:

広告表示切替

Aleh

@erindyll
Publish to anyone
2019-11-21 12:22:05

 荷物から丸い石を取り出して、その色彩を確認する。
 本来無色であるはずの玉は、その内に彩度の欠けた渦を描いており、それはこの付近が通常の場所とは違うということを示していた。
「(何年振りだろう、こんな奥まで来れたのは)」
 外套のフードの影から、男はちらりと視線を上げる。


 昼や夜が影響するような場所ではないが、硬い石壁と石畳が続く廊下は薄暗く、視線の奥は暗闇に包まれている。
 男は石を外套のポケットに押し込み、代わりに古びた手帳を取り出し、開く。
「…………」
 黄ばんだ紙には走り書きの字が断片的に書かれている。複数人が書き込んだのか、筆跡の違う字がちらほら見える。
 いくつかの単語を確認した後、手帳に挟まれた真新しい紙を取り出す。
 そちらには数字の羅列が続いており、ところどころに芋虫のような小さなメモが記されていた。
「運が良ければいけるはず……」
 手帳を持つ手を片手にして、もう一度石を取り出す。
 男の視線は混じり合う二色で揺らぐそれへ。
 時折手帳に視線を戻しながら、一、二歩程度の僅かな距離をうろうろと歩き出す。
「──出た」
 男の視界には、先程と同じような通路が続いてる。
 一つ違うのは、"先で分かれ道になっている"ことだ。
「よし」
 行こう、という言葉は飲み込んで、男は歩き出す。
 特別な靴を履いているのか、静寂に足音も響かない。



「────っ」
 男は息を飲んで足を止める。
 灰色の石壁が続く道をずっと進んでいくと、黒い門を見つけた。
 門には何やら絵が彫られている。門全体に描かれた大樹。男の背は、大樹の根の先に届くか怪しいくらいの大門だ。
「これは、"どこだ"……?」
 男は手帳を取り出し、慌てたように古いページに目を通してく。
「違う。これも違う」
 手帳に挟まれた新しい紙片に書かれた内容と照らし合わして、一つずつバツ印を記していく。
 男の顔は真剣で、そして険しい。
 リストの中に一つの項目を見つけて、息を飲む。
 そうして、視線をゆっくりと上げようとして──

