@875108Express_
【これは物語が始まる前の話】
少女はある日、テレビのニュースを観て震え上がった。
人々が口から血を吹き出し、そのまま倒れていく映像。専門家はそれを淡々と解説しており、出演していたタレントはそれを聞いて唖然としていた。
ニュースキャスターを見つめているうちに、少女は罪の意識に苛まれていった。
「あたしの……せいだ…………」
どうすればいいのかわからない。どうしてこうなったのかも、思い出したくない。彼女はただ、小さな選択肢を間違ってしまったのだ。
しかし、希望は捨てていなかった。ニュースキャスターが、その時確かに告げたのだ。
「奇跡的に助かった者が、世界に12人いる」
少女は、その12人に魅入られた。
「…あの人たちを……守らないと。それがあたしの…罪滅ぼしだよね」
そして少女は、己の宿敵と取引をした。宿敵は少女の取引に応じた。
少女は己の才能で、宿敵は莫大な金で。
そして、そこに導かれるようにやってきた『人質』を巻き込んで。
少女の罪滅ぼしは、ここで始まったのだ。
【side ???】
物語の世界の惨状をみて、黙々とキーボードを叩く青年の姿があった。
はやく元に戻さないと…!さもないと、何が起きるかわからない。
この世界の『ハッピーエンド』を、見殺しにしてたまるものか。
青年は、画面の向こうにいる『少女』と向き合った。そして、赤い栄養剤が描かれたアイコンをマウスでドラッグして、画面のむこうの『少女』の手元にドロップさせる。
インストール完了まで、あと少し。彼らが『この事件』の全貌を知るまでには間に合いそうだ。
バッドエンドなんか、殴ってでも止めてやる。
青年はそう言いたげな目で、エンターキーを叩いた。
-八両目展望車に設置された、氷柱で出来た日時計は、あと少しで完全にとけきるところまできていた-
…何かを締める音が聞こえる。キュッキュッキュッ、という音と共に、搭乗人物たちは目を覚ます。
事件発生から三日後の朝7時頃。厨房にあった食料がほとんど腐ってしまったせいで、食べるものが無いに等しいブーケエクスプレス。食糧不足による空腹のせいで、極限状態に近い搭乗人物たちは、以前よりもかなりやつれているように見えた。
どうせ今日も何も無いのだろう、と思いながら部屋を出ると、食堂車の方から何かが焼けるような匂いがした。それに続いて、カチャカチャと金属同士が触れる音がする。
何だ?何かの前触れか?搭乗人物たちは疑心暗鬼になりながら、食堂車へと向かった。
冬真「行かなきゃ」
姫羽笑愛「……なんのにおい~?(鼻をひくつかせつつ食堂車に向かいます)」
希更「なんだろ……?(向かう)」
食堂車に行くと、搭乗人物たちは目を疑った。なぜならば、昨日までは荒らされたままだった食堂車が、何事もなかったかのように、元に戻っていたのだ。
それだけではない。テーブルには、焼きたてのフレンチトーストが全員分並べられていた。
そして、そこにはカトラリーを並べる一人の青年。その姿がとても懐かしく感じた者も、もしかしたらこの中にいたではないだろうか。
「…あぁ、皆様。おはようございます」
三日ぶりに目を覚まし、仕事をしているリズットがぎこちなく会釈した。
パピヨン『………!!!!!!』
「あの…申し訳ございませんでした。給仕係が仕事を放棄するだなんて、あってはならないことなのですが…。何やら食材の方がどれも腐食していたので、有り合わせのもので朝食の方をご用意致しました」
冬真「おはようございます!」
パピヨン 『………えぇ、えぇ……おはよう、リズ。ほんとに………お寝坊さん、……心配、したのよ。…ほんとに』
冬真「おはようございます!」
希更「リズットくん!良かった……!」
リズットは深々と頭を下げたが、ここではっとして周囲を見渡した。
「ごめ、ごめんなさい……えっと……。…そうだ。ヴァルコフ様!ヴァルコフ様はご無事でしょうか?!」
パピヨン 『そ、それがね、わからないの。』
姫羽笑愛「……わかんない。イヴァンお兄ちゃん……………大丈夫かなあ…………」
イヴァン=ヴァルコフは、事件から三日経った今でも、帰ってきているような気配がなかった。リズットはそれを悟ると、サーッっと血の気が引いたような顔をした。
「…くそっ!!」
冬真「り、リズットさん?」
リズットがわなわなと震える拳を握り締めていると、三日前に搭乗人物達が聞いたようなあのノイズ音が天井からふってきた。
搭乗人物達がノイズ音に耳を塞ぐ中、怤藍は険しい表情で天井を見上げ、リズットはその場で蹲った。
ノイズ音の後には、あの嫌味ったらしい男の下品な笑い声。
『なんだ、もう小僧が起きてるじゃねぇか』
男の声を聞き、リズットの顔色がガラッと変わった。まるで親の敵を見るように、天井を睨みつける。
「…ヴァルコフ様や他の皆様に何をした」
いつもより低い声でリズットが問うと、男がそれを鼻で笑った。
『何、不満なのか?昔は何もしなくても、自分から首を括ろうと思っていたくせに』
「黙れ、三下低能猿真似腐れ外道野郎め」
恐らく、怤藍ですら見たことがないであろう鬼の形相で、リズットがそう吐き捨てた。男は暫く黙っていたが、ため息をついてこう告げた。
『…やれやれ。どうやら、そこの搭乗人物達は、お前らを襲撃した俺の【捨て駒】の正体がわかったようだぞ。なぁ?』
「そうですか。分かりました。耳が腐りそうなので、暫く呼吸するのをやめてください。地球上の希少な酸素が、貴方のせいで無駄になります」
