@toasdm
コンビニのレジ横が誘惑してくる季節になった。街のあちこちに流れるクリスマスソング、モニュメントの赤と緑のオーナメント、クリスマスの近づく季節は冬。ほかほかと湯気を立てる肉まんがおいしい季節だ。
おでんなんかもよくない。寒い寒いと逃げ込むように駆け込めば、ふわんと香るおでんつゆ。それを後押しするように店員は、いらっしゃいませの後に言うのだ。
ただいまおでん全品十円引きです、と。
ありがとうございましたの声に見送られてコンビニを出た雨彦の手には、一番大きなおでんのパックと肉まんの袋が三つも入った袋が提げられている。全品十円引きだからな、仕方ない、と、手にずしりと感じる温もりの重量に雨彦は苦笑した。
熱燗にぴったりの酒なら、確か新潟出身の同じプロダクションに所属しているアイドルから分けてもらったものがある。おでんに熱燗、最高じゃないか、と空想の味にぐぅとなる腹をひと撫でして、雨彦は巻いたスヌードに顎をうずめてその中で、にんまりとほくそ笑んだ。
「はぁ……冷えるな」
スヌードの中の独り言はもごもごと、季節の移ろいを憂うでもなく喜ぶでもなく、ただそれを、そのまま受け止めている。冷えた耳はかじかむほどではなかったが、時折すぅ、と上から吹き降ろす風を受けて、雨彦をぶるりと身震いさせている。帰ったらさっそくいただくとしよう、と急ぐ道の先、見知った背中に雨彦の興味は注がれた。
「お前さん」
「っひゃあああ!」
「っははは、すまないな」
リーチの長さであっという間に縮まる距離。むき出しの、寒風に曝されていた雨彦の手はぴと、っと無防備な彼女の首元に。その冷たさに叫んで振り返る彼女の反応が、雨彦の何かを満足させる。今帰りかい、と聞けば、そうですけど、と答えた彼女の鼻がひくひくと何かを嗅ぎ取って、ふ、と誘導された視線は雨彦の手の、ずっしりに落ちる。
「気になるかい?」
「おでん、と、肉まん?」
お前さん食いしん坊だな、と苦笑して、雨彦は肉まんのひとつを彼女の手の中にぽんと置く。いいんですか、と明るくなった表情に目を細めて、雨彦もひとつ取り出してぱくりと一口かじる。
「お前さん、涎垂れてる」
「ん、うそ?!」
「嘘だよ」
どうしてそういうこと言うかな、と膨らませた頬を見ながら頬張った肉まんは、そういえばどことなく、彼女のその膨らみと、丸みや感触が似ているような気がした。
「んにぇ!?」
「おっと、こっちじゃなかったか」
こっちだったな、と頬をつついてからニヤリと笑い、雨彦は肉まんをまた頬張った。葛之葉さん一口が大きい、とジト目で見上げてくる彼女をからかわずにいることは、雨彦にはどうやら少し、難しいらしい。ぱく、ぱく、と三口程度で食べ終えた雨彦は少し満たされた腹と悪戯心とに笑みを浮かべて彼女と並び歩く。
「お前さん、家はこの近くなのかい?」
「はい」
そういえば今の今まで意識をしたことはなかったが、彼女にも住まう家があるのだ。意外と近いところに住んでたんだな、と思い直してみたが、事務所や主要エリアへのアクセスのよさと暮らしやすさを考えればまあ、妥当と言えた。近いなら、と少し減ったずしりを見下ろして、雨彦は彼女に声をかける。
「全品十円引きだったもんでな」
「?」
雨彦の半分ほどの速度で食べ終えた彼女は、肉まんの袋を丁寧に畳んでコートのポケットにしまいこみながら雨彦を見上げる。買いすぎた、と眉尻を下げておでんの袋を掲げて見せた雨彦は、どうだい、と彼女を誘ってみる。
「今なら新潟のうまい酒をつけてやろう」
「……お?」
ぴくり、と反応する彼女の様子に気をよくして、雨彦はウィンクを飛ばして言った。
「おでんと熱燗」
「おでんとあつかん」
復唱した彼女の心と胃袋とを揺さぶるのにちょうどいい力加減の誘惑は、無事成功したようだ。いいんですか、と輝く瞳に、雨彦の悪戯心がまたむくむくと動き出す。
「泊まりでもかまわないぜ?」
「な、いや、お泊りセット持ってきてない」
「…………っくくくくく」
ぷるぷると肩を震わせる雨彦に、近いんで取ってきていいなら、と無意識に追撃をした彼女の頭を、雨彦はぽんぽんと撫でてやる。
「お前さん、嫌だとは言わないのかい?」
「……あ!?」
自分の言葉選びのミスに気づいた彼女の頬が、ぶわっと一気に赤くなる。いや違うんです、おでんと熱燗が、としどろもどろになる彼女の旺盛な食欲は、男の部屋に泊まる女という構図をすっかりどこかへ追いやってしまっていたのだ。
「近いんだろう? 帰りは送るから心配しなさんな」
「うー、あー、いやあのー、うわー……」
「それとも泊まりがお望みかい?」
「お望みではございません!」
強い否定にまたくつくつと笑い、雨彦は角を曲がる。
「どうせ明日は休みだからな、泊まりたいならそうしてくれよ」
なんのもてなしもできんが、と部屋の鍵を取り出して、雨彦はトントンとアパートの階段を上がっていく。そういうつもりじゃ、とぶつぶつ言いながらついていく彼女の頭の中は今、おでんと熱燗と恥ずかしさでいっぱいだ。
「おでんと熱燗の葛之葉亭へようこそ」
玄関を開けて彼女を招き入れた雨彦は、おどけてそう言いながらふと考える。
俺は、お前さんに手を出さないでちゃんと帰してやれるのかね。
からかうつもりが本気になって、引っ込みつかなくなっちまったらどうしようか、と一瞬あらぬ方向へ傾きかけた考えは、脱いだブーツと一緒に玄関へひとまずおいておく。まずは肉まんであったまった腹をどうにかするのが先決だな、と彼女のコートを預かってハンガーにかけ、部屋の電気をパチンとつける。
難しいことを考えるのは、楽しい酒宴の後でだってかまわないさ。
恥ずかしさが抜けてすっかりおでんと熱燗モードになった彼女の為に、雨彦は全品十円引きを皿に移して熱燗の用意を始めた。