「冷えてるな」
寒い日の夜、ひとつのカイロと思いやりでPさんを温める雨彦さんのお話です。
桐華さん(@0201Kirika)さんの素敵なネタをいただきました。
@toasdm
寒いな、が挨拶代わりになるような、冷たい風が身を切る。ぶる、と季節に震わされた彼女の体を包むのは、気温を見誤った薄手のコート一枚だ。
「お前さん、その格好」
「あはは……読み違えましたね」
照れ笑いのせいだけではない頬の赤みに、雨彦はそっと手を添えた。ん、と触れた温もりで少し緩んだ彼女の表情とは対照的に、触れた頬の冷たさに雨彦は顔をしかめる。
「冷えてるな」
マフラーもなく、手袋もなく、夜の寒風にさらされた彼女をこのまま放っておけば体調を崩してしまいかねない。しょうがないな、と雨彦は彼女の手を攫った。
「っちょ、あめ」
「どうせ暗がりさ、誰も気付きやしない」
彼女の抗議の口を人差し指で止めて、雨彦はにやりと笑う。手繋ぎたいだけじゃないんですか、と八割方照れで頬を染める彼女のその反応が見たくなかった、と言えばそれは嘘になるが、彼女の身を案じていることは本当だ。人肌は温いだろう?と指を絡めて、雨彦は上背に比例した大きな手で彼女の手を包み込んだ。
「……んん?」
「ん? どうした?」
両手で包まれた左右の手で、彼女は違和感を掴みとる。雨彦の左手が触れている自分の右手の甲だけがやけに温かく感じたその違和感に、彼女はおもむろに、雨彦のコートの左ポケットに手を突っ込んだ。
「お、っと」
「あーーー! 雨彦さん、やっぱり!」
ずぼ、と引き抜いた彼女の手に、使い捨てカイロが握られている。見つかっちまったか、とさして罰の悪そうな顔をするでもなく、雨彦はしれっと言ってのける。
「こっちがあるならこっち貸してくれたらいいじゃないですか!」
「悪いな、そいつはひとつきりなのさ」
ひとつのカイロじゃひとつの手しか温められないだろう、と彼女の手からひょい、とそれを取り戻して、雨彦は再び、左のポケットにしまいこんだ。
「お前さんの手をあっためるのは俺だけじゃ駄目かい?」
「だ、だめってことはないですけど、でも、ずるいです」
存外素直に白状した雨彦のストレートな要求に、彼女も強くは出られない。こうすりゃいいだろう、とまた性懲りもなく彼女の右手を取って、雨彦はそれを、自分の手ごとコートのポケットに突っ込んだ。
「これならまぁ、なんとか二人分の暖は取れるだろうさ」
「いや、これ、歩きづらい、ですし」
「そうかい?」
気のせいだろう、とまたしれっと流して、雨彦は寒さを口実に彼女の手を取って夜へと歩き出す。雨彦の手に包まれるのは嫌いではなく大好きだったが、いかんせん、気恥ずかしさが先に立つ。俯きながら歩く彼女は手だけではなく心まで、雨彦にほかほかにされてしまっていた。
「今度から、ふたつ用意してくださいよ」
「それじゃ手がつなげないだろう」
「な、なくてもあっても、繋ぎますから!」
自分が左のポケットにカイロを仕込んで、雨彦が右のポケットにカイロを仕込めば、それぞれつなげない方の手もあたたかいのでは、まで考えて、彼女は急に立ち止まる。
「ん? どうした?」
「……う、あ」
たどり着いた「もしや」に今度は耳まで真っ赤にして、彼女は雨彦を見上げる。
「…………っはは、気付いたか」
「あー! あーーー!」
両利きだからだとか、そういうことはこの際どうでもいい。なにせ彼女は、たった今、気付いてしまったのだから。
「そうさな、お前さんの想像通りであってるよ」
「やだー! やだー! 雨彦さんそういうとこーーー!!」
なぜ雨彦が、彼女の立つ方――左側に、カイロを仕込んでおいたのか。その「もしや」の理由に自分でたどり着いてしまった彼女は今、雨彦がポケットの中に隠しておいた彼女を想う気持ちでぎゅうと押しつぶされそうになっている。
「お前さんとつなぐ手は、あったかい方がいいからな」
言わなくてもわかってるんですってば、と言ったきり、彼女は黙り込む。どの道彼女の冷えた手は、雨彦が温めると最初から決まっていたのだ。
少なくとも、雨彦の中では、最初から。