男に対してあからさまに口が悪くなるリズット。その様子を見て、搭乗人物たちは若干不思議そうな顔をした…ような気がした。
姫羽笑愛「………おにいちゃん、こっわー」
それに気づいたリズットは、ハッとして咳払いをした。
「…失礼しました。えっと…皆様、本当に申し訳ございません」
また深々と頭を下げるリズットに、怤藍がそっとブランケットを手渡しながら肩を叩いた。
パピヨン『もっと言っちゃえば良いのよ!後天性ハゲとか!』
「ハゲはやめてあげてね……リズット。三日前に何があったのか、貴方の口から教えてくれない?きっと貴方の言葉なら、皆聞いてくれるから」
怤藍の頼みを聞き、リズットは周囲を一瞥した後、静かに頷いた。そして。
「三日前に、わたくしとヴァルコフ様を襲ったのは…そちらにいらっしゃる『彼女』です」
リズットが搭乗人物の一人に視線を向けると、他の面々もその視線の先を見つめた。
視線を向けられたのは、冷酷な表情をする一人の画家…午橙りんごである。視線を向けられたりんごは、無言で一人一人に冷たい視線を向けていた。
希更「りんごちゃん……」
冬真「………」
姫羽笑愛「……………」
『あーあ、バレてやがんなぁ。まぁ…どうせ捨て駒なんだし、捨てる前に一仕事してもらおうか』
声がそういって指をならすと、りんごはリズットに近づいていく。リズットは逃げることなく、彼女が迫ってくるのを受け入れる。
パピヨン『…………待って。』
冬真「けんか、ダメ、ですよ…?」
ばっとリズットの首を、両手で掴む。そこからぐっと力を入れて、りんごが彼の首を絞めようとした。
…その時である。
姫羽笑愛「────あははっ」
姫羽笑愛「…なんて、そう簡単にうまくいかせるとでも思った?」
姫羽笑愛「…(腕をつかみ、あるものを彼女に打ち込んで)…おやすみなさい、良い夢を」
唐突に、姫羽笑愛がりんごに腕に何かを突き刺す。それは栄養剤のような形をしており、突き刺されたものの、りんごの腕に痛みはなかった。
パピヨン 『きゃっ、リズ大丈夫!?!?!?……ん…?……え、……と………あ……えと……』
りんごは呻き声と共に、リズットの首から手をはなし、その場で崩れ落ちた。それを見ると、怤藍は天井を見上げた。
「まさかあなた……りんごさんを操って、リズットやイヴァンさんを襲撃させたんじゃないでしょうね…?」
怤藍の言葉に、声が舌打ちする。
『あぁ、そうだ。だったら何が悪い』
希更「えっ、ええ……?」
「…我々の大事な搭乗人物様たちに、何てことをしてくれたんですか。この腐れ外道め」
天井を睨み付けながら、リズットがそう言った。
冬真「悪い人、ですね」
希更「なんでこんなことする訳!?」
りんご「……あれっ?私、今まで何してたんだろ……?」
先程までの表情とはうってかわって、いつもの様子に戻ったりんごをみて、面々は胸を撫で下ろした。
パピヨン『やっぱり学が無いわね!声の方!可哀想!ここまで来たら病気かも、こんなところで道草してる場合じゃなくってよ。…………まぁそれにさえ気づいてなさそうだけれど、……可哀想ね貴方。ほんとに可哀想。』
「…気を取り直して、あの夜のことをお伝えしないといけませんね。…あの夜の午橙様は…あの様子だと、この『腐れ外道の声』に操られたせいで、一時的に人が変わってしまったようです。そしてわたくしと…偶然そこに食堂車にやってきたヴァルコフ様に、襲いかかってきたのです」
リズットがそう言うと、唐突に食堂車の窓が光りだした。
冬真「あ!光ってる!!」
希更「な、なに……!?(窓の方を見る)」
姫羽笑愛「…どうどう。頭を冷やしつつ視野を広くね、お兄ちゃんにお姉ちゃん。…………ありゃ?窓の外になんかあったかな?(窓をみます)」
りんご「ほぇ……?」(今の状況が読み込めず首をかしげる)(しかしとりあえず窓をみる)
パピヨン『わぁすごい!綺麗ね!光ってる!』
全員が窓に視線を向けると、窓がスクリーンとなり、事件の真相を映し出した______
【回想】
文化祭が終わった日の深夜。
雷に打たれたかのような衝撃を覚え、午橙りんごは目を覚ました。ゆらりと体を起こし、目を擦ると、何やら脳内に直接誰かの声が届いた。
『よう、選ばれし捨て駒様。早速だが…今からリズットを始末してこい』
その声を聞いて、何故そんなことを命じられないといけないのかを思いつつ、りんごは部屋を出た。部屋を出て左へ。談話室を通過して、二両面の食堂車。
食堂車には、テーブルクロスを新しいものに取り替えているリズットの姿があった。りんごはリズットを見つけるなり、そっと彼に近づいた。
「…何かご用でしょうか、午橙様」
気配を察したリズットが問うと、りんごの目付きがかわった。
それと同時に、彼女の脳内にまた声が届いた。
『リズット・アルジャーノンを抹消せよ』
その声の後、りんごはまるで操られたかのように、リズットに襲いかかる。食堂車の椅子を持ち、リズットに殴りかかろうとした。
「?!」
唐突に何が起きたのか理解できなかったが、リズットは間一髪でそれをかわした。
「…午橙様、悪ふざけはやめてください」
リズットが冷静にそう告げる。一方でりんごは、普段穏やかな人柄である彼女からは想像出来ないくらい、冷酷な表情をしていた。
しかし表情と行動とは裏腹に、りんごは己が今していることに対し、困惑していた。
りんご「(何で?!何してるの私?!)」
自分が何をしているのかさっぱりわからない状況で、自分の意思とは関係なくリズットを襲撃するりんご。
りんご「うっ……ヴアァアァァ…………」
