@niziirononanika
名称:メメント・モリ memento mori
能力:不明
解説:当哲学人は夕暮れ時の屋上に立つ少年の姿を象った絵画です。60号キャンバスに描かれており、黒く塗られた木製の額縁に入っています。通常の絵画同様の耐久性を持ち、外部から力を加えることによって容易に破損、劣化します。
絵画表面からは一般的な油絵の具が採取されましたが、至近距離から見ても絵画と認識できないほど鮮明に描かれており、写真、もしくは額縁の向こうに空間が広がっているように錯覚します。絵画を動かしても写る風景に変わりはありませんが、絵画を斜めに立て掛ける、90度横にする、上下をひっくり返す等を行うと、額縁の向きに関係なく重力に従った描写に変化します。
描かれている風景は、まるで向こう側に世界があるかのように動きます。夕暮れ時という時間帯は変動しませんが、雲は流れ、桜の花弁は落ち、時には雨が降ります。特に少年は意思を持ち、絵画の外を認識し、声や文字による対話が可能です。この時、少年は絵画表面を透明な壁のように表現します。
絵画に何らかの書き出しをすることは「透明な壁に絵が書かれた」との認識を生むだけであり、絵画の中に物品を送ることはできません。
絵画自体に意思があるのか、この少年の意思との関係は不明です。
少年は「■■■■」と名乗ります。同時に、哲学人名である「メメント・モリ」もまた自身の名であると認識しており、哲学要素についての知識も有しています。
少年は非常に穏やかな性格です。こちらの質問にも答えてくれますが、精神的に不安定な面が目立ち、対人恐怖症の傾向があります。そのため、自身の意見を飲み込み、隠し事をすることがあります。
少年は常に描かれており、現実の日中は『本を読む・ギターを弾く・空を眺める・眠る』等を行っています。この時彼が持つ本やギターの入手元は不明です。少年曰く「気が付いたら置いてあったり消えてたりする」ものらしく、本は■■■■■■、■■■■■、■■■■■■■■が確認されています。どれも■■年前に発売されたものです。
現実において夕方5時になったとき、絵画の中からは学校のチャイムの音と音楽が響きます。その時、どのような状態であっても少年は強い精神的苦痛を訴え、背景の屋上から飛び降ります。
その49秒後、絵画内上部から少年が降って来ます。その時の少年に意識はなく、重体もしくは死亡しているように見えます。外傷の度合いは日により異なります。
少年は現実の夜明けまで倒れたまま過ごし、日が昇ると同時に意識を取り戻します。この時、起き上がると同時に傷や衣服の汚れは完全に消滅します。
少年は自身の死とその感覚を完全に記憶しています。
少年に対し自殺に関する質問を行うことは推奨しません。
対応:当研究所の備品保管庫にて、絵画表面が外から見えないようケースに入れた状態で保管する。
日中は少年の意向によって談話室等への移動が可能。その場合夕暮れ時までには回収し、保管庫に戻すこと。
月に二度、清掃と点検を行い、破損が見付かれば修理を行うこと。
発見経緯:■■区立■■中学校の立ち入り禁止となっている屋上から楽器の音がすることから職員が調査し、発見された。
その後、「生徒が絵画に閉じ込められた」として通報があり、哲学人犯罪取締課へ引き渡され、二年の保護の後、彼が哲学人であると断定され研究所へ輸送。現在に至る。
対話記録
■■研究員「はっじめまっしてー! 哲学人研究所の職員の■■でっす! 気軽に■■って呼んでね」
少年「あ、はい……」
■■研究員「取締課さんからお話聞いてるよー。大変だったね、フレームぼろぼろじゃーん。修理しとくからまっかせてねー!」
少年「はぁ……」
■■研究員「ほーら、こことか傷入ってる」
少年「そうなんですか……」
■■研究員「あ! そっちから見えない?」
少年「あ、はい。すみません」
■■研究員「そっかー。オーケーオーケー、わっかりました。それじゃお互いに自己紹介と、情報の擦り合わせをしましょーよ」
少年「はい……」
■■研究員「あんまり時間もないしなぁ。とりあえず、君は哲学人【メメント・モリ】でいい?」
少年「はい……」
■■研究員「僕から見た君はね、絵画みたいなんだけど、その辺はどう認識してる?」
少年「絵画……ええと、あの、僕は学校の屋上に居ます」
■■研究員「ふむふむ。奥行きとかあるし、生きて動いてるもんね?」
少年「はい」
■■研究員「■■■■って名前は、君の名前?」
少年「はい……」
■■研究員「君がその場所に閉じ込められる前の名前だよね?」
少年「はい」
■■研究員「哲学人って知ってる?」
少年「はい」
■■研究員「僕はね、哲学人さんを研究して、どんな生態なのか調べる仕事してまーす! それでね、君はきっと哲学人の影響でその場所に居るんだと思うんだ。それなら、どうにかして君を戻せるかもしれないって思ってる」
