@toasdm
「失礼」
透き通るような声はしかし、凛として、存在感と有無を言わさないような圧力があるように感じられた。声に続いて伸びてきた手が、彼女の肩に無遠慮に乗せられていた手を優しく払いのけ、彼女にしつこく声をかけていた男二人は怪訝そうな顔で、彼女の隣にすっと立ち並んだ圭を睨んだ。
「なん――」
「僕のフィアンセに何か用、かな?」
「?!」
一瞬固まった彼女は反射的に圭を見上げ、ごく自然な流れで繋いだ手の指を絡めながら、圭はちらりと視線だけで彼女を見下ろす。
大丈夫、僕に任せて。
そう言っているようなクリアな瞳には、彼女が今まで見たことがないような色が宿っている。実際、多少困っていたこともあったし、なによりもその、圭の視線の強さに気圧されるような形で、彼女は頷く代わりにぎゅっと手を握り返した。
「お友達、かい?」
「いえ」
「そう」
じゃあ、なんだろうね、とたおやかに微笑んだ圭の笑顔は、目の前の男二人だけでなく彼女までも凍りつかせるような、そんな凄みがあるような気がした。
「用がないなら、僕たちはもう行こうか」
「え、あ、はい」
一切の口を、誰にも挟ませないような優しい強引さで、圭は彼女をその場から引き離す。後に残された男二人は恐らく、何か文句を言っているのだろうが、圭の耳はその文句を拾ったりはしなかった。
「都築さん、あり――」
「危なかった、ね」
礼を言いかけた彼女を遮って、圭は辺りを確認すると、こっち、とビル陰の路地へと彼女を連れ込んだ。ぐい、と彼女の手を引く力は、その細い腕のどこから、と驚くような強さで、思わずよろけた彼女を受け止めたのは、ビルの壁を背に大きなため息をついた圭の胸板だった。
「ふぅ…………ああ、なれない、ことは、するものじゃ、ない、ね」
このマイペースさは確かに、彼女が知っている都築圭本人だったが、さっき一瞬ちらりと見せた、周囲を凍りつかせるような圧は、ステージ上でもカメラの前でも、彼女は見たことがなかった。
「あの……」
「ふふ……恥ずかしいなぁ……」
聞こえてしまっているだろうね、と圭が言うように、抱き寄せられた薄い胸板越しに、ばくばくと、圭の心臓は早鐘を打っている。緊張したよ、と本人は言うものの、表情からはそれはなかなか読み取れない。
「あんな、都築さん、初めて、見ました」
「そうかい? ……ああ、そういえば、僕もあんな僕は初めて、かもしれないね」
くすくすと笑う圭の腕は、なぜか未だに、力強く彼女を抱きしめて離さない。離しても、大丈夫ですよ、とおずおずと言う彼女に、しかし圭はゆるゆると首を振り、僕はだめだよ、と苦笑した。
「僕は、役に立てたかい?」
「はい……」
「そう…………」
だったら、頑張った甲斐があったよ、と彼女を抱きしめる圭の腕は震えている。とっさにフィアンセと言われたことも、今こうして抱きしめられていることも、嫌悪感はないが驚きは大きく、たまたま見かけた自分が困っているのを、圭はどんな気持ちで踏み出して、救い出してくれたのかを考えて、彼女はその、手の震えの意味を理解する。
「……見たことないくらい、格好良かったですよ、都築さん」
「そう……嬉しい、な……」
今度そういう役を演じてみませんか、とくすくす笑う彼女に、役でもしばらくはいいかな、と圭も苦笑混じりに答える。
圭の手の震えが収まるまで、圭の心音は彼女と共に、圭の名演技を路地裏で静かにそっと讃え続けていた。