「……違う。おかしい!!これは…こんなのは…午橙様じゃない…!!」
リズットは逃げ惑い、りんごから離れようとテーブルをなぎ倒していく。りんごはなぎ倒されたテーブルの踏み台にし、リズットに近づこうとした。
そんな時である。
イヴァン「……はぁ、まさかこんな時間にのどがかわいて目が覚めるとはな…」
独り言を漏らしながら、何も知らずに食堂車にやってくる一人の青年。そう、イヴァン=ヴァルコフである。
寝ぼけ眼で食堂車にやってきたイヴァンは、そこでリズットがりんごに襲われているのを目の当たりにする。
「……っ?!な、何が起きてるんだ……?」
予期せぬイヴァンの登場に睨みを効かせるりんごと、何か嫌な予感を察したリズット。
「ヴァルコフ様!至急部屋にお戻りください。午橙様は…正気じゃありません!!」
りんごの脳内に、誰かが舌打ちするような音が聞こえた。その音を聞いたりんごは、イヴァンにも殴りかかろうとした。
りんご「(待って待って!?何でこんなことになってるの!?ちょっと!!?)」
心の声とは反対に、イヴァンに椅子をぶつけようとする。
イヴァン「……おや、お嬢さん。どうやら随分血の気が多いようだけど……何かあったのかい?普段の君と随分キャラが違うように見えるが……」
イヴァンは冷静に語りかけながら、椅子をもって襲いかかるりんごをかわす。
イヴァン「 ……っあぁもうリズット君!これはどういうことなんだい……?!」
「あいにくですが、わたくしも存じ上げません。…ですが今の彼女は…何かおかしい…」
リズットが深刻そうな表情で呟くと、イヴァンは静かに彼を後ろに下がらせる。
イヴァン「……(深呼吸し)りんごさん、本当にらしく無いよ。暴力なんて一番後悔する手段だ……一旦落ち着こう……?な?」
イヴァンがりんごとリズットの間に割って入り、この状況を打破しようとした。それに対してりんごがすこし狼狽えたのを、イヴァンは見逃さなかった。
イヴァン「(………何やら2人とも困っていそうだし……丸く収めてやりたいところだが……。まぁ何があったかはわからないが………)」
イヴァンがりんごに歩み寄ろうとすると、りんごは彼に襲いかかった。
りんご「…邪魔しないで」
机や椅子をなぎ倒し、テーブルクロスを引き裂き、捨て身でイヴァンに突っかかろうとする。
イヴァン「………っと、危ない危ない……(せっせと交わしながら)……残念だけど、見た目の割にあまり強く無いんだ。お手柔らかにお願いしたいねぇ……」
この様子を見て、リズットは危機感を感じていた。いつもと様子が違うとはいえ、搭乗人物同士でこんなことがあっていいわけない。何とか止めないといけない。しかも、偶然向こうから食堂車にやってきたとはいえ、イヴァンを巻き込んでしまったことに変わりはない。
他の搭乗人物達が騒ぎを聞きつけて目を覚ます前に、何とかしたい。
そう思ったリズットは、ここであることを思いついた。
「…おや、わたくしのことはもういいのですか?午橙様」
リズットが唐突に、煽るようにりんごに声をかける。イヴァンが不思議そうな顔でリズットを見るが、リズットは構うことなく続けた。
「情けない人…。何を考えてらっしゃるのかはさっぱりわかりませんが、最初から貴女の狙いはわたくしなのでしょう?それなのに、みっともなく食堂車を荒らして…。わたくしを襲おうとしてみたけども、思い通りにいかなくて、偶然やってきたヴァルコフ様に八つ当たりですか?」
それをきいてりんごがゆらりと振り向き、彼に軽蔑の眼差しを向ける。
りんご「うるさい……大人しく、消されて……」
呻くようにそう言うが、りんごは心のどこかで「違う!こんなの私じゃない!」と叫んでいた。
しかし、当然その声は誰にも届かない。
りんごはイヴァンに興味をなくしたかのように、今度はリズットの方に近づいていく。リズットはそれを確認すると、ばっと一両目へと駆け込む。りんごはそれを追いかけ、食堂車を後にする。
「へぇ…わたくしの安い煽りに乗ってしまったのですか?いつもの貴女なら、この程度のこと、軽く受け流すと思っていたのですが…。まぁ、いつもの貴女と比べたら今の貴女なんて、寝ぼけ眼で繁殖行為を懇願する猿と何ら変わりありませんね」
りんご「(わっ、分かりにくい例え~!普段言われたら絶対泣く!あっ、でもリズット君が言うとただ笑うしかない……ってそんな場合じゃないよ!!お願いだから、誰かなんとかして~!!)」
「さぁ、わたくしが邪魔だと思うのなら、消してみてくださいよ。わたくしはですね…この物語に、己の人生を全て賭けているのですから!」
一両目の奥までりんごを追い込むと、リズットはりんごの手をはらい、速やかに一両目と二両目の連結部分へと駆け込んだ。そして、一両目と二両目を切り離すために、連結部分を緩める。
リズットはわざとりんごを引きつけ、他の搭乗人物を巻き込まないように、自分たちがいる車両と他の車両を切り離そうとしたのだ。こうすれば、自分以外の人間に危害が加わらないはずだと信じて。
しかし、何やら嫌な予感を察したイヴァンは、一人でことを解決しようとするリズットを放置することができなかった。
イヴァン「……っ、2人とも……っ待ってくれよ!」
リズットは、こちらに向かってくるイヴァンを見て言葉を失う。
イヴァン「どう見てもこれは異常事態だろう?!君1人で対処する必要はない、無理はやめるんだ……!」
しかしリズットは、それを拒否した。
「駄目です!貴方を巻き込むわけにはいきません!!どうかここから離れてください!!」
