@toasdm
そういった流行に乗るようには思えなかったが、しかし無邪気にチョコレート菓子を手にした玄武の様子は彼女の心を浮つかせた。これも買おうぜ、と歯を見せて笑う玄武の顔はスーパーの中で、随分と幼く見えたのだ。エコバッグを手にして、随分と日が落ちるのが早くなったと玄武が見上げた空には星がちらほら瞬いていて、寒いね、と彼女が見上げれば、そうだな、と玄武が見下ろした。
誰かが自分の為だけに、心を込めて料理をしてくれる喜びは、玄武にとってただの毎日を特別な毎日にしてくれるものだった。医食同源をそのまま形にしたような、栄養バランスも彩りも、量も全てが玄武に合わせてカスタマイズされた彼女の手料理は、玄武の毎日をすっかり彼女色に染め上げてくれていた。こうして一緒に買い物すること自体も心が躍ったし、自分の人生に誰かが寄り添ってくれる喜びは何ものにも代え難いものだった。
「玄武くんでも、そういうのやるんだね」
「ん、ああ……浮ついたもんは得意じゃねぇがよ」
夕食の後片付けをしながら、二人はキッチンで何気ない会話をする。それをいつものこと、と呼べる喜びを噛み締めながら、玄武はふと、今日電車の中で耳にしたゲームの話を思い出した。
そういや、そういう目的で買ったんだったな、と拭いた皿を片付けながら、玄武はキッチン脇に避けておいたチョコレート菓子の赤い箱をちらりと見た。
「番長さんといちゃこく千載一遇の好機、逃す手はないぜ」
「っふふふ、そっかぁ」
玄武は彼女から発せられる、若くて可愛いなぁ、という余裕の目線に多少むっとしながらも、悪からず思ってくれているのだという安心感を得る。番長さんが良けりゃよ、とこちらも同じく皿を戸棚に仕舞った彼女が振り返るや否や、玄武は真正面からそっと優しく、彼女を抱きしめた。
「食うかい?」
「食後のデザートですか?」
違いねぇ、と苦笑して、玄武は腕を伸ばしてチョコレート菓子の箱を取る。ぺりぺりとパッケージを片手で開けようとして、片手じゃ無理か、と開封口を歯で軽く噛んでビッと開けるその動作に、彼女の目線は釘付けになる。
「妙なこと連想してねぇかい?」
「し、してないしてない!」
夜、ベッドで、何か別なものを開封するようなその仕草にドキリとしたことを指摘され、彼女は慌てて目線を逸らす。腕の中で小さくなっている彼女を、多少からかってやろうかという気分になったのは、そういった、彼女の隙が原因だったのかもしれない。
「番長さんとじゃ背丈が合わねぇ、なっ」
「う、わっ!?」
チョコレートの付いている方を口に咥えて、玄武はそのまま、彼女の腰をガッと抱きしめ持ち上げて、顔の高さを合わせてやる。
「ん」
ほらよ、と差し出されたそれを咥えることに抵抗があるかないかでいえば全くなかったのだが、ただ。
「番長さん、溶けちまうから」
普段は、見上げていることが多い玄武の顔を、真正面から同じ高さで見るのは枕を並べるときか、こういうときでしかない。見慣れないそれに表情が忙しくなって硬直した彼女に痺れを切らして、玄武は溶けかけたチョコレートごとぽりぽりと、咥えた一本を食べてしまった。
「ああ、溶けちまった」
困り顔で苦笑する玄武は、仕返しとばかりに彼女を抱きなおすと顔を近づける。眼鏡の奥の涼しげな瞳がすっと細められ、うぁ、と思わず声が出る彼女を抱えて玄武は、さらに彼女を高く持ち上げた。
「番長さんがとっとと食ってくれねぇから唇にチョコがついちまった」
舐めて取ってくれよ、とにやける玄武の表情は、年相応かそれより幼いくらいの悪戯顔だ。目を閉じてそれを待つ玄武の唇に、彼女はおずおずと舌先を伸ばす。
「ん……」
「フ…………ッ」
美味佳肴とはこのことかい、と苦笑して、玄武は彼女を抱えたままキッチンを後にする。え、あれは、と赤い箱を指す彼女に、玄武はチョコレートの残る唇を綺麗に歪めて言った。
「デザートなら、今抱っこしてるぜ」
先ほどまでの幼い印象がどこかへ消えてしまったように、玄武は妖艶に微笑んだ。