「何を読んでいるの?」
「おわあああっっ!!」

 情けない悲鳴を廊下に響かせ、男は尻餅を着いた。
 抜けかけた腰で地べたに座りながら見上げると、そこには一人の少女がいて、彼女の紅い双眸と目が逢う。
「そんなに驚かなくてもいいのに……」
 とても器量の良い娘だったが、その整った顔立ちよりも顔の半分を覆う火傷のような痕がまず目を引く。
 黒いレースのようなドレスを身に纏い、肌はあまり隠されずに露わとなっている。だが、顔だけでなくその半身を覆う火傷のような痕は、あまりにも白い肌がよりそれを引き立たせてしまう。
「だ、だれっ!?」
 男の問いかけに少女は目を丸くさせる。
「私よりも貴方でしょう? まるで盗みが見つかった泥棒みたいな驚きようじゃない」
 腰に手を当て、前屈みに顔を男へと近づける。地を擦りそうなくらいに長く白い髪が揺れた。
 少しむくれた表情だが、彼女の目元は笑っている。
「僕は……」
「チョコ、貴方あの門の中に入ろうとはしてないでしょうね?」
 少女が視線を大門へと向けると、いつのまにか少しだけ開かれていて、そこにはわずかばかりの隙間が空いていた。
「(名……っ、っていうか門がいつの間に!? というか!)」
 男の整理しきれていない思考はさらに真っ白になる。
「あの門は開けっ放しにしちゃだめなんじゃないのかい!? 閉めないと!」
「やっぱり──」
 ぱちん、と少女が指を鳴らす。
 重苦しく門が動き出す音が静寂に響き、ずずんと黒き大門は閉ざされた。
「ライムの息子ね。調べたの? それとも推理?」
 チョコと呼ばれた男はぐうと唸って黙ってしまう。
 そんな彼の様子を、少女はふんふんと鼻を鳴らしながら伺っていた。
 流石に気恥ずかしくなったのか、それとも悔しくなってきたのか、男は土埃をはたきながら立ち上がる。
 今度は彼が見下ろす形となり、そのまま深く息を吸ってから口を開いた。
「僕は、彼らとは違う」
「そう」
「彼らみたいにこの場所が好きだなんてことはあり得ないし、そんな連中をいつまでも待つのも、気にしてまっとうに生きられないのもごめんだ」
 馴れ馴れしく愛称で呼んできて、父親の名を挙げてきた。
 目の前の存在がなんであれ、こちらの事情を知っている。恐らくは父が祖父の知り合いかなにかだろう。
 それを察した男は、不機嫌さを隠そうともせずに言葉を紡ぐ。
「僕はね、あの人たちの死に様を鼻で笑うために来たんだ。君は父のなんなの?」
「話し相手」
 少女はにこりと微笑む。半分以上本心だろうが、男を挑発する意図もあるのだろう。
 彼はそれを頭では理解するも、腹を立てずにはいられなかった。
「あら、せっかくいつでも逃げれるように集中を練ってたのに、今のでやり直しね? "灯持ち"とは言っても、大変なのねえ」
「……っ」
「ああ、心を読んだりなんてしてないわ。そんな力無いもの。貴方が単純なんじゃない?」
「…………」
 怒り、焦り、疑心、呆れ。そして観念。
 彼女の一挙一動に変化する彼の感情の変遷と彼との会話。少女はそれを嫌味なく楽しんでいる。
 上目遣いに眺める少女の表情はにこやかで、どこからどう見ても好意的だ。
「それで、君の目的はなにかな。これ以上先に進むなという勧告? それならもう──」
 ちりん、と鈴の音が鳴った。
「はい」
 男の目前に、小さなキーホルダーが突き付けられた。
「なんだい、これは」
 ランプを模した可愛らしい一品。
 灯火の代わりに透明な小石が中に入れられていて、それがオレンジ色に淡く光っている。
 鉛色の粒ほどの鈴が付いていて、先の音はこれが理由だろう。まるで土産物屋に置いてある簡素なマジックアイテムのようだ。
「『健やかに』」
「…………」
「ちゃんと聞いた?」
「……ちょっと意味がわからない」
 少女は男の手首を掴んで、その掌にキーホルダーを乗せた。
 ちゃり、と金属同士が擦れる音の中に、小さく鈴の音が鳴った。
「いいの。ちゃんと伝えられたなら」
 男は逡巡して、言及するのをやめた。
 開かれた掌を閉じて、渡された物を握りしめる。
 しばしの沈黙が辺りを包む。
 水滴の音すら反響しそうなこの場所で、風の音すら立たない静寂は耳が痛いくらいだった。
 その間も少女は、にこやかに男の姿を見つめ続ける。
「それじゃあ、僕は戻るよ。たぶん、もうここへは来ない」
 先に口を開いた男の声は、雑踏なら飲まれてしまいそうな細くも穏やかな声色だったが、この場所においては聞き逃されてしまうなんてこともない。
「ええ」
 そっと目を閉じる。
 これで問題は解決したかと言われると微妙だが、月の綺麗な夜に夜更かしして考え事をする夜も減るだろう。なんて彼は思って、帰るべき場所を思い浮かべる。そこはもう彼の故郷ではない。