なんとしてでもイヴァンを一両目から追い払おうと、リズットは彼を突き放そうとした。
だが。
ゴンッ!!という鈍い音。割れるような痛みが、脳にまで響いた。一周回って目が覚めそうなその衝撃に耐えきれず、リズットは静かに倒れ込んだ。リズットがイヴァンを追い払おうとしたときに、隙を突かれて、背後から頭を殴られたのだ。
イヴァン「………えっ?」
一瞬なにが起きたのかわからなかった。イヴァンはリズットのもとにかけより、体を揺すってみた。
イヴァン「気を……失っているだけ、か……?」
ふと顔をあげると、消火器を手にイヴァンを見つめるりんごの姿がそこにあった。
すぐさまリズットを背負い、イヴァンはりんごの側を離れようとする。
イヴァン「あぁもう、くそ……っ、せめてリズット君を安全な場所に連れて行かないと……!」
だが目の前にいるりんごは、それを許さなかった。
「逃がさない」と言わんばかりに、りんごは手にしていた消火器を振り回し、イヴァンに襲いかかる。
『…どいつもこいつも邪魔ばっかりしてつまんねぇな』
そんな声がまたりんごの脳内に届く。
☆「うるさい…。うるさいうるさいうるさい…!!」
りんごは一心不乱に、消火器を鈍器のように振り回す。イヴァンはリズットに危害が及ばないように一両目の中を逃げ惑う。その繰り返し。
そうしているうちに、りんごが振り回していた消火器が、イヴァンの足にぶつかった。鈍い音と共にイヴァンは倒れ、背負っていたリズットが床に叩きつけられる。
『今だ、やれ』
その声を聞き、りんごはイヴァンの顔に消火器を投げつけた。
その刹那。
バサッ!!という音と、ふわっと香る四種類の花の香り。
唐突に、イヴァンの体が『花びらのように散った』のだ。
『…成る程。安全装置とやらがここで作動とは…用意周到な奴らだこと』
りんごの脳内に届いた声は、ため息を吐き捨てた。
はらはらとイヴァンの帽子が舞い落ち、散った後の花びらの上に静かに着地した。
『まぁいい。とにかくそこの小僧を消せ』
イヴァンが散った様子を眺めると、りんごは言われた通りにリズットを『消す』ために行動を起こした。
この時、りんごの脳裏によぎったのは、文化祭の準備をしていたときのこと。確か、普段運転室と厨房に鍵がかかっていた理由について、リズットに理由を聞いたことがあった。
『運転室に関しては、一ヶ所でも触ってしまうとシステムに影響するので、鍵がかかっております。厨房も似たような理由で鍵がかかっております』
つまり、普段鍵がかかっている厨房の何処かにリズットを閉じ込めれば、消したも同然なのでは?
『それだけだとつまらんな。少しちょっかいでもかけてやるか。暇潰しに』
その声に従うかのように、持っていた消火器をガラス張りの運転室に何度も叩き付けた。バリンッ!!バリンッ!!という音と共にガラスは砕け散り、最後には消火器を投げ込んだ。エラー音が鳴り、投げ込んだ消火器がゴロゴロと転がって通路まで戻ってきた。
そのあとにリズットの制服のポケットを漁り、りんごはそこから厨房の鍵と思わしきものを手にいれた。
ガチャガチャと厨房の鍵を開けると、真っ先に目についたのは、巨大な冷蔵庫である。
りんご「…めんどうだし、あの中に閉じ込めちゃえ」
気を失っているリズットをずるずると引きずり、冷蔵庫の扉を開けた。思いの外簡単にあいたそこに、雑にリズットを詰め込む。信じられないくらいの冷気に、寒いのが苦手なりんごは思わず身震いした。少しいるだけでも、瞬間冷凍されてしまうのでは?というくらい、冷蔵庫の中はとても冷たかった。
冷蔵庫を閉めようとしたとき、謎の腐乱臭がした気がするが、特に気にすることなくりんごは厨房を出ていく。
厨房の鍵をかけ、そのまま鍵を雑に捨てた。
そのあと、りんごは何事もなかったかのように、ふらふらと自室へと戻っていった。
…だが、彼女は気づいていなかったことがひとつある。
それは、厨房の鍵をかけたつもりだったのが、きちんと鍵がかけられていなかったこと。何やら立て付けが悪いらしい厨房の扉は、りんごが自室に戻った後、キイィ…と音をたてて少し開いたのだった。
笑愛が駆けつけたのは、リズットが冷蔵庫に閉じ込められてからおよそその三分後。イヴァンがいないことに全員が気づいたのは、その五分後だった。
【回想終了】
「これが、この事件の全てです」
リズットがそう告げると、窓に映し出されていた映像が消えた。
りんご「わ、私……こんなこと……した、の………………??」(顔真っ青)
「…あぁ、そうだ。この世界では、搭乗人物の皆の緊急時に備えて、安全装置が作動するように【設定】されてるの」
怤藍がそう告げると、テーブルに置かれたフォークを手に取った。するとそれを、おもむろに自分の右目に突きつけようとする。
笑愛「…っ、お姉ちゃんっ?!!」
希更「ふらんちゃん……!?」
そのとき、ぶわっと怤藍の体が…花びらのように散った。帽子だけを残して、ブルースターの花弁がひらひらと舞い散り、床に落ちていく。
「……このように、皆に何かピンチが起きたら、こうなるようになってるの」
床から怤藍の声がする。ぞわぞわとブルースターの花弁が振動しながら集まり、一気に弾ける。花弁が弾けると、何ごともなかったかのように、怤藍がフォークを握りしめたままそこに立っていた。
リズットが帽子を拾って怤藍に手渡すと、彼はため息をついた。
「…わたくしは搭乗人物ではないので、この安全装置が作動しなかったみたいですね」
リズットが目を伏せると、怤藍は帽子を被り直して『声』に尋ねた。
