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【オルナイ】魔の目(下)

@sin_niya_b
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2019-11-11 23:04:12

2.

 神殿といっても跡地である。柱と屋根の一部は残っているが、壁らしきものはほとんど無い。そしてその神殿跡地を、人間でも獣でもない影がゆっくりと移動している。少し離れた位置からそれを目視した騎士たちは、そっと息を吐いた。
 大きな――馬が一頭すっぽりおさまる程度の――球形の肉塊。その球体を覆うように人間の臓物めいた触手が何本も蠢いている。足に類するものはなく、地面から少しだけ浮かび上がっており、動きは緩慢だ。目は今のところ確認出来ない。触手の下に完全に埋まっているようだ。
 柱の間をゆるゆると移動するルナゲイザーの姿を見ながら、ジェラルドはわずかに眉を寄せる。そして隣で真剣な面持ちで魔物の様子を窺っているアデルベルトの方を見た。
「遮蔽物が多いな……いけるかフェニング卿?」
 神殿跡地に視線を走らせていたアデルベルトは、ほとんど表情を変えずに頷いた。
「問題ありません、配置につきます」
「よし、頼んだぞ」
 アデルベルトは身を翻すと小走りに神殿とは逆方向に向かった。それを見送った後、残った二人に視線を向けるジェラルド。
「では、打ち合わせ通りに」
「了解」
 三人はぎりぎりまで神殿跡地に近付いた後、ジェラルドの目配せを合図に一気に飛び出しルナゲイザーへと肉薄した。かの魔物を覆っている触手がざわりと蠢く。体に前後があるのかは定かではないが――便宜上目のあるだろう場所が正面とされる場合が多いが、今はその目がどこにあるかも確認出来ない――、ぐるりと回転して向きを変えると魔物は騎士たちへとその触手を伸ばした。
 騎士たちの予想通り、いきなりその目が晒されることはない。ルナゲイザーにとって“狂気の魔眼”は最大であり最後の武器だ。確実に敵を捕捉できると判断した場合――多くの場合それは不意打ちである――にしか使われることはない。多量のマナを消費するというのもあるが、彼にとって目とは最も重要な器官のひとつであり、弱点でもあるからだ。
 ルナゲイザーの核――獣における心臓にあたる、潰せば生命活動を維持できなくなる器官――は体の中心部にあり、深く斬り込まなければ潰すことは出来ないが、その表皮は見た目に反して強靭であり通常の武器で破ることは困難だ。唯一奥まで攻撃を通すことの出来る柔らかな部位がその眼球である。だがルナゲイザーの瞼は他の部位よりも更に堅く頑丈であるため、開眼を待たねばならない。……つまり開眼した瞬間こそが最大の攻撃チャンスである。しかし、ルナゲイザーが開眼するということは、その視線に晒されるということでもある。開眼させるタイミングをこちらで任意に指定出来れば良いのだが、勿論そんなことは出来ない。
 目さえ開かなければ、ルナゲイザーはそこまで恐ろしい魔物ではない。触手の動きは素早くはあるが騎士たちが遅れを取るほどではなく、鎧を貫くような強度も無い。……万が一その触手がグリフォンほど速く、リュカオンほど強かったとしても、彼らを打ち倒すことは出来ないだろうが。
 三人の騎士は二人が前、一人が後ろという陣形を組んでいた。後ろの一人はヒューゴであり、ほとんど攻撃には参加せず周囲の空気を探ったり己の指を屈伸させたりしているようだった。そして前の二人はジェラルドとウォルターであるが、彼らは……まるでひとつの生き物のようだった。
 ジェラルドとウォルターは二人とも片目の視力が無い。ジェラルドは左、ウォルターは右の光を見失って久しい。つまるところ彼らは不具であるのだが、それを感じさせない身のこなしでルナゲイザーと渡り合っている。それぞれが見えない位置をそれぞれに託している。半分の視界を失っているにもかかわらず、恐怖が無い。触手による攻撃は正確に盾でいなされ、一撃たりとて彼らにダメージを与えることは出来ていなかった。それどころか、彼らの振るう剣は柴でも刈るかのようにルナゲイザーの触手を切り落としていた。
