただけなんだ」
「まぁ、じゃあゆっくりして行…って」
ソフィアがポカンとした顔で私の事を見つめる。
恐らく私をエツィオ・アウディトーレと認識してくれることはないだろうと思い、フードは被ったままだ。
ユスフと同じで私への違和感を感じたのだろう、ジッとその美しい目を私に向けていた。
「その…貴方、本当にエツィオ?」
「そうだな。どう思う?」
「ええと…確かに声は彼だけれど…なんだか雰囲気が違うわ…ちょっと痩せた?」
痩せたと言われて思わず失笑する。
率直な意見だと彼女の発言が思わずツボに入ってしまい、中々笑いが引っ込まずに彼女の機嫌を損ねてしまった。
可愛らしく唇を尖らせる彼女に笑ったことを詫び、そしてフードを下ろした。
「あなた、……エツィオの、息子さんとか…?」
私の姿に驚いて大きな目をさらに見開いて口をパクパクさせている。
そして私を私の息子かと問うその声が、心なしか傷付いたように聞こえた。
「いいや、息子ではない。だが、信じられないことを言っても良いかな?私はエツィオ本人だ」
両手を広げて彼女に事実を告げてみる。
きっと信じてもらえないだろうとは分かっているが、それでも彼女には私の事を認めて欲しかった。
そして、出来るのならばこの姿で彼女とこの街を散策してみたい。
「揶揄ってるの?」
「いいや、だが君にも話しただろう?君に解読してもらって得た書物と遺跡から得た鍵を手にして戻ったらこの姿になっていたのだ。正直私自身も驚いたが、あれらの不思議な遺物に関わって何かしら影響を受けてもおかしくはないのだろう」
「でも、信じられないわ」
疑うように目を細める彼女に、苦笑した。
高望みなのだ。それは分かっている。
元々期待していたわけではなかった。だからどうやってこの場を誤魔化そうかと、寸の間考える。
すると彼女が私の顔をじっと見つめてから、私に近寄り、手を取って微笑みかけた。
「貴方は…エツィオね。そんな傷付いた顔しないで」
「信じていないだろう?」
「ううん。反応が貴方だわ。ここまでそっくりには親族でも出来ないでしょう?だから信じる」
急に私を信じるという彼女に呆気にとられる。
「貴方って昔から天然だったのね。それにとっても可愛いから心配だわ。この国の女性は比較的控えめな方だけれど、あなた男性の方にはちょっかい掛けられていない?」
「元の姿では最近おかしな輩に絡まれる事はなくなっていたが…そうだな、気をつける」
「そうして。なんだか隙だらけに見えるから心配だわ」
導師となった私が隙だらけに見えるとは、面白いことを言う。
そんな彼女に尚愛しさを募らせながら、思わず失笑してしまう。
「本当よ。直ぐに涙目になるんだから。昔からそんなに泣き虫なの?」
「泣き虫だって?何故そんな評価になったんだ?」
「だってさっき泣きそうになってたもの」
「嘘だろ…いや、なんというか…年を取ると涙腺が緩むと言うか…いや、そもそも本当に涙目だったか?」
呆れたように私を見つめる彼女に、嘘はついていないのだと分かり情けない気持ちになる。
昔は思ったことが顔に出るタイプだったが、アサシンとなって年を経て、感情を隠すことに長けていった筈だ。
いや、きっと心安らげる彼女の前だから気持ちが緩んでしまったのかもしれない。
そう思い直し、信じてくれたのならと、先程思い付いたばかりのデートを提案してみることにした。
「ところで、私は暫く仕事を休むことになったんだ。こんな姿なのでな。折角だからこの国をゆっくり観光して周りたいと思うんだが、案内を頼めないだろうか?」
「ええっ?!その姿で外に?いいけれど、顔はしっかり隠した方が良いと思うわ。狼の群れに羊を放り込むようなものだもの。それか護衛を雇うとか…」
「…?私はこう見えて腕っぷしには自信がある。わざわざ護衛を雇わずとも君を守ってみせるよ」
「私じゃなくて貴方だわ。とにかく、外へ出るなら顔は隠して?」
ソフィアにしきりに顔を隠す様にと念を押される。
出来れば若々しい(それでもソフィアより10は上だが…)年の近い今の私を見つめてもらいたい。
顔には自信があるのできっとソフィアも胸をときめかせてもらえると思ったのに、どちらかと言うと彼女は年上好きなのだろうか?