「ねぇ『阿久津さん』。どうしてここにイヴァンさんがいないの?」
阿久津。それがこの『声』の正体なのだろうか。
阿久津と呼ばれた『声』は、こう告げた。
『さぁ?お前らがいる世界にエラーが起きているからなんじゃねぇのか?』
しらばっくれているのか、他人事のように告げる阿久津の言葉に、ピンとこない搭乗人物達。
『そんなことより、朝からご苦労なことだなぁリズットさんよぉ。連結部分を自分で直して、有り合わせの食材で飯をつくって、配膳までしてよぉ』
嫌みったらしくお世辞をいってくる阿久津に、リズットは顔をしかめる。
『なぁに、約束通り食料品を復活させておいたから、そう怒るなよ。それと、お前の【正体】がちゃあんと暴かれれば、お前を助けようとしてくれた野郎も返してやるよ』
阿久津のこの一言で、リズットは諦めたような顔をした。
『さぁ搭乗人物のお前ら、もうしってんだろ?だったら、この小僧の正体を当ててみな』
ブランケットにくるまり、リズットはちらりと搭乗人物の面々を眺めたのであった。
ブランケットにくるまっているリズットを眺めながら、怤藍は苦い顔をしていた。
「…ごめんね、リズット。嫌な思いさせて…」
怤藍の一言に、リズットは静かに首を横にふった。
「…気にするなよ、怤藍。搭乗人物の皆様の為になるなら、別にこんなこと…」
リズットはそう答えながらも、どこか苦しそうな顔をしていた。そんな二人のやり取りを無視し、阿久津は切り出す。
『さて、聞かせてもらおうか。この小僧、リズット・アルジャーノンの正体をよぉ』
ひとつの答えを導きだし、搭乗人物たちは正体を暴く。
🍎「これがリズット君の正体……!」
🐤「シンジツハイツモヒトツヤ!!」((ビシィ
姫羽笑愛「……リズットさんは…怤藍お姉ちゃんの【親友】で、現在【病院】で【仮死】状態になっている【少女】、だよ。」
希更「これがリズットくんの正体、だよね……!?」
パピヨン『……リズは、………ふらんちゃんの大事な、親友で
現実世界では病院で仮死状態の………少女。…………そして私の可愛い人、…………合ってる?』
そう、これが『彼』の正体。
「…笑愛ちゃんや皆のいう通り。リズット・アルジャーノンは…あたしの…守崎怤藍の【親友】であり、現在【病院】で【仮死】状態になっている【少女】である。……これが正解だよ」
🍎「リズット君女の子なんだよね……だからあんなに女子力高かったのか……」
🐤「料理ウマイシナァ!!」
『でも、だからなんだという話なのだけれど。………答え合わせが必要なんでしょう?』
淡々と怤藍が告げると、阿久津が声をあげて嗤った。
『ククク…はははっ!!!あーーっはっはっはっは!!!そうだ!!その通り!!この小僧は【死にかけの女】!!なぁ?そうだよなぁ“リサ”』
「その名前で呼ぶな!!忌々しい!!」
“リサ”と呼ばれ、リズットが鬼の形相をする。
『へぇへぇ…血の気が多いお嬢様だこと。意識だけはこの世界にあるくせに、本体は仮死状態とか。ここで死んでたら、今頃あっちの世界で火葬されてたもんなぁ?まぁ生きてても、本体が復活するとは限らねぇけどな』
恐らく誰も理解出来ないであろう事柄を、阿久津はだらだらと話す。
『Risatrott Algernon(リサトロット・アルジャーノン)、それがこいつの本名。Risat(リズット)はこいつが名前の一部を切り捨てて作った名前。性同一性障害だったか?女でいることにつまらん嫌悪感を抱いて、守崎に相談した結果、男を演じることになったんだとよ。かわいそーなリサお嬢様!!』
「リズットはれっきとした男の子だよ…女の子扱いはやめて。あたしが許さないよ」
低い声で怤藍が阿久津に楯突く。阿久津はそれが面白くないのか、チッと舌打ちした。
『ともあれそいつは本体が死んでるから、搭乗人物ではない。だから、例の安全装置とやらは効かん。こいつはこの物語に【登場】した人物なんだわ。紛らわしい言い回しさせやがって。まぁ、詳しい説明は後で守崎からしてもらえ』
阿久津が怤藍に丸投げすると、唐突に一両目から甲高いエラー音が聞こえてきた。ピーピーと耳障りなその音に、誰もが耳をふさぐ。
リズットはハッとして、ブランケットを被ったまま運転室へと駆け込んだ。消火器を叩きつけられたことによりガラスが割られたそこには、大きな自動運転装置が設置されていた。
その装置の液晶画面が真っ赤に光っており、エラー音はそこからなっていた。ふと、リズットが窓を眺める。
そして、目を見開いた。
「この列車は……今まで来ていた路線を、逆走している……!!!」
リズットの一言に、面々がざわつく。
「皆様、窓を見てください!!」
🍎「窓?」
『……………………逆走?』
言われるがままに、窓を見つめる搭乗人物たち。
窓には、今まで途中下車していた駅…過疎化が進んだレグルシア、ランチ会をした港町サテライナ、そして一番最初に停車した駅であるイェーリア。それらの風景がいつもより倍の速度で、過ぎ去っていく。
このままではカルカタッタに辿り着けないどころか、振り出しに戻ってしまうのではないか。しかも今、イヴァンがどこにいるのかわからない状態。
「もう二度と、イヴァンに会えないのでは?」という不安を感じた者も、中にはいたかもしれない。
逆走していく列車を止めようと運転室に潜り込んだが、リズットは手を動かさない。
「わ…わから…ない……。どうすれば………!」
ブーケエクスプレスに運転手はいない。車掌はランタンで、他にいるのは給仕係兼案内人と、乗客としてやってきた搭乗人物たち。そして、嫌みったらしい声もとい阿久津。
