@toasdm
「あら」
「ぁ……」
普段の彼女とは、がらりと印象が違って見えた理由は明白だった。どうも、と恥ずかしそうにする彼女は、翔真の目から見ても違和感なく馴染んでいるが、浮いている。この国の、何割の人間が普段着に着物を着るだろうか。それも彼女くらいの年頃の、若い女性が。そのほんの一握りしかいないであろう着物姿は、翔真にとっては見慣れたものだが、街ではやはり、浮いているのだ。
「十日町じゃないか」
「あはは……やっぱり、わかりますよね」
気恥ずかしそうにしながらも、彼女はどこか嬉しそうだ。この街で、自分の趣味の理解者にめぐり合えた喜びと、たまたま着ていた着物が翔真の出身地あたりのものだという偶然とが彼女の頬をほころばせる。
「通年着られますし、柔らかくて好きなんです。十日町紬」
着心地の良さと色使いは、彼女にとっては洋服となんら代わりがないのだという。現に今彼女が身につけているのも、十日町紬の風合いはそのままに保ちつつも、千鳥格子を現代風にアレンジしたブラウンベージュの柄だ。
「よく似合ってるじゃないか。普段のアンタに見慣れてるもんだから、一瞬わからなかったけど」
「ふふ……やっぱり、そうですよね」
立ち話もなんだから、と和の装いの二人は連れ立って、秋の遠のき始めた街並みを鳴らす。この先にちょいと小洒落た店があんのサ、と翔真もどこか、浮ついたような嬉しそうな声で話しかける。見上げた翔真の横顔は、少し若くみえるような気がするほどにはしゃいでいるような気すらした。
素朴な風合いは草木染だろうか、趣のある引き戸に掲げられた暖簾を潜ると、店の中はふわんと温もりの満ちた空気に独特の香りが乗っている。
「え」
「なんだい?」
「ひ、昼間、から、寿司……です、か」
「あら、アンタ生もの駄目だったかしら?」
「いえ、そんなこと、むしろ大好きですけど」
「そ。なら遠慮をおしでないよ」
さっとカウンターの椅子を引き、翔真は彼女の着席を促す。着慣れているのがひと目でわかる和服特有の所作の美しさに、翔真はほぅ、とため息を漏らした。
「適当に握っとくれ」
「あいよ」
この道ウン十年、と刻んだような風体の大将は、翔真のその一言で黙々と寿司を握り始める。値札やメニューの一切ない、明らかに高級そうな店にすっかり物怖じしてしまった彼女の方をちらりとみて、翔真はごくごく当然の疑問を投げかけた。
「アンタ、普段はそれなのかい?」
「はい……あの、笑わないで、くれますか?」
「笑いやしないさ」
「実は……仕事は、スーツだから、全然困らないんですけど……いざ休日、ってなると、何を着ていいかぜんぜん、わからなくなってしまって」
「ふぅん……ま、アンタらしいっちゃらしいわねェ」
流行を追えないということはなさそうだが、確かに彼女は、洋服選びに苦心するくらいなら和服を選ぶわ!という勢いや気概があってもおかしくはなかった。柄のないシンプルな半幅帯をカルタ結びにした彼女の着こなしからいって、本当に、普段からスーツ以外は着物なのだろう。
「アンタ、この後時間はあるのかい?」
カウンターからすっと差し出されたコハダの握りを摘みながら、翔真は彼女に問いかける。大丈夫ですが、と箸で品良く握りを頬張る彼女に、翔真はにっこりと微笑んだ。
「なら、今日の残りの時間をアタシにおくれよ。ここはアタシが持たせてもらうからサ」
「えっ」
それってデートじゃないんですか、と口に出すのを躊躇っている間に、翔真は今度は、にんまりと、本当に心底楽しそうに笑って言った。
「着物デートとしゃれ込もうじゃないか」
一本つけとくれ、の声でさっと出てきた、故郷の地酒を傾ける翔真はオフの上機嫌を頬の赤みに乗せている。私でよければご一緒させていただきます、とこちらも上機嫌の彼女に酒を勧めて、翔真は休日の残りを珍しい彼女と共に過ごせる喜びを握りと一緒に噛み締めていた。