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[雨P♀]エアスイーツ

全体公開 1794文字
2019-11-28 12:30:59

「チョコレートケーキでございます。なんて、な」
残業Pさんに差し入れする雨彦さんのお話です。

Posted by @toasdm

 事務所内公認の仲になってからも、彼女のオーバーワークは当然のように変わらなかった。色恋に浮かれて仕事が疎かになっている、などという疑いの余地も全くないような彼女の仕事ぶりは、彼女らしいといえば彼女らしいと言えたが、なにもそこまでしなくても、という気持ちに全くならないかといえば、それは雨彦には嘘になった。平たく飾らずそのまま言うと、もっとかまってくれよ、という気持ちだ。
 それでも、彼女の残務処理に付き合う大義名分ができたことはありがたかった。今まではただただ心配で、そんな立場じゃないが、という申し訳なさにも似た気持ちを抱えたまま付き添って見守っていた彼女の残業も、恋人という立場を手に入れた今は、誰にも何も思われることなく堂々と、帰る家が同じだからと待つことが許された。書類と画面とにらめっこを繰り返す彼女の仕事があとどのくらいで終わるのか、雨彦は邪魔をしないようにじっと大人しく、本など読んで待っていた。
「あーーーーーー……
 彼女から発せられる疲れと空腹の呻き声に、雨彦はふ、と顔を上げた。デスクに突っ伏したまま、だらりと腕を下げて足をばたばたとさせている彼女の姿が目に入る。
「どうした」
「あと、もーー、ちょっと、なんですけどー……
 三時間も集中して仕事をしていたのだから、集中力が切れるのも当然だろう。少し休憩でもするかい、と水を向けた雨彦に、彼女はしかし、ゆるゆると首を振ってむくり、ゆらりと上体を起こした。
「もーー、ちょっと、なのでー……頑張りますー……
「そうかい……
 弱音を吐いて強くなる彼女は強い。雨彦はそんな彼女が好きだ。待つことは苦ではなかったが、自分にできることが少ないというのは雨彦にとって、どうしようもないもどかしさを生むものでしかなかった。本当に、あと少しなのだろう。最終確認で印刷した書類と画面とを見比べている彼女は、確認作業をしながらぽつりと呟いた。
「ちょっこれーと、けーき……
 でたらめな節をつけて歌うように呟く彼女は、時折ああやって自分を鼓舞している。お前さん陽気だな、と苦笑しながら、雨彦はごそごそと手元で器用に紙を折り始めた。
「お待たせいたしました」
「んぇ?」
 ものの数分で雨彦の手の中で、茶色の折り紙がカットされたケーキの形に折り上げられる。ご丁寧に皿の形に折った白い折り紙の上に乗せられた平らで匂いのないケーキを恭しく差し出して、雨彦はそれを彼女のデスクにちょこんと置いた。
「チョコレートケーキでございます。なんて、な」
……っふふ。では、いただきます」
 あむあむ、と口で言いながら、彼女はそれを両手で持って食べるジェスチャーをする。くすくすと笑いながら皿の上に戻すと、ご丁寧に手を合わせてごちそうさまでした、と雨彦を見上げる彼女の表情は、少し疲れが抜けたように見えた。
「うまかったかい?」
「はい、とっても。……できれば、マカロンも食べたいです」
「マカロン」
「マカロン」
 しょうがないな、とどこからか取り出したピンク色の折り紙を、雨彦は手の中であっという間にマカロンへと変えてしまう。
「ケーキもそうですけど、マカロンも間にちゃんと裏の白いところをクリームに見せて、すごい、なんか、それっぽいですね」
「そうかい」
 ほら、とケーキの横に、ケーキとほとんど大きさの変わらないマカロン型の折り紙を並べる。パースの狂った見た目に、巨大マカロン!げらげらと笑いながら、彼女はそれももぐもぐと口で言って食べるジェスチャーをする。
「うーん、いちごの甘酸っぱさがいいですねぇ」
「チョコレートのあとじゃ酸っぱすぎたかい?」
「いえいえ、ちょうどいいです」
「そいつはよかった」
 もう少しなんだろう、と彼女の頭をぽんぽんと撫で叩き、ついでとばかりに額に軽くキスをしてから雨彦はソファへと戻った。エアスイーツで元気が出たのか作業はさくさくと進み、お待たせしました、と彼女が帰り支度を整えるまでは早かったような気がする。
「お疲れさん」
「差し入れ、ありがとうございました」
「っはは、お気に召していただけたんならなによりさ」
 夜に紛れてこっそりと、雨彦と彼女は手を繋いで歩く。

 帰路道すがら、コンビニに立ち寄った雨彦は、立体的で匂いもあるチョコレートケーキとマカロンを、彼女の為に買ってやった。


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