そう、誰一人、運転技術がないのであった。そのため、この状況を打破出来る術を持つものはいないのだ。
…ただ一人を、除いては。
姫羽笑愛「…おにーちゃんっ!(ふわりと身軽に駆け出し、リズットさんの元へ)」
バッと食堂車を飛び出した笑愛が、リズットの隣に駆けつける。彼女は背負っていた鞄から、USBメモリーを取りだした。
姫羽笑愛「…これを、刺せそうなところに刺してみて」
そういって笑愛は、リズットにそれを投げつける。戸惑いながらもリズットはそれを受けとると、刺せそうなところを探した。すると、運転装置の端のほうにプラグがあるのを見つけた。リズットはすかさずそこに、USBメモリーをブスッ!っと突き刺す。
すると先程まで鳴っていたエラー音が止み、列車が緩やかに停車する。しばらくすると列車がガタンと揺れ、進行方向に向かって発車した。列車はそのあと何ごともなかったかのように、ぐんぐんとスピードをあげて走り出す。
姫羽笑愛「…(にっと歯を見せて笑い)…これでもう大丈夫だよ!安心して!」
「びっ…びっくりしたぁ…!!」
怤藍が窓を眺めながら、胸を撫で下ろした。
「……さて、ヴァルコフ様を返してもらいましょうか」
リズットが天井に向かってそう言うと、阿久津がそれを鼻で笑った。
『それもそうだな。だが…まだ終わりじゃねぇみたいだぞ。運転室のフロントガラスを見ろ』
阿久津にそう言われ、搭乗人物たちはぞろぞろと運転室に向かった。
姫羽笑愛「…?(訝しげな視線をフロントガラスの外へと注いだ)」
🍎「運転室?」
🐤「嫌ナ予感ガスルナァ」
フロントガラスガラスを見ると搭乗人物たちは、何か違和感を感じた。
🍎「あれ?こんな路線、今まで通ったっけ……?」
🐤「????????????」
…そう。りんごの言う通り、ブーケエクスプレスは、今まで通ったことのない路線を走っていたのだ。
パピヨン『もうカルカタッタのそばまできているのかしら、?』
パピヨンが問うと、リズットは首を横にふった。
「いや…そんなことない。だって…カルカタッタの近くに、あんなのがあるだなんて、聞いてない…」
リズットは少し離れたところにある大きな崖を指差す。崖はとても高く、下には海洋が広がっていた。
怤藍は大急ぎで、自室にある望遠鏡をとってきた。そして、運転室からそれを使って、進行方向をみつめる。すると、何かをみつけたらしく、進行方向を指差して声をあげる。
「!!!皆あっちをみて!!」
怤藍は望遠鏡を搭乗人物たちにまわしながら、進行方向をみるように促す。
パピヨン『な、なにがあるの??ま、まっさかぁ……海?????!?!?!?』
🍎「うっ海!?ボッチャンしちゃうよ!!!???」
🐤「ワイハ天ノアヒルヤ!!地ニ堕チタクナンカ無イワ!!」
パピヨン 『だ、大丈夫よ!!!!私クロール得意だから!!ほら、!!こう、ね!?!』
八重「な、なに……? 」
姫羽笑愛¿「…落ちた時の衝撃はやべーと思うぜ~」
周「え〜〜海… うっっそぉ…」👼
希更「えっえっあたしちゃん泳げないんだけど!!無理〜!!」
海が見える路線の隣の、進行方向の線路の上。そこにはなんと、行方がわからなくなっていたイヴァン=ヴァルコフが倒れていた。
「イヴァンさん!?」
イヴァンは現在地からおよそ10㎞離れたところにおり、このままこの列車が直進すると、彼を轢いてしまうことになる。
『エ!?!??エッッッッ止めなきゃ!!引いちゃう!!!嫌よお友達がぺっちゃんこだなんて!!!』
当のイヴァン本人は、もぞもぞと上半身を起こすと、こちらに向かってやってくるブーケエクスプレスを見上げていた。
りんごに襲われたかと思えば、唐突にブーケエクスプレスに轢かれそうになっているという、最悪すぎる状況になっているイヴァン。しかもりんごに襲われた時に、消火器で足を殴られたせいで、足が思うように動かない。
イヴァン「……えーと、……どういう状況だ🤔🤔🤔?」
『ちょっと!!攫うなら最後まで責任持ちなさいよ!!どうしよう!!!!止められない?!』
イヴァン「確か喧嘩を納めようとして殴られて…足は動かないまま、列車が向かってきてるのか……😃」
八重「と、とめ……!この列車停めれないの?!」
🍎「え、イヴァンさん……?ま、まさか、私のせいで…………?」
イヴァン「……まぁ、仕方ないか(頷き)」
『野郎を返してやる、とはいった。が、無事に返してやるとは、一言も言ってなかったな!!まぁ、せいぜい頑張ればいいだろう!!!はーっはっはっはーー!!!』
「……この………このっ!!!低脳がぁああああああ!!!!!阿久津ぅ!!!!僕はお前を、絶対ゆるさないからな!!!!!」
リズットが叫び、阿久津が嗤うと、またノイズ音を一回ならした。それ以降、阿久津が喋ることはなかった。
パピヨン『ほんっっとに最初から最後まで使えない方だこと!!ちょっと黙っててもらえます??』
周「なんですかあのひと? 笑いかたがめちゃくちゃ癪に障りますね」
阿久津に対して苛立ちを感じながらも、面々はどうしたらいいか悩んでいた。
八重「ど、どうしよう」
🍎「ごめ……なさ……ごめんなさい…………私は、どうすれば……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…………っ」
「怤藍!何処かにポイントを切りかえられる分岐点はないか!?」
リズットが問うと、怤藍は「うーん…」とうなりだす。