少年「戻す……」
■■研究員「うん。といってもまだどこまで出来るかわっかんないんだけどね! お互いに頑張ろーよ」
少年「はい……っ!」
(絵画内から学校のチャイム音と音楽が流れる。曲名は■■■■■■■■■■であり、■■中学校にて下校の案内として流されていた曲である)
少年「でも……でも、僕は。こんな、こんな中に居たら……」
■■研究員「■■君?」
少年「もう、死ぬしか……!」
背景のフェンスを飛び越えて自殺。
49秒後に落下し、絵画の画面上に倒れた姿で描かれて静止。死んでいるように見える。背景の雲、鳥、飛行機、花弁などは異常なく通過する。夕暮れのまま日は沈まない。
夜明けまで少年は動くことはなかった。
■■研究員「こっんにっちはー。おっと、今日は雨降ってるんだね。大丈夫?」
少年「あ、はい……ええと、ここ、屋根があるので……」
■■研究員「ふーん、良かった。こっちからじゃそっちの様子ぜんっぜん見えないからさ」
少年「あっ、え、教えた方が……いい、ですよね?」
■■研究員「いいの? 助かるー。見えるもの全部教えてくっださっいな! メモとるよー」
少年「はい……ええと、ここは、学校の屋上です。■■さんが居るのが、屋上の扉部分です。僕からは、扉が透明な壁になってて、違う世界に繋がってるみたいに見えてるんですよね……ここは日除けの薄い布があって、それが雨避けにもなってくれてます。地面は濡れちゃうんですけどね。ええと、あと、たまに飛行機が通るのが見えて……あっちに手刷りがあって、向こうは……いつもは、グラウンドが見えます」
■■研究員「ふむふむ。グラウンドに人は居る?」
少年「いません」
■■研究員「あっ、雨なのに居るわけないか?」
少年「ん、あ、ええと、いつも居ません。ずっと、この屋上から出られなくなってからずっと、僕以外の人はその、■■さんが居るところからしか声もしなくって……」
■■研究員「そっちの世界は人が居ないってことかな?」
少年「多分、そうです。ええ、でも……えっと、はい。そうです」
■■研究員「何か心当たりがあったらどんっどん言っちゃって! 新しい発見でも、思い出したってことでもなんでもオッケーだからさ」
少年「はい……あの、そっちは、何時ですか?」
■■研究員「まだお昼だよ。一時」
少年「そうですか……あの、夕方になったら、チャイムと音楽が鳴るじゃないですか」
■■研究員「鳴るねー」
少年「あれ、学校の放送……チャイムはともかく、校内放送は、人が流してたなって……思う、けど……わかりません、すみません……」
■■研究員「情報提供あっりがとー! 助かるよ。これでそっちのこと考察していけるからさ!」
少年「あ、え……ごめんなさい……」
■■研究員「うんうん、感謝してるよ。そっち、お昼の放送ってある?」
少年「無いです。ずっと夕方だから……」
■■研究員「時間の経過も無いのに、夕方の五時のチャイムだけ一緒のタイミングなんだよなぁ……あ、でも、そっちずっと春だよね?」
少年「はい」
■■研究員「で、五時のタイミングだけ一致してるでしょ? でもほら、季節によっては五時でももう暗いってときとか、五時じゃまだまだ明るいってときとかあるよなーって」
少年「そうですね……」
■■研究員「でもそっち日が落ちないからなぁ。関係ないかな?」
少年「さぁ……」
※この日は談話室に飾り、他の哲学人と交流を持たせることになっている。直前の会話。
少年「■■さん、緊張するんですが……」
■■研究員「大丈夫だいじょーぶ。絵画の君に手出しできる人なんていっません! それに結構いい人ばっかりだからさ」
少年「はぁ……」
■■研究員「それに初めは僕がついてるよ。ちゃんと紹介するし、いざとなったら抱えて逃げる! ね?」
少年「でも……」
■■研究員「お友達がたっくさんできたらさ、辛いことも、苦しいことも、話せると思うんだよね。そしたら楽しいことも増えるよ! ね? 最高!」
少年「は、はぁ……」
■■研究員「五時までに元の場所に戻すから、それも安心して」
少年「……ありがとうございます」
■■研究員「おっはよー! おっ、ギター弾いてるの?」
少年「■■さん。はい、作曲してました」
■■研究員「へー! ね、何か聞かせてもらっていい?」
少年「え、ええと……じゃあ、一曲……すみません、歌は、ないんですけどね」
■■研究員「大丈夫。君の曲が聞きたいんだ」
少年「……ありがとうございます」
少年「……あの、終わりました」
■■研究員「……■■君。これ絶対流行る! さいっこう! ね、これネットとかで配信する気無い? やっろうよーもっと皆に広めようよー!」
少年「え、え? いや、その……それは、ええと……」
■■研究員「嫌?」
少年「昔、やってました……」
