@toasdm
「冬馬くん今日もかっこいいね」
「……はっ!?」
「って……私みたいなおばさんに言われても嬉しくないか」
今日は少し、服とか髪とかきまったな、と密かな自画自賛と共に事務所のドアを開けた冬馬を、彼女はちらりとみて褒める。褒めてほしいから頑張ったわけでもなく、ましてや彼女の前で格好つけようとしたつもりもなかったが、頑張ったところをすぐにストレートに褒められて、冬馬の自尊心は上手い具合にくすぐられる。が。
「別に……あんた、おばさん、ってトシじゃねーだろ」
「あら、お気遣いどーも。でも、冬馬くんからしたら私なんてうんと年上の、おばさんみたいなものでしょ?」
ただ照れと恥じらいが前に出てしまった思春期の反応を、迷惑がられたかと履き違えた彼女へのフォローに、冬馬は必死にならざるをえない。女性の扱いはよくわからなくて苦手だが、別に彼女を傷つけたいわけではなかったのだ。気恥ずかしさからぶっきらぼうに、仏頂面をさらしてしまう冬馬のことを、彼女は誤解してはいなかった。
「でも、かっこいいなんて言われ慣れちゃってるか」
「なっ、慣れるほど、言われてもねーよ」
言われてます、慣れてはいませんけど、と彼女の頭の中の北斗がツッコミを入れ、そうだよね、冬馬君って男の僕から見てもカッコイイもん、と彼女の頭の中の翔太がそれに乗る。頭の中のそのやりとりにくすくすと笑う彼女に、冬馬はむっとする。
「な、何笑ってんだよ」
「っふふふふ、なんでもないです」
おばさんの思い出し笑いみたいなものです、とまたそんなことを言う彼女に冬馬は苛立ったように言葉を重ねた。
「っだから、おばさんじゃねーっつーの!」
「えー、なんなら私、冬馬くんのお母さんでもいいくらいだと思うけど」
さすがにそこまで年は離れてはいなかったが、彼女はおどけてそう言った。これ以上絡んで冬馬を困らせるのは大人げないか、と彼女が話題を切り替えようとしたそのタイミングで、冬馬はぼそっと呟いた。
「おばさん、っつーか、まだまだお姉さんだろ、あんただったら」
「えー、じゃあ恋愛対象になりますかー?」
にやにやしながらノリで聞いてから、彼女はしまった、と我にかえる。この手の話題は冬馬くん苦手なんだった、となんとか笑って冗談にして誤魔化そうとする彼女の口よりも早く、冬馬の体はすっと動いて彼女のデスクに手をついた。
「な、えっ」
「な、なるっつったら、どーすんだよ」
覆いかぶさるように顔を覗き込む冬馬は、耳まで真っ赤になっていて、明らかに無理をしているのが誰の目にもわかる。
「じょ、冗談だって、ならないでしょ、ならないならない」
「……」
「えぇぇ……」
実際のところは、冬馬はただ固まってしまっているだけなのだが、それが混乱した彼女の目には、真剣に見つめているようにしか見えない。しかも生来の負けず嫌い気質が顔を出し始めた冬馬は、意地でも彼女の誤解を解いて、彼女が魅力的な女性であることを伝えなければならないという使命感にも似た何かに突き動かされている。
「……あ、いや、けっこー、いけるっつーか……」
「はいっ!?」
それがいつもの、むきになっているような、食ってかかるような言い方だったらまだ冗談で済ませることができたのだが、今の冬馬の言い方はどちらかというと、本心がぽろっと漏れてしまったかのような、そんな風に聞こえてしまう。目を白黒させる彼女が混乱している間に、冬馬は自分の顔が自然に彼女に近付いたことに気がついて、バッ、と飛びのくようにして一気に離れた。
「なっ、何?!」
「いや、悪りぃ……で、でも、おばさんじゃねーからな、ちゃんと、お姉さんだって、あんた、まだ、若いし」
彼女の聞き間違いでなかったら。
ぼそっと聞こえた冬馬の声は最後に、可愛い、と言ったように聞こえた。
「あ」
距離をとったまま再び固まる冬馬のポケットで、タイミングよくスマートフォンが着信を知らせる。北斗からだ、と画面を確認して電話を取ると、冬馬は口パクで彼女に、レッスン言ってくる、と伝えて事務所を出た。
「な……なん、だった、んだろ」
事務所にひとりぽつんと残された彼女は、今の数分の出来事を振り返る。おばさんは確かに言い過ぎかもしれないが、だからといってお姉さんと自称するには少々厳しい年齢であると自覚していたが、冬馬の目にはどう見えていたのだろうか。まあ、考えすぎるのもよくないか、とさっと受け流して、彼女はパソコンに向かって仕事を再開した。
「ああ、じゃ、後でな」
電話を切った冬馬の方はと言えば、北斗との打ち合わせを頭に叩き込みながらもつい先ほどの、自分の行動を振り返って頭を抱えていた。
俺、あん時、プロデューサーにキスしようとしなかったか……?
ある程度大人の、思春期を乗り越えてきた彼女は流せる出来事だとしても、真っ只中の冬馬には流すだけの度量はない。思い出すな、忘れろ、と何度自分に言い聞かせても、脳裏にちらつくのは柔らかそうな彼女の唇だ。
「……って、何思い出してんだよ!」
自分がときめいた理由はよくわからなかったが、冬馬の主観では彼女はお姉さんだった。ちらつく記憶を振り払いながらレッスンスタジオへと向かったが、冬馬の頭からはなかなか、お姉さんの唇が離れてくれなかった。