「分岐点…ポイントは…ある。あるんだけど…ポイントを切り替えると、崖の方にいっちゃうんだよ…。しかも、崖の先に橋がないし、線路も途中で途切れてるみたい…」
手元に戻ってきた望遠鏡で崖があるほうを眺めながら、怤藍が冷静に分析する。
「要するにポイントを切りかえると、列車ごと崖から落ちるってことか…!」
リズットが己の拳を壁に叩きつける。ポイントを切り替えるための遠隔操作装置はあるようだが、ブレーキらしきものは見当たらず、緊急停止装置が何処にあるのか誰もわからなかった。
「も、申し訳ございません…案内人なのに、この列車のことをあまりにもしらなさすぎて…。わたくしの勉強不足です。どうか許さないでください」
リズットが頭を下げる中、列車は容赦なく先へと進んでいく。
「イヴァンさんを轢くか…崖に落ちて共倒れか…イヴァンさんは確か、あの事件の時に足をやられたから、多分まともに動けないよね…。ここで降りてイヴァンさんを助けに以降としても、列車の速さにはかないっこない…」
怤藍が考え込む。
希更「どっどうしよ……見捨てるなんてできないし……」
パピヨン『……………あの、…あの。………………………ど、どうすればいいんだろう。どうするのが正しいの?』
八重「イヴァンさんが死ぬのも、私たちが死ぬのも嫌…… どうしたら……」
搭乗人物たちも一緒になって悩んでみたが、どうしても「どちらも嫌だ」という感情がわいてしまい、先に進めなさそうだった。
そんなとき、救世主がにやりと笑った。
姫羽笑愛¿「…(肩を竦め)……ま、クソ野郎が考えそうなことだよな。半分くらい予想はしてたぜ。人間と書いて道具と読みそうなやつがしそうなことは、きっとこういうことだろうってさ。………だが、残念だったなァ?」
「────さて、ここにひとつ全員が助かる方法がある。ポイントを真ん中に持っていけば、列車が線路から脱線して止まるっていう話は知っているか?」
何やら、いつもと違ってやけに男前な口調で提案する笑愛に、全員が耳を疑う。
「真ん中に……?」
怤藍が首を傾げる。
解説するとこうだ。
ポイントを端から端にやると、線路同士が密着し、列車は別の路線に向かう。そうではなく真ん中にもっていくと、左右の線路に密着せず、別の路線に移ることも、進行方向を進むことも出来ない。
そうすると列車はとまり、イヴァンを轢くことも、列車もろとも崖から落ちることもない。
パピヨン『わぁ!すごい!笑愛…………ちゃん?』
「しかしこの遠隔操作装置で、そんなことが出来るのでしょうか…?」
リズットが不安そうな顔をする。
姫羽笑愛¿「…出来るか出来ないか、じゃない。やるかやらないか、だ。なあ、アンタらはどうしたい?バッドエンドなんぞよりハッピーエンドが見たくないか?……どうせなら奇跡ってやつを起こしてみようぜ!だってその手段ならここにあるんだから!!!」
笑愛が一喝すると、リズットは息を飲んだ。
「…わかりました。あなたがそういうのなら、やってみせましょう」
リズットが遠隔操作装置の前に立つ。
「怤藍!ポイントまであとどのくらい距離があるか、わかるか?」
列車は確実に、ポイントまで近づいてきていた。
「えぇっ!?えっとえっと…多分…20メートル?」
望遠鏡でポイントのある箇所を見つめる。
「…迷ってる暇は無さそうだな」
姫羽笑愛¿「あぁもちろん!まったくもってその通り!迷ってる暇なんてない!うだうだしてたらまずいことになる!!さっさと踏み出す覚悟を決めろ!!…………なに、大丈夫だ。必ず上手くいく。……エマを信じろ」
やけに自信のある『笑愛』の一言を聞き、リズットは静かに頷いた。徐々にポイントと列車の距離が迫ってくる。おそらくもう10メートルもないだろう。
遠隔操作装置に手を触れると、10メートルもない先にあるポイントが、ゆっくりと動き出す。斜め15度、30度、45度、60度…。
そして、90度。
「ここ…!!」
真ん中に来た途端、リズットがパッと手を離す。その時線路が歪み、列車が大きく揺れた。
ガタン!という音を立てて、列車は分岐点の手前で…止まった。
「とっ……止まった…!!止まったよ、皆!!」
怤藍が涙目で歓喜する。列車が止まったことが確認されると、リズットは急いで列車のドアをあけた。
「そうだ!イヴァンさん!皆、イヴァンさんをここまで連れてこなくちゃ!!」
イヴァンは分岐点から5メートル先にある、線路の上にいた。搭乗人物たちはイヴァンの元に駆けつけ、列車に連れていこうとする。
パピヨン『イヴァンさん!!!大丈夫!?!!あぁよかった!!!私救急箱取ってくるわね!!』
🍎「大丈夫イヴァンさん!!!!!!??イヴァンさん…………ごめんなさいっ……(涙目)」
?????「……あ、オレようじょちゃんだから見守ってるわ。ヒーリキーなんでな。きゅるん!ってしとく」
イヴァン「……電車が止まった(おめめぱちくり)」
イヴァン「あ~…状況はわかってないけど、皆が無事そうで何より…か。りんごさんもいつもらしくなってて良かったよ」
八重「イヴァンさん……!!!良かった……」
🍎「うん……いつも通りに、戻ったよ……ありがどうござびまじたっっ!!!!!!(泣いてる)」
?????「処置、やり方…っと。あー!!ありがとうございますウィッキーペディア先生!!!!ヒキニートは滅多に怪我なんてしねえからやっぱ先生に頼るに限るな」
イヴァン「……と、さすがに女性陣や子どもに引きずられる訳にもいかないけど……手くらい貸してくれると助かる、かな……」
🍎「おででがずよぉ!!!!」(訳:お手手貸すよぉ!!!)
