「そんな、意外そうな目で見ないでください」
多分クリスさんの事が無自覚に好きなPさんと、やたら食うクリスさんがラーメン屋さんでご飯食べるお話です。
@toasdm
「そんな、意外そうな目で見ないでください」
くすくすと品良く笑い、クリスはカウンターで水を飲む。そんなことを言われても、とクリスを見つめる彼女の表情は複雑そのもので、やはり、ラーメン店の雰囲気とクリスとは、意外な取り合わせのように感じられたのだ。
狭い店の狭いカウンターの下、クリスの足は窮屈そうに折りたたまれている。足の長さが合わないのか、曲げた膝はカウンターの下で大きく開かれていて、別段忘れていたわけではなかったのだが改めて、クリスが男性であることを意識させられる。水の入ったコップを持つ手も骨ばっていて、その厚みを彼女は知っている。もちろん、恋仲というわけではないから手を繋いで歩いたことがあるから知っているのではなく、感極まったクリスが「プロデューサーさん!」とそのがっしりとした両手で彼女の手を包み込むことがよくあるからだ。少し目線を上げれば、シュッと通った鼻筋に艶やかな長い髪、整った顔立ちはどちらかといえば中性的な印象ではあったが、パーツパーツをよく見ると、きりりとした目元や顎周りなど、繊細ながらもそこかしこには、男性らしい造形が見受けられる。
先ほどの注文も、そういえばそうだ。広い肩幅とすらりと伸びた上背のクリスは、大盛りラーメンにチャーシューを追加でトッピングし、半ではないチャーハンとギョーザ大を「おなかが空いているので」の一言を添えて注文した。ダイビングはカロリーを消費するのか、大食い選手権のような量を毎食食べていても、クリスのスタイルは少しも崩れはしなかった。いっそ不公平だ、と彼女は軽く落ち込んだことすらある。そんなに食べてなんでそれ、と無意識にクリスの腰をがしっと掴んで不思議がられたこともある。不思議ならばこちらだって不思議だ、と彼女はなんともいえない表情で、そういえばその場はなんといってごまかしたのか、と記憶を手繰り寄せていた。
「イメージでラーメンは食べられませんが、やはりここは、私のイメージを崩さないよう海鮮ラーメンにするべきでしたでしょうか……?」
「えっ、あ、いえ、そういう、あれじゃ、ないんですけど」
微妙にズレているところもクリスらしいが、彼女が意外だと感じているのは、クリスが「濃厚黒みそとんこつ煮干しネギラーメン大盛り、チャーシュートッピング」と注文したからではなく、こんな美青年がラーメン屋などという庶民オブ庶民な洒落っ気のかけらもないカウンターで山盛り食べることだった。
「同じカウンターなら、バーとかの方が雰囲気は合ってるかな、って……」
「バー……ええ、たまに行きますよ」
あ、やっぱり、とどこか安心したのが見てとれたのか、イメージ通りでしたか、とクリスはまた上品に笑う。整っている顔立ちに、胸が高鳴るのは仕方がないが、いけないいけない、と彼女は内心かぶりを振った。
「ご一緒しましょうか?」
「え、いえいえ、あの、えっ」
「雰囲気も良くて、フードもカクテルの種類も豊富ですし」
そしてなにより、とクリスはパッと顔を輝かせる。お、これは海だな、と察した彼女はクリスが海を語るときの横顔を知らない。クリスは常に、彼女の方を向いてキラキラとした表情で雄弁に語るからだ。
「アクアリウムバーなのです! 壁一面が巨大な水槽でして、中にはミズクラゲが!」
「ク、クラゲバー、ですか?!」
「そうです!」
とても幻想的なのですよ、と、ありとあらゆる知識を投入した濃厚海トークの開幕に、知らず彼女の目は細くなる。クリスの、こういった情熱的なところをうまく引き出してあげたい、というのが彼女の目標でもあるのだ。
「はいよ」
「お、っと……」
濃厚海トークを濃厚黒みそとんこつ煮干しラーメンが割る。どん、と存在感のある丼からはみ出したチャーシューは、まるで深海魚のヒレのようだと感じてから、自分がどれだけクリスに感化されているのかを彼女は知って苦笑する。次いでチャーハン、ギョーザとなかなかのボリュームが出揃って、クリスは長い髪の毛をざっとまとめてポニーテールにした。どうしてこんなにドキドキするんだろう、と彼女は思わず目線を逸らした。
「食は戦いですよ」
「は、はぁ……」
いただきます、と戦いに挑み、クリスは豪快ながらも上品に、カロリーお化けと対峙する。
「……イメージを優先するならこうでしょうか?」
ふ、と悪戯っぽく笑い、クリスは横に落ちてきた髪の毛をするりと耳にかけてみる。確かにそれはクリスの外見的イメージにはしっくりきたが、彼女はくすっと笑って言う。
「イメージでラーメンは食べられませんよ」
「ふふ……ええ、そうでしたね」
あとサマになりすぎてちょっとドキっとしちゃうからやめてね、と心の中でそっと呟いて、彼女も並盛りラーメンに手をつける。
ギャップにドキドキしてたんだな、と彼女が気付いたのは、クリスが「替え玉を」と言ったあたりだった。