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[硲P♀]オフィスラブ

全体公開 1 1631文字
2019-11-30 16:11:23

「ふむ……オフィスラブ、か」
はざまさんとPさんと雑誌とオフィスラブのお話です。

Posted by @toasdm

 前からそれなりに買って読んではいたが、この仕事に就いてからはありとあらゆる雑誌を、彼女は買い漁って読むようになった。芸能や音楽雑誌はもちろん、女性ファッション誌、男性ファッション誌、ヘアカタログや旅行雑誌の類まで手広く揃えた彼女のデスクはさながら、病院やヘアサロンの待合所のようだった。プロデュースのヒントになるようなエッセンスはどこに転がっているかわからない、と毎度それを隅々まで読む彼女の勤務態度は、勤勉だと言えるだろう。
「む」
「あ」
 雑誌を読んでいるうちに、すっかり外は暗くなる。今日はこのまま帰っても大丈夫そう、と彼女が顔を上げた瞬間、事務所のドアからすっと道夫が入ってくる。お疲れ様です、と声をかけながら、彼女は浮つきそうになる自分を何とか必死で押さえ込んだ。
「ひとり、か」
「はい……ええと、道夫さん、は」
「時間が合うなら一緒にどうか、と思って寄った」
 羽織っていたコートを脱いだ道夫は、ドア横のハンガーラックにそれをかけて彼女に近付く。二人きりともなれば雰囲気は少し砕けて、微笑みも柔和なものになる。彼女のデスクに積みあがった雑誌をちらりと見て、道夫は感嘆の声を漏らした。
「相変わらずすごいな……
「あはは……まぁ、職業病みたいなもので」
「ふむ……オフィスラブ、か」
 彼女がちょうど開いていたのは女性向け雑誌の「ときめくオフィスラブ♡」特集の記事だった。給湯室でこっそりキス、や、二人きりになった一瞬だけ手を繋ぐ、など、女性が憧れるシチュエーションをオフィスという場に落とし込んだもので、なるほど、と道夫は眼鏡をあげながらしげしげとそれを眺めた。
「まぁ、うちじゃ関係ないですけど」
……君も、憧れるのか」
 全く憧れないかといえばそれは嘘になるが、道夫との関係はある意味、オフィスラブとも言えたし、どちらかといえばドキドキよりも、ハラハラの方が近い気がしてそこまで切望するようなものはなかった。そうかもしれませんね、と曖昧な返事をして、彼女は雑誌を綴じた。
「ふむ」
 いつもどおり品のいいシャツにスラックスの道夫は、少し考えてバッグを漁る。そろそろ帰りましょうか、と立ち上がった彼女が振り向くと、道夫は姿見の前で取り出したネクタイをちょうど締め終えたところだった。
「あの?」
「君、ちょっと」
 ネクタイ一本で道夫は教師でもアイドルでもなく、同僚の硲先輩に変身してみせる。あ、これオフィスラブのつもりだな?と即座に気付いたが、彼女は正直戸惑っていた。
「ええと」
「この仕事を頼めるだろうか」
 雑誌の山の陰に隠れていたファイルフォルダを取り出して、道夫はそれを彼女に手渡す。流石に展開が急すぎて、彼女はときめくよりも先に思わず笑いが出てしまった。
「っふふ、ええと……
「む……こういう、方向性ではなかったか」
 オフィスの部分だけ強調しても意味がなかったな、と道夫は苦笑する。方向性の問題じゃないんですけど、と肩をぷるぷる震わせている彼女の方へと歩み寄り、道夫は今度は、彼女の腰をおもむろに抱き寄せて耳元で囁いた。

「こら、仕事中だぞ」

 それはひどく甘く、艶っぽく、低く落ち着いているのにやけに胸が高鳴るような、そんな一言だった。
「オフィスラブ、のラブとは、こういうことだろうか」
「た、たぶ、ん」
「では、ラブのおまけだ」
「っ!」
 腰を抱き寄せていた手を後頭部へ滑らせて、道夫は彼女を引き寄せて柔らかなキスをひとつ落とす。
「君は、こういうのが好きなのか」
……うぅ…………好き、です……
 そうか、と満足気な道夫にからかわれていると気がついたのは、ハラハラよりも強いドキドキの波が引いてようやくまともに見れるようになった道夫の顔が、悪戯が成功した子供のような顔をしていることに気づいたときだった。からかわないでください、と雑誌を乱暴に閉じた彼女は、帰りますよ、と道夫の背中をぐいぐいと押した。


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