常磐「...手貸すし、手当もするよ。女の子達ばっかりにさせてらんないし」
希更「あたしちゃんも手くらいどんどん貸すよー!」
?????「アウアウオウオウ、アシカごっこしか出来ねーんだけど。マジでどうしようね。てかロリ偽りで怒られそう。ぶっちゃけわかる。オレもやられたら『マジ?』って言うもん。ロリはロリのままがいいよな。(うんうんと勝手にひとりで頷いた)」
イヴァン「っはは、皆ありがとうな」
「あぁよかった…イヴァンさん、無事だよ…よかった…よかった…」
「うん…。本当に、よかった…姫羽様がやたら雰囲気変わってるんだけど、あれは一体…」
搭乗人物達の手を借りて、無事に帰ってきたイヴァン。イヴァンが列車に乗り込むと、また列車が揺れた。そのあと、信じられない光景が搭乗人物の目に飛び込んで来る。
🍎「エマぢゃん属性をくずすど売れなぐなるごどもあるよお"……」(まだ鼻声)
希更「助かった、のかな……?よかったよー!!;;;;」
希更「エマちゃん本当はちっちゃい子じゃなかったの……?」
パピヨン「えーと、うーん……良かった、のかな?でも良かったわ、皆んな無事で……」
?????「…ま、オレの正体は追追~!!それでは皆様、窓の外をご覧下さい!!!」
パピヨン「オレ……!?!?!???」
🐤「マド……?」
希更「オ……?(窓を見る)」
パピヨン 「まぁ、まぁまぁ……イメチェンかしらね!私もしようかしら!……窓?」
八重「窓の外……?」
笑愛の雰囲気も変わったようだが………ここでなんと、途中で途切れていた崖側の線路が延び、崖の先に橋がかかったのだ。鉄骨製の丈夫な橋の上に線路は延び、その先には小さな街が広がっているのが見えた。
パピヨン「え!?!??!!!?!!!?」
🍎「橋だ!!」
🐤「箸ヤ!!」
🍎「魔法かな!?」
🐤「魔法ヤ!!」
イヴァン「……?今度はなんだ忙しいな……(ちらりと)」
周「なんで? (なんで? )」
?????「…よっし!うまいこと道も出~来た!!!いい感じじゃない?パーフェクトに完璧でハピネスな感じじゃない???いえーい、ロリちゃん嬉C~~~!!!!」
希更「線路つながってる!?!?」
🍎「よかった……これで皆、一安心だねぇ……」
列車は緩やかに発車すると、新しく延びた線路の上をたどった。ガタンゴトンと音を立てて崖を越え、橋の上を通過する。
どうやら一見落着のようだ。全員安心仕切ったのか、リズットが作ってくれたフレンチトーストを食べるために、テーブルにつこうとした。
🍎「フレンチトースト……お腹すいたし、いいかな?」
?????「……クッッッッソ緊張した~~~!!!ぶっちゃけ見てるだけだからめちゃめちゃ手に汗握っちゃったよな!いやぁ、うまくいってよかったよかった!!……ってかオレだけフレンチトースト食えんくない?……ええん…悲C……」
全員が一斉に、笑愛に注目する。
「あの…ありがとうございます、姫羽様。あなたのおかげで、皆様を無事に…」
?????「…(ひらひらと片手を振って)…あ、いや全然いいよ。気にしないで。つぅかオレの方こそごめんな。だぁいぶ遅くなっちゃった。本当はもうちょい早くいろいろやりたかったんだけどよ」
頭を下げかけたリズットが、目を丸くする。
そういえば、りんごに何かを打ち込んだ時から、何かいつもと雰囲気が違うような気がした。そう思った者も、中にはいたかもしれない。
「あの…いや、こちらは全く気にしていな……………まさか…あなたも阿久津に…?」
リズットが少し身構えるが、それをみて怤藍が「あー…」と声を漏らした。
「…違うよ。これがこの人の『素』なの。そうだよね?」
怤藍が笑愛に問いかけると、何処からともなく、パソコンの起動音に似たような音がした。その直後、ブォンという音と共に、笑愛の背後に『誰かの姿』が投影される。
左右で色が違う目をした成人男性が、こちらにむかって手を振る。
「えっと…紹介するね。この人は、あたしが雇ったプログラマーさんで、笑愛ちゃんの真の姿?です。…あたしが考えた物語の世界を、この世界で完全再現してくれた凄い人…って言ったらいいのかな…」
イヴァン「……(じっと見る)」
怤藍が戸惑っていると、彼が口を開いた。
?????「……(数瞬の間瞼を閉じて)…なんつぅか…オレはさ、責任を果たしに来たんだ。果たせない責任ってやつが一番嫌いだから。………トゥルーエンドもハッピーエンドも、ぜんぶぜんぶ欲張りに取りに来たんだよ。バッドエンドを殴り飛ばすために、オレはここに居るんだ。」
アイザック「…(瞼を開き)…つーわけで改めましておはよーございますっと!!オレの名前はアイザック=カルツェ=エマニュエル!キハネエマはオレの好きな感動系エロゲの女の子!まあ要するにアバターってやつだ!…真打登場!…なーんてなっ!!ナマケモノ系プログラマーでーっす!」
「ちなみに彼は、あたしたちの味方。そうだな…この世界の話もそろそろしないとだね…うん。…アイザックさん、いつもありがとう。迷惑ばっかりかけてごめんね」
アイザック「…いーのいーの。オレはそれがお仕事なんだから」
常磐「えっ...誰...?ごめん覚えられなかった...」
パピヨン『さ、最近の子のイメチェン…?って凄いのねぇ、……えと、エマさん?アバター?エ、ロ?ゲー………?な、なにかのゲームの略称かしらごめんなさいね、私、こういう電子機器とか疎くて………』
「と、とりあえず、アイザックさんはとってもいい人なの!だから、皆なかよくしてね…?」
りんご「エマ、ちゃん……?」
アヒルチャン「エロゲってナンヤ?」
りんご「アヒルチャンちょっと黙ってよっか」
アイザック「そーそー、いいひとなんだぜ。基本は家から出たくない非力なヒキニートだよ。いまポケモソに忙しい28歳」
「あ、えっとえっと…アイザックのことは、あとで本人にいっぱいきいてあげて!それよりも…!」
怤藍が申し訳なさそうに頭を下げると、一人一人の顔を見つめる。
「…リズットが作ってくれたフレンチトーストを食べて、一息ついたら、この世界についてのお話をしようか。それがいいよね」
それを聞いてリズットは、同意するように静かに頷いた。
0と1の羅列で出来た、青白い海。
そこに飛び込んだ鍵を、誰かが引きずり出そうとする。
「こんなくだらんお遊戯会、もう終わらせてやる」
怪物に似た何かが、この世界の鍵を怖そうと手を伸ばした。