「職業柄、このローブは制服みたいなものだが、職務外でこれで歩き回るのはあまりよくない。一般服を着て歩きたいと思っているんだが…」
「一般服で仮面は被れないわね…うーん、その服ならフードを被ればまだ自衛できるのだけど…」
「ソフィア。さっきも言ったが、暴漢の類への対処は心得ている。そんなに心配をしないでくれ」
「でも、本当今の貴方って魔性だから心配になるのよ」
「うーん、魔性だの美人だのは良く揶揄われて言われる事もあったが、そこまでかな?」
「その人も揶揄って言った訳じゃないと思うわ。貴方って自覚がないタイプなのね。周りがガッチリガードしてたのかしら…」
一人納得している彼女に苦笑し、彼女を説き伏せて外へと誘う。
それでも渋る彼女に、これから外出するときに着る衣服を彼女に選んで貰おうとお願いした。
なるべく地味になるような服を…と悩む彼女の腰を抱いて扉へとエスコートする。
そして初めての彼女とのデートの第一歩を踏み出そうとした時、弟子のアサシンが物陰からドサドサと雪崩落ちて来た。
ガラータに居た弟子たち全員ではないだろうか、そこかしこの物陰から表に倒れ込み、私の方を凝視する弟子たちに面食らった。
何人かには着けられている(のか見守られているのか)のは分かっていたが、いつの間にこんなに数が増えたのだろう。
私の指示で動かすアサシンをガラータを出るときに5人ほど選んでいたが、見える範囲に20名ほどは倒れて呆けた顔で私を見つめていた。
「お前達…何故ここに…」
「……ユ、ユスフ殿より貴方をお守りするようにと言いつかりました」
いち早く正気に戻った者が私の問いに答える。
そしてユスフからの使いだとしても、果たしてこんな人数は必要だろうかと思わず顔を顰める。
しかし、私のエスコートを受けていたソフィアが嬉しそうに手を打ち鳴らしてから私を仰ぎ見た。
「あら!調度良いわ!彼ったら素顔のまま街を歩きたいなんて言うの!彼を護るために護衛をお願いできるかしら?」
「ソ、ソフィア?私は大丈夫だとあれほど言って…」
折角のデートにお邪魔虫集団が居たら台無しだと、慌てて拒否しようとしたが、ソフィアの申し出に辺りのアサシンが一斉にざわつき始めた。
何事かと彼らを見れば、先ほど私に応えた弟子が慌てたように口を開いた。
「素顔のまま?アウディトーレ殿!それは自殺行為と言うものです!テンプル騎士以外に貴方を狙う者達が列をなして追ってくる事になります!」
「これ以上ストーカーを増やしてどうするんです?!」
「導師だってよく貞操を狙われ襲われていると言うのに、貴方たち一家は自覚が足りなすぎるのでは?!」
「スルタンに召し上げられるかもしれないのに!」
「って言うか早くフードを被ってください!危険です!」
出待ちをしていたアサシン達が一斉に私を非難する。
そんなに見た目が弱々しいと言うのだろうか?顔はともかく、体はここにいるアサシン達にだって負けないくらい逞しい自信がある。
もしくは私の実力を目にしていないから侮られているのだろうか?