「ねえ、チョコ」

 まるで子猫がすり寄ってきた時のような、敵意なんてどこにも見当たらない甘い声色だった。
「だからなにさ」
 先程から何度も集中も乱されて、男は呆れながらため息をつく。
「私も連れてってくれない?」
「……ちょっと意味がわからない」
 少し前に言ったのと全く同じ言葉。
 先程から困惑させられっぱなしの彼は、目の前の少女の真意がなに一つわからないままだ。
「だって貴方さっきから、私のことじろじろ、じろじろ。穴が空いちゃいそうだわ」
 少女は少女らしい華奢な身で胸を張って、どこか得意げに人差し指をくるくると回す。
「普通の女の子をそんなに凝視したら、睨まれるかビンタされるでしょうけど、私は気にせず受け入れてあげるの」
 優しいでしょ?と少女は微笑む。
「そんなに見てないよ……。君が不審者なだけだから警戒しているんだろ」
「そして私の正体にアタリを付けた。大変だー、急いで逃げないと〜。……博識なのね?」
「…………」
 黙することで肯定しかできない男に少女は続ける。
「契約しない? チョコレイト・レッド=クリプト。屋敷から出れない私は外の世界が見たい。貴方は私から力を授かることができる」
「僕にメリットがないだろう、それ」
 そう悪い話じゃないと思ったのにと愚痴る少女に、本気でそう持ちかけてるのかと呆れて返す男。
 魔道の世界において、人ならざる者と契約する術者は少なくない。
 契約することで魔法使いは大きな力を手にできるが、基本的にはそれ以上の対価──、デメリットがあるものだ。契約とはそのくらいリスキーなものである。
 力を得られることは代償以上の利点にはならず、契約に手を伸ばす者はその不利益を被ってでも力を手にする意味、動機、目的があるということ。
 チョコレイトと呼ばれた男に、契約を履行してまで為すべき目的など無かった。
 もしもあったとしても、それは今日この日この時に達成された。彼に力は不要だった。
「あら、袖にされてしまったわ。残念ね」
 少女は確かに残念そうではあったが、断られるとあっさりと身を引いた。
「やけに簡単に引き下がるんだね」
「え? だって別に契約する相手はあなたでなくてもいいもの。またここに来た別の誰かに同じことを聞いてみればいいのだから」
 その言葉に、男は怪訝そうに眉をひそめる。なにか引っかかりを覚えたのだ。
「君、もしかして僕以外にも言伝が?」
「やっぱり貴方、頭が悪いわけではないのね。昼行燈に振舞ってるのは性分なの? それとも演技?」
 にこやかに答える少女に、男はうへぇと漏らすことしかできなかった。
 唸ったり、視線を外したり、仰いだり、男がうんうんと困ったように悩み出しても、少女は静かに彼の言葉を待つ。
 そして、やがて観念したかのように肩を落とし、男は少女に訊ねた。
「ねえ、どこまで計画通りなの?」
 その言葉に、少女は花を咲かせるような満面の笑みを向ける。
 顔の痕も気にならないくらいの眩しい笑顔は、ここが深く薄暗い屋内でなければさぞ綺麗に映えたことだろう。
「そんなの、全部よっ! 全部っ!」
 そして、左手を腰に当て空いた右手を堂々と男に差し出す。
「それじゃあよろしくねっ、チョコ!」
 出された手に一度視線を落としてから、怪訝そうに少女の顔を伺う。
「なんだい、それ?」
「握手よ、握手! こういう時は、握手をするものでしょう?」
 安心して、ちゃんと右手だから!と彼女は元気に言う。
「人間臭いなあ。それも父さんに教わったの?」
 やれやれと男も手を差し出すが、
「いいえ! これはボラードに教わったわ!」
 少女の言葉に一瞬手が止まる。
 が、溜息を一つつくだけで、彼は結局少女の手を取った。
「君も人が悪いな」
 負け惜しみを一つ残して。



 少女の身体は光の粒子となって散り散りになる。
 それは男の身を包み、冷たく、暗くも、暖かな力となって宿った。










「あ、おはよー。佳織ちゃん」
「アーロー、貴方はいつもと変わりないですね」
「そういえば報告があるんだけど」
「ふむ、報告ですか、どういった内容で?悪い報せとかはかんべ──」
「僕、使徒になったよ」

「…………ワッツ?」


You have to sign in to post a comment or to favorites.

Sign in with Twitter


@erindyll
ラウニー
Share this page

Theme change : 夜間モード
© 2020 Privatter All Rights Reserved.