 ルナゲイザーの体表を覆う触手の量が減っていくにつれ、大きく横方向に入っている切れ目が露わになってゆく。瞼だ。球体の半面を横断するそれは、口のようにも見えた。ウォルターの剣の一撃が、薄く体表を削ったそのとき、ルナゲイザーの瞼が震えた。鋭い声が飛ぶ。
「ラッセル!」
「わかってますよ……!」
 ふ、と息を吐いて周囲のマナを手繰るヒューゴ。攻撃手段だけでなく目を守る役割も果たしている触手を失い耐えかねたルナゲイザーの目が開くのと同時、その視線が彼らを捉えるより先に閃光が周囲を塗り潰した。
 視線を回避するにはどうすれば良いか。手っ取り早いのは遮蔽を取ること、相手の視界の範囲から逃れること。……「見えない」ように隠すこと。ルナゲイザーが視認可能な距離や明るさはそこまで特異ではない。つまり、目眩ましは可能なのだ。
 けして魔術の扱いに長けているわけではないヒューゴであっても、微調整なしに思いきり光のマナを活性化させるだけなら可能だった。地上に太陽が落ちてきたかのような輝き――目を閉じた騎士たちでさえその眩しさを感じるほどの――はルナゲイザーの至近距離で炸裂し、その視線を拡散させる。
 そしてその輝きは灯台となる。神殿跡地から少し離れた場所にある高台で弓を構えていたアデルベルトにとって、それは十分目印として機能した。光魔術で強化された目はルナゲイザーの目が光に眩んで瞼を開けたまま硬直しているところをはっきり視認していたし、ぎりぎりと強弓を引く腕もまた光魔術の加護を受けている。
 びょう、と空気を鳴かせながら飛び出した矢が柱の間をすり抜けルナゲイザーの目に突き刺さった。残り少ない触手がのたうつ。が、どうやら攻撃が浅く核まで届いていない。その目が再び焦点を結びかけ、再度光を炸裂させようとしたヒューゴは指先の痺れに舌打ちをする。一度に大量のマナを扱ったせいで“帯電”している、術式を組むには少しの放出期間が必要だ。
 ルナゲイザーが、彼らを「見た」。
 前衛の二人、ジェラルドとウォルターが数歩よろける。偶然彼らの影に入っていたため視線から逃れたものの、ヒューゴの血の気が引いた。この先輩二人がもし周囲に危害を加える方向に狂えば己では止められない――下手をしなくとも死ぬ――。迷ったのは一瞬、ヒューゴは一か八かの賭けに出た。
 盾を構え、体当たりをするようにルナゲイザーに突撃する。そして、その目から生えた矢を、盾で思いきり押し込んだ。深々とルナゲイザーの体内に潜り込んだその切っ先がなにかを貫くような手応え。びくんと痙攣した肉塊が、地面へと落下しどろどろと崩れてゆく。かすかに吐き気を催すような臭気が立ちのぼる。肩で息をしながら冷や汗を拭ったヒューゴは、恐る恐る先輩二人の様子を確認した。
「ん、……あ……?」
 ぱちぱちと瞬きをしてから周囲を見回す二人の目には理性の光がある。ヒューゴは胸を撫で下ろすと、よかったあ!と思わず出たといった風な安堵の声をあげた。
「無事ですか!?」
 そこへ光の尾を引きながらアデルベルトが走ってくる。彼の位置からも己の一射でルナゲイザーが倒しきれなかったのは確認出来ただろうから、恐らく全速力でこちらへ戻って来たのだろう。ルナゲイザーの姿がない――地面にどろどろとした残骸だけが残っている――ことを確認し、ほっとした様子ではあるものの申し訳なさそうに眉は下がったままである。
「申し訳ありません、狙撃が甘かったですね」
「いや……いや、卿はよくやったとも、あの遮蔽物の数ではね……」
 まだぼんやりとした様子でアデルベルトを労ったジェラルドは、己と同じくまだ意識のはっきりしない様子のウォルターの肩を叩いてから、ヒューゴの方を見た。
「ラッセル卿も。卿がいなければ危なかった」
「へ、いや、とんでもない……」
 すわりの悪そうな顔で口ごもったヒューゴは、己の手が少し震えているのに気付いてそっと深呼吸をした。


 ……こうして“狂気の魔眼”を持つ怪物、ルナゲイザーは討伐された。
 被害は部隊が一つのみ――「のみ」と言うには少々大きい犠牲ではある――、一般国民への大きな被害は出さずに済んだ。なのでこの事象については後世まで記憶として伝わることはなく、ただの記録として残るだけにとどまった。
 それで良い。
 世は並べて事も無し。All’s right with the world!


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