確かによく刺客に付け狙われていて、襲われはしているが尽く撃退しているし、わざと背後を取らせているのは、私が被害者であると、正当防衛なのだと皆に知らしめるためだ。
上手く誘い出して路地裏で始末する事も多いのだが、まぁ、弟子たちに見えない所で処理をしているから知られてないのだろう。
思わず眉尻を下げて困った顔をしてしまったら、目の前の者たちが何故か突然(鼻)血を噴き出して倒れ始めた。
「ああ、もう!エツィオ!やっぱり外出するのは止めましょう!とにかく家に入って!」
グイグイと背を押され、彼女の店舗へと押し込まれる。
扉の外の惨状を放っておいていいのだろうかとチラチラと扉を気にしていたら、ソフィアが私の顔を両手で挟んで彼女の方に強制的に向けさせられた。
「もう、嫉妬する位綺麗な顔ね」
「君の方が美しいと思うけどな」
「貴方って若い頃は相当遊んでたでしょう?」
ジト目で見られて、そんな顔の彼女も可愛らしいと思わずニヤけてしまった。
そんな私の様子に、頬を染めつつも呆れたような顔をするソフィアに暖炉近くの椅子へと腰かけさせられて、もう一度落ち着くことにする。
ソフィアは一旦部屋から下がると、お茶の準備をしているのか奥から茶器の音が響いた。
「街中の観光は貴方が元に戻ったら一緒にしましょう?あの調子じゃあ貴方の保護者達も気が気じゃないでしょうから」
「私はそんなに頼りなく見えるのだろうか。これでも本当に実力はあるのに…だが先程のは私も少々プライドが傷ついてしまった」
「ああ、さっき親とはぐれた子猫みたいな顔していたものね」
可愛いものに例えられるのは随分と久しぶりな気がする。
懐かしいような新鮮なような気持ちで彼女の感想に肩を竦めると、出された甘い茶に口をつけた。
****
ソフィアとの交流を経て、次はスレイマン殿下に暫くの私の不在を説明せねばと思いついた。
王族との繋ぎの為にも、こういうことは速やかに気配りしておかないとならない。
いつものようにこっそりと忍び込んで、スレイマン殿下に目通りしようと、いつも彼がいるバルコニーへと忍び込んだら声をかけられた。
「エツィオ殿?」
まんまるな目をして私をまじまじと見る彼は、その聡明さからか若返ってしまった私を私と認識してくれたようだ。
思わず感心して笑みを浮かべるが、その次の瞬間に目の前の青年から厳しく睨みつけられた。
「の、ご子息ですか?」
殺気すら感じる不穏な空気に、私は思わず一歩後ろへと下がってしまった。
どうやら「息子」と名乗ってはいけない空気をひしひしと感じる。
「……いいえ、私はエツィオの甥です。伯父上が暫くローマへと呼び戻され、急遽私がコンスタンティノープルに派遣されたのです…」
「ああ、なるほど。そうだったのですか。ああ、失礼。私はスレイマン。君の伯父上とはとっても仲良くさせていただいている。…とってもね」
「はい。俺は…ドメニコと申します」
急ににこやかになった王族の態度に思わず引いてしまった。
どうやらそこそここの青年には慕われているようで、嬉しい反面、先ほどの殺気は一体なんだったのかと首をかしげる。
するとやはりギラリと形容出来る鋭さでもう一度睨みつけられてタジタジになった。
「いや、しかし貴方は仕草もエツィオ殿にそっくりだ。本当に彼のご子息ではないのですか?」
「ええ、母にも伯父上にそっくりだと常々言われておりますが、違いますよ…」
なんとか納得してもらい、いつもの人懐っこい笑顔を取り戻してもらえた。
「でも…ドメニコ殿は私の伯父上の前では顔を曝さないことをお勧めします。
エツィオ殿には負けますが、美しい顔をお持ちだ。きっと召し抱えて寵愛されてしまう」
「えっ?」
「出来たら私は貴方の伯父上の方を寵愛したいのですが、彼にはやることがあるようですし…暫くは静観ですね」
なんだかよく分からないが背筋をゾクリと怖じ気が走った。
気のせいだろうかとスレイマン殿下に先程の言を聞き返そうとしたら、慌ただしい足音と呼び声に遮られてしまった。
「スレイマン!ちょっと話があるのだが…と、マルチェッロ?」
アフメト王子が慌ただしくバルコニーへと現れる。
警戒心の強い目で私とスレイマン殿下を見やる。
スレイマン殿下はアフメト王子から私を隠す様に立ち塞がって、優雅に挨拶を返した。
「ええ、伯父上。ではドメニコ、また今度遊びに来てくれ」
「ん?ドメニコと言うのか?マルチェッロと同じ服装だが…いや、見たところ若そうだな。顔を見せてみよ」
「伯父上、ドメニコは少々忙しい身の上なのです。これから急ぎの用があるとかで」