■■研究員「アカウントおっしえて!」
少年「あ、え……あの、■■、です」
■■研究員「これー?」
少年「え!? 早い……それですね。え、アカウント残って……えぇ……」
■■研究員「残ってるねー」
少年「……そっちが、やっぱり……正しい世界、なんですね」
■■研究員「さあ? 僕そういうのわっかんない! でもさ、音が伝わるならこうしてこっちの世界と繋がれるし、発信できるよって思いまっす! これって大事じゃない?」
少年「……大事?」
■■研究員「■■君の曲は素晴らしいってこと! ちょっと上司に許可取ってくる。そしたら一緒にアカウント運営しよ?」
少年「……はい」
■■研究員「あっ、ファンの人達に死んだって言われてる」
少年「まあ、死んでますし……?」
■■研究員「皆喜ぶよー! やったね!」
少年「喜んで、くれますかね。僕の曲……うん。僕の曲だけは、綺麗ですもんね……」
■■研究員「ほんっとーに綺麗だった! 好きだよ君の曲! ここから過去曲聞いちゃおー」
少年「え、あ、ありがとうございます……」
少年「■■さ……ええと。■■君?」
■■研究員「はーい! そうそう、気楽に呼んでね。やっぱり楽しんでかないと!」
少年「はい……」
■■研究員「■■君は辛い思いしてるんだからさ、楽しめるなって隙を見付けたら全力で楽しんではしゃごう! その代わり、辛いときは辛いって全力で泣いてもオッケーです!」
少年「はぁ……」
■■研究員「敬語もやめちゃおっか」
少年「いや、それはちょっと……年上ですし……」
■■研究員「いいじゃんいーじゃん! 気にしなくっても僕はオッケー!」
少年「……頑張ります」
■■研究員「今日のそっちは晴れてるねー。いい天気。こっちは雨だよ。いつも室内だからわっかんないかな」
少年「そうですね……」
■■研究員「……ね、何で死にたくなるのか聞いていい?」
少年「世界が綺麗だから……僕が、ここに居るのが、いたたまれなくて」
■■研究員「そっか」
少年「はい。だって……夕暮れ時のチャイム、すっごく……綺麗じゃないですか? 夕陽に照らされる校舎も、帰宅を促す音楽がスピーカー越しに歪んでいるのも、空を飛ぶ飛行機も、オレンジ色の世界も、流れていく雲の形や雨が降る音だって全部、全部、完璧で綺麗なんですよね。だから……」
■■研究員「うん」
少年「僕だけ、要らないなって。僕がいなかったらもっと、完璧なままなんです」
■■研究員「そう思うの」
少年「うん……ごめんなさい」
■■研究員「■■君がそう思ってることは否定しないよ。君はとっても優しくて、世界を、皆を愛してくれる子だってわかるからさ。それはいいことだよ」
少年「でも……」
■■研究員「うん?」
少年「死にたいって思うことは駄目なことだから、駄目な人は死ななきゃいけないですよね?」
■■研究員「そんなことはないよ」
少年「本当に?」
■■研究員「それは絶対にありえない。絶対に、■■ちゃんは生きていてよかったんだ。■■ちゃんを苦しませるくらいなら、世界なんて醜くてよかったんだよ……!」
少年「……僕の友達も、そんなことを言ってました」
■■研究員「えっ!? あっ、そ、そう? あー、えー、友達って、屋上に閉じ込められる前の?」
少年「はい。初めてで唯一の友達で……歌が上手くて、優しくて、僕の作った曲を歌ってくれて……すごく嬉しかったんです。ふふっ。だから、僕、あの時思ったんですよね」
■■研究員「え」
少年「こんなに優しい子を汚す僕の曲も、僕も、要らないなって」
少年はフェンスを飛び越え自殺を遂行。夕暮れ時以前に彼が自殺した初めての例。
その後通常と同じく49秒後に上部から落下すると、夜明けまで意識不明のままであった。
少年「……あれ」
■■研究員「……ええと、落ち着いて聞いて欲しいんですけどね。君を担当していた■■研究員、失踪しました」
少年「そうですか」
■■研究員「なので、これからは私が代わりに担当になります。残されていた記録から、君達がどう活動していたのかは知ってますから、諸々と引き継がせてください」
少年「……はい」
■■研究員「……君の死の瞬間を切り取って額に飾った悪趣味な野郎は、必ず見付け出して収容します。安心してください」
補遺1:「■■■■」は■■年前■■区立■■中学校で屋上から飛び降り後行方不明となった少年の名と等しく、外見的特徴が一致しています。取締課管轄下にあった時、調査の一環として該当行方不明者の家族と引き合わせたそうですが、少年の精神状態と夕暮れ時の特性が問題となり、事件との関連性は不明のままです。
補遺2:■■研究員は■■■■/8/6をもって行方不明となっています。
補遺3:■■研究員は当哲学人の発見された中学校に二年間在籍していた記録が残っており、補遺1の事件発生時期と在籍期間が一致しています。
・■■研究員の書置き