「時間は取らせんよ。さぁ、顔を見せてみよ」
アフメト王子は私の方へと大股で近寄ると、私のフードを引き下ろしてまじまじと私の顔を見つめた。
品定めされるような、舐める様な視線で見つめられて不快感が沸き上がる。
この視線は知っている。
よくテンプル騎士団の雑兵に浴びせられるものと同じだ。
「伯父上!もうそれくらいでいいでしょう?ドメニコ、さぁ用事があるのでしょう?もう行きなさい」
スレイマン殿下が私のフードを被せてアフメトから引き離す。
私はそれにホッとしてスレイマン殿下に微笑めば、アフメト王子が私を引き留める様に二の腕を掴み、逃げぬようにと押さえられる。
「ドメニコと言ったな。用事とやらが済んだらすぐにまたここへ戻れ。君に話がある。ああ、それとマルチェッロ殿もいるなら呼ぶように。折り入って話がある」
「……伯父は所用で国に帰りました。俺はその代わりで一時的にこちらに居るだけですので」
「伯父上、ドメニコも直ぐにここを離れるのです。こちらに呼ぶのは無理かと」
「ならばその用事とやらを延ばせ。次期スルタンの命だぞ。お前を徴用する。望むのならば、お前たちの組織の支援でもなんでもしてやる。お前の穴が埋まるようにな。私にはそれだけの力がある。悪い話ではないだろう?」
ぐいと腕を引かれ、逃がさんとばかりに更に引き寄せられる。
その瞬間、私の弟子たちがどこからともなく姿を現した。
スレイマン殿下との会合のために彼らは下がらせて城には入らぬように指示していた筈だが、やはりソフィアとの逢瀬の時と同じく、かなりの数の弟子たちが殺気も露わに至る所から姿を現した。
その様子を見ていたスレイマン殿下は慌てて私とアフメト王子の間に割って入ると、伯父の腕を取り、引くようにと低く囁いた。
「伯父上…ここは穏便に事を済ませるべきです」
「私の命が聞けぬと言うのか?私は次期スルタンだぞ。私に手を出せばどうなるか分かっているのか?」
「伯父上!良く周りをご覧ください!そんなことで引くような者達ではありません」
「くっ…ドメニコ…一言私に仕えると言うのだ。そうすればありとあらゆる権限や待遇を約束しよう。お前の望むものは全てだ!富も名誉も与えてやる」
「残念ですが、私も近々国に帰らねばなりません。弟子たちも殺気立っておりますし、スルタンと事を構える事はしたくありません。
アフメト王子、どうかご容赦を…」
アサシン達が投げナイフの構えを取る。
一触即発のこの事態に、アフメト王子は歯ぎしりをして、私を掴むその腕を離した。
弟子の中のリーダー格の者が咄嗟に私の方へと駆け寄り、アフメト王子から引き離し、まるで護るように私を促した。
またもアサシン達の過保護っぷりに情けない思いをする。
ローマでの活動時でさえ、多少気が利きすぎる弟子たちに守られるようにして過ごしてはいたが、ここまで酷くなかった。
人数だって私が指定した以上の者は着いて来なかったし。まぁ私についていく弟子達の熾烈な争いがあったことは知っているが。
「それにしたって過保護が過ぎると思うのだが」
「導師の大事な甥御様ですから、万が一があってはなりません」
「それに導師にも同じくらい着いていましたよ。与えられる任務を速攻で終えて皆駆けつけていましたから」
「ええ、導師に撒かれる事もよくありますが、おかげで追跡は結構得意になりました!」
なんてことだ…今回も完全に気配を消していたようだし、確かに弟子たちの精度は上がっているようだ。
これは導くものとしては喜ぶべき事なのだろうが、なんだって私を庇護するために動いているのか。
私だってアサシンとして相当な実力を持っているのに。
思わず顔を顰めてしまうと、何故か弟子たちの後ろでアフメト王子が(鼻)血を吹いて倒れ込んでしまった。
それに気づいたらしい弟子が、私の被っているフードをさらに引き下げてから背を押してここからの離脱を再度促した。
「私は、エツィオに多大な興味がある。ですが、伯父の様に無理強いなどはしないですよ」
去り際、背後から弟子に向かってスレイマン殿下が穏やかに話す声が聞こえた。
気になってチラリと背後を振り向けば、スレイマン殿下が私の方を振り向き、にこりと爽やかに微笑みかけて来た。
「いくらあの人の弟子や親族と言っても、彼が私を選んでくれるのなら、誰も文句は言えませんよね?」
穏やかな物言いではあるが、何処か彼の声には迫力があり、ゾクリと背が粟だった。
弟子に連れ去られるようにその場を離れると、私は真っ直ぐガラータへと連